中国でゼロコロナ政策解除後、国内旅行市場が活況を呈する中、特に冬のシーズンにおいて「体験型」の観光が新たな潮流となっている。北京市郊外の巨大屋内植物園や、雲南省昆明市の薬草をテーマにした施設が、寒さを気にせず楽しめるコンテンツとして家族連れを中心に人気を集めている。これは、単なる名所観光から、学びや体験を重視する「コト消費」へのシフトを象徴する動きだ。

なぜ今、重要か

この動きの背景には、中国政府が推進する内需主導の経済成長モデル「双循環」戦略がある。不動産市場の低迷が続くなか、政府は国内消費、特にサービス消費の拡大を経済の牽引役と位置付けている。2023年から2024年にかけての冬、黒竜江省ハルビン市が氷祭りをきっかけに記録的な観光客を集めた成功事例は、他の地方都市にも大きな刺激を与えた。文化観光部の統計によると、2023年の国内旅行者数は48億9000万人、国内観光収入は4兆9100億元(約100兆円)に達しており、観光産業が内需拡大の柱として極めて重要になっていることを示している。

北京・南宮村:8万平米の全天候型植物園

北京市中心部から約30キロ南西に位置する豊台区王佐鎮の南宮村では、8万平方メートルの広さを誇る屋内熱帯植物園が、冬の新たな人気スポットとして定着した。年間を通じて温暖な環境が維持されるこの施設は、天候に左右されずに楽しめる全天候型の観光地としての強みを持つ。

園内では多様な熱帯植物や鳥類を観察できるほか、オウムのショーなどが人気を博している。都市近郊で手軽に非日常的な自然体験ができる点が、特に子供を持つ中間層の家族に支持されている。こうした施設は、冬季のレジャー 需要を取り込むだけでなく、地域の雇用創出や経済活性化にも貢献していると、新華社通信は報じている。

昆明・百草村:「エデュテインメント」の台頭

一方、温暖な気候で知られる雲南省の省都・昆明市では、滇池(てんち)湖畔にある「百草村」が注目を集める。この村では150種類以上の漢方薬の原料となる薬草が栽培・自生しており、訪問者は専門家のガイドを受けながら薬草の知識を学ぶことができる。

ここでは、薬草を使った郷土料理の提供や、伝統的な薬作りの体験も可能だ。楽しみながら学ぶ「エデュテインメント(教育と娯楽の融合)」は、教育熱心な中国の保護者層のニーズを的確に捉えている。自然の中で本物に触れる体験は、オンライン学習では得られない価値を提供し、旅行の満足度を高める重要な要素となっている。

政策的背景と国内旅行市場の変容

体験型観光の隆盛は、単なる消費者トレンドではなく、中国の国家政策と密接に連動している。政府は「質の高い発展」を掲げ、観光産業においても量的な拡大から質的な向上へと舵を切った。文化と観光の融合を推進し、各地域が持つ独自の歴史、文化、自然資源を活かしたユニークな観光コンテンツの開発を奨励している。

この政策転換により、中国の国内旅行市場は大きく変容しつつある。2024年の春節(旧正月)連休期間中、国内旅行者数はのべ4億7400万人(2019年同期比+19.0%)に達し、旅行支出も6326億元(同+7.7%)とコロナ禍前を上回った(中国文化観光部発表)。この数字は、旅行需要の力強い回復と同時にに、一人当たりの消費額の伸びが示すように、より付加価値の高い体験へと消費者の関心が移っていることを示唆している。北京や昆明の事例は、この質的転換を象徴するモデルケースとみることができる。

日本にとっての意味

中国の冬の国内観光における「体験型」シフトは、日本企業にとって新たな機会とリスクをもたらす。まず、北京市豊台区の南宮村における8万平方メートルの屋内熱帯植物園のような全天候型施設への需要増は、日本の施設設計・運営ノウハウを持つ企業にとって、中国市場への参入余地を示唆する。例えば、日本の大手ゼネコンやテーマパーク運営企業は、こうした大規模施設における環境制御技術や集客コンテンツ開発で優位性を持つ。

次に、昆明市の百草村に見られる「エデュテインメント」志向は、日本の教育コンテンツや伝統文化体験を提供する企業にとって、新たな連携の可能性を提示する。150種類以上の薬草を学ぶ体験のように、日本の伝統工芸、食文化、自然体験などを中国の富裕層や家族層向けにカスタマイズし、提供するビジネスモデルが考えられる。

一方で、中国国内の体験型観光の充実と多様化は、これまで日本のインバウンド観光が享受してきた「体験」としての優位性を相対的に低下させるリスクもはらむ。特に、中国国内で高品質な「学び」と「娯楽」を融合したコンテンツが提供されることで、近距離旅行を志向する中国人の国内回帰を加速させる可能性がある。日本の観光業界は、単なる「買い物」や「景勝地巡り」から脱却し、中国国内では得られない、より深く、パーソナルな体験価値を創出することが急務となる。

出典・参考