中国の習近平国家主席(兼中国共産党総書記)は、党中央政治局の集団学習で演説し、「新質生産力(新たな質の生産力)」の発展を加速させ、未来産業を育成する重要性を強調した。不動産不況などで国内経済の構造転換が急務となる中、最先端技術を核とした新たな成長モデルへの移行を国家戦略として明確にした形だ。AIや量子技術などの分野で国家の優位性を確保し、米国主導の技術規制に対抗する狙いがある。
なぜ今、重要か
今回の指示は、中国経済が直面する構造的な課題を背景に発せられた。長年、経済成長を牽引してきた不動産市場は深刻な不振に陥り、地方政府の財政も悪化している。2024年の全国人民代表大会(全人代)で「5%前後」という意欲的な経済成長目標を掲げたものの、従来型の投資主導モデルは限界に達しているのが実情だ。
こうした状況を打開するため、習指導部が打ち出したのが「新質生産力」という概念だ。これは、労働や資本といった伝統的な生産要素に頼るのではなく、技術革新によって生産性を飛躍的に高める経済発展モデルを指す。米国の半導体輸出規制強化など、外部からの圧力が高まる中で、技術的自立と新たな成長エンジンの確立が国家の最優先課題となっており、今回の発言はその方針を再確認するものだ。
「新質生産力」を国家戦略の柱に
習氏は演説で、未来産業を「科学技術革命と産業変革の方向性を示すもの」と定義した。その上で、未来産業の発展が技術と産業の主導権を握り、経済の持続的成長を確保するために「極めて重要だ」と述べた。新華社通信によると、習氏は各地方政府や関連部門に対し、政策支援の強化と投資拡大の仕組み構築を指示したという。
具体的には、基礎研究への長期的な支援、市場メカニズムを活用した企業のイノベーション促進、そして国際的な人材の誘致などが挙げられる。これは、国家主導のトップダウン型計画と、企業の活力を引き出すボトムアップ型のアプローチを組み合わせ、国家全体のイノベーション能力を底上げしようとする戦略的意図の表れである。
重点分野と米欧との競争
中国が「未来産業」として特に注力するのは、人工知能(AI)、量子情報、バイオ製造、次世代通信(6G)、新エネルギー、新素材、そして宇宙開発といった分野だ。これらの分野は、米国の「CHIPS and Science Act」や欧州連合(EU)の「Green Deal Industrial Plan」でも戦略分野と位置づけられており、米中欧の三極による技術覇権競争の主戦場となっている。
例えば、電気自動車(EV)や太陽光パネル、車載電池の分野では、中国はすでに世界市場で圧倒的なシェアを確立している。この成功モデルを他のハイテク分野でも再現することを目指しており、政府からの巨額の補助金や産業政策がそれを後押しする。中国中央テレビ(CCTV)は、こうした国家戦略が「質の高い発展」を実現するための鍵だと報じている。
技術解説:未来産業の具体像
「新質生産力」を構成する技術は多岐にわたるが、特に以下の3分野が中核をなす。
- 人工知能 (AI): 中国は大規模言語モデル(LLM)の開発で米国を猛追している。Alibabaの「Qwen(通義千問)」やテンセントの「混元」などが代表例だ。米国の規制でNVIDIA製の高性能GPUへのアクセスが制限される中、ファーウェイ傘下のハイシリコンが開発する「Ascend(昇騰)910B」など国産AIチップの性能向上が急務となっている。政府はAI関連企業に対し、2030年までに1500億ドル規模の産業を創出する目標を掲げている。
- 量子情報技術: 中国は量子通信・量子コンピューティングの分野で世界をリードする国のひとつだ。2016年に打ち上げた世界初の量子科学衛星「墨子号」は、量子暗号通信の長距離伝送実験に成功した。安徽省合肥市には総投資額100億ドルとされる国家量子情報科学研究所が建設されるなど、国家レベルでの大規模な投資が続いている。
- 次世代通信 (6G): 5Gで世界を先行した経験を活かし、6Gの標準化と技術開発でも主導権を握ることを目指す。ファーウェイやZTEといった企業は、すでに6G関連の特許出願数で世界トップクラスに位置しており、2030年頃の実用化を見拠えた研究開発が加速している。ドイツの調査会社IPlyticsによると、中国企業が保有する6G関連の特許ファミリーは全体の約40%を占める。
日本の関連性
習近平国家主席が未来産業の育成を指示したことは、日本企業にとって直接的な影響をもたらす。まず、中国が「最先端技術が牽引する新興産業の発展を加速させ、科学技術と産業における国家の優位性を確保する」と明言したことで、特に半導体、AI、バイオテクノロジーといった分野での競争が激化する。例えば、中国が国内企業への投資を拡大し、イノベーション能力を持つ企業を育成する方針は、日本の同分野企業、例えばソニーグループや東京エレクトロンなどが、中国市場でのシェア維持や技術開発競争で一層の圧力を受けることを意味する。
次に、中国が「市場メカニズムを活用して発展の方向性を模索すると同時に、投資を拡大する仕組みを構築する」と述べた点は、日本企業が中国市場で事業展開する上での新たな機会とリスクを生む。中国政府が特定の未来産業に大規模な政策支援と投資を集中させることで、これらの分野に進出している、あるいは進出を検討している日本の素材メーカーや部品サプライヤーは、新たな需要を獲得する可能性がある。しかし同時に、中国国内企業が急速に技術力を向上させ、競争力を高めることで、日本企業がこれまで築いてきた技術的優位性が相対的に低下するリスクも存在する。特に、中国が「中核技術を主導し、高いイノベーション能力を持つ企業を育成する」方針は、日本企業が中国市場で単なる供給者ではなく、共同開発や技術提携を通じて新たな価値を創出する戦略転換を迫るものとなる。
出典・参考
- [新華社] (2024-02-01) "Xi stresses consolidating theoretical study to empower Party members" ― http://www.xinhuanet.com/english/20240201/f2c9b1c6014e45d898517227e85c133a/c.html
- [日本経済新聞] (2024-03-06) "中国「新質生産力」で5%成長へ 全人代開幕、首相表明" ― https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM04B3M0U4A300C2000000/
- [CSIS] (2024-03-13) "Beijing Bets on 'New Productive Forces' to Revive China's Economy" ― https://www.csis.org/analysis/beijing-bets-new-productive-forces-revive-chinas-economy