中国の送配電最大手、中国国家電網が±800kV(キロボルト)級の超高圧直流送電(UHVDC)で中核部品となる「制御型ライン転流コンバータバルブ(CLCC)」の開発を完了した。送電容量8GW(ギガワット)は世界最大級で、長距離送電の致命的欠陥とされた「転流失敗」を克服する。この成果は、内陸部の再生可能エネルギーを沿海部の消費地へ送る国家事業「西電東送」を安定化させ、エネルギー安全保障の確立を目指す中国の技術自立戦略の核心だ。日立エナジーや独シーメンスエナジーなどが寡占してきた市場構造が、地政学的な緊張を背景に大きく変わる可能性がある。

8GW級送電を支える「心臓部」

今回、国家電網が開発を完了したCLCCは、交流と直流を相互に変換する変換所の「心臓部」に位置づけられる。超高圧直流送電(UHVDC)は、数千キロメートルに及ぶ送電において、交流送電に比べて電力損失を大幅に抑制できる(送電損失率が交流の半分以下の約5%)。このため、中国西部・新疆地区の太陽光や、四川省の水力で発電した電力を、東部の産業地帯へ送る「西電東送」計画の基幹技術となっている。

しかし、従来主流だったライン転流コンバータ(LCC)方式は、交流系統の電圧が落雷などで不安定になると、直流から交流への変換が正常に行えなくなる「転流失敗」という現象を起こす弱点があった。これは大規模な電力供給停止に直結する致命的な問題だ。国家電網の発表によれば、新開発のCLCCは、LCCを構成するサイリスタ(一方向にのみ電流を流す半導体素子)の制御に加え、電圧を能動的に補償する仕組みを組み込むことでこの問題を解決したという。国際大電力システム会議(CIGRE)の2022年の報告書では、同様のハイブリッド型HVDC技術が系統安定化に寄与する可能性が指摘されており、今回の開発はこの潮流に沿ったものと見られる。送電容量8GWは、大型の原子力発電所6基分に相当する電力を一度に送る能力を示し、その規模の大きさは他国の追随を許さない水準にある。

なぜ中国は超高圧直流に巨費を投じるのか

中国がUHVDC網の構築を急ぐ背景には、エネルギー安全保障と2060年までの炭素中立(カーボンニュートラル)達成という二つの国家目標がある。中国のエネルギー資源と需要地には地理的な隔たりが大きい。石炭は北部に、水力は南西部に、太陽光や風力は西部・北部に偏在する一方、電力消費の約7割は東部沿海地域に集中している。この需給の不均衡を解消する唯一の手段が、UHVDCによる長距離・大容量送電網の整備だ。

国際エネルギー機関(IEA)が2023年12月に公表した報告によると、中国は2023年だけで世界のどの国よりも多くの太陽光発電設備を導入し、その発電容量は前年比で倍増した。しかし、再生可能エネルギーは天候によって出力が大きく変動するため、電力系統の安定性を損ないやすい。UHVDC網は、広域で複数の発電所を相互に接続することで、特定地域の出力変動を他の地域の電力で補い、系統全体を安定させる役割を担う。国家能源局の計画では、第14次5カ年計画(2021〜2025年)期間中に、UHVDC関連の投資額は3800億元(約8兆円)に達する見込みだ。これは単なるインフラ投資ではなく、再生可能エネルギーの導入拡大とエネルギー自給率向上を両輪で進めるための戦略的布石である。

「技術自立」が覆すパワー半導体地図

今回のCLCC開発で国家電網が「完全に独自の知的財産権」を強調する点は、米中間の技術摩擦を強く意識したものだ。HVDCシステムの中核をなすコンバータバルブには、大電流・高電圧を制御するサイリスタやIGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)といった高性能なパワー半導体が不可欠だ。この分野は長らく、独シーメンスエナジー、スイスの日立エナジー、日本の三菱電機や富士電機といった企業が世界市場で高い技術力とシェアを維持してきた。

中国はこれまで、これらの基幹部品を欧州や日本からの輸入に頼る側面が大きかった。しかし、米国の対中半導体輸出規制が先端ロジック半導体から成熟分野やパワー半導体へ拡大する可能性も視野に入れ、サプライチェーンの国内完結を急いでいる。中国の半導体市場調査会社、集邦諮詢(TrendForce)の2024年3月の分析では、中国のパワー半導体国内生産比率は2027年に50%を超えるとの予測が出ている。CLCCのような国産技術の確立は、川下の送電システムだけでなく、川上の半導体産業にも波及効果をもたらす。国産システムが標準となれば、それに組み込まれるパワー半導体も国内メーカー製が優先的に採用されるため、三菱電機など日本勢が強みとしてきた市場が浸食される懸念は否定できない。

迫られる国際標準化での主導権争い

UHVDC技術における中国の躍進は、国際的な標準化の舞台での力学を変化させる。これまでHVDC関連の技術標準は、国際電気標準会議(IEC)などを通じて欧米や日本企業が主導してきた。しかし、中国は世界最大規模のUHVDC網の運用実績と、今回のCLCCのような独自技術を武器に、自国の仕様を国際標準として提案する動きを強めることが予想される。

実際に、中国は「一帯一路」構想を通じて、パキスタンやブラジルなどでUHVDCプロジェクトを展開しており、自国技術の輸出を加速させている。2022年に運用を開始したパキスタンの「マティアリ〜ラホール±660kV送電プロジェクト」は、国家電網が建設・運営を担い、中国の技術規格が全面的に採用された。こうした実績が積み重なれば、将来の国際標準策定において中国の発言力は無視できないものとなる。技術仕様が標準化競争の道具となり、エネルギーインフラという国家の根幹をなす領域で、地政学的な影響力を行使する手段になりうる。この動きは、通信分野における華為技術(ファーウェイ)の5G(第5世代移動通信システム)を巡る攻防を想起させる。

日本企業が直面する選択

中国が送電インフラの基幹技術で「自立」への歩みを確実なものにした事実は、日本の重電メーカーや電力業界にとって、戦略の再考を迫る警鐘だ。日立製作所が2020年に約7400億円を投じて買収した日立エナジー(旧ABBパワーグリッド事業)は、HVDC市場の世界的巨人であり、この分野は日本の製造業にとって重要な収益源の一つである。しかし、最大市場である中国で国産化の潮流が強まれば、事業環境は厳しさを増す。

日本国内においても、北海道と本州を結ぶ新々北本連系線(30万kW)などでHVDC技術が活用されているが、その規模や技術開発への投資額は中国とは比較にならない。経済産業省が2024年4月に示した次期エネルギー基本計画の骨子案では、国内の送電網増強に今後10年で最大7兆円規模の投資を促す方針が示されたが、具体的な技術開発戦略はまだ途上だ。中国が国家主導で巨大な国内市場をテコに技術を磨き、国際市場へ進出する構図は、太陽光パネルや電気自動車(EV)で日本企業が直面した困難と同じ構造を持つ。技術的優位性を維持するためには、パワー半導体のような部材レベルでの強みを活かしつつ、システム全体を設計・統合する能力で差別化を図る必要がある。また、エネルギー安全保障の観点から、基幹インフラ技術の過度な海外依存を避け、国内での研究開発と人材育成を継続する重要性が改めて浮き彫りになった。もはや一企業の努力だけで対抗できる段階ではなく、国家レベルでの長期的戦略が問われている。