中国の国営電力最大手、国家電網(SGCC)が、米国の「裏庭」とされてきた中南米で送配電網の支配を急速に固めている。過去10年の累計投資額は250億ドルを突破、特にチリでは主要な配電会社を相次ぎ買収し、国内の配電市場で8割近い占有率を確保した模様だ。この動きは、中国が強みとする超高圧送電技術を背景に、ブラジルやペルーなど資源大国にも拡大している。エネルギーインフラという国家の根幹を外国の国営企業が掌握する事態に、米国は安全保障上の強い警戒感を表明。一方で、現地政府は経済合理性を優先しており、日本の総合商社や電力会社は、この新たな地政学上の構図の中で難しい判断を迫られている。

250億ドル超す投資、チリ電力網の掌握

中国国家電網の中南米における影響力拡大は、2019年以降の大型買収を通じて決定的な段階に入った。同社は2019年に米センプラ・エナジーからチリの電力会社チルキンタ・エネルヒアを22.3億ドルで取得。翌2020年には、スペインのナチュルジーが保有していたチリ最大の配電会社CGEを30億ドルで買収した。チリの競争当局FNEの2021年3月の承認文書によれば、この2社の買収により、国家電網はチリ国内の配電顧客数ベースで約57%の市場を直接管理下に置く。さらに送電線資産を含めると、その影響力は実質的に国内電力網の8割に及ぶと見られる。

投資はチリに留まらない。ブラジルでは2017年に同国3位の電力会社CPFLエネルギアの経営権を約45億ドルで取得済みだ。米州開発銀行(IDB)が2023年5月に公表した報告書によると、2005年から2022年にかけての中南米地域における中国からのインフラ関連融資・投資総額のうち、エネルギー分野が全体の48%を占め、約980億ドルに達する。このうち送配電事業への投資は国家電網が主導しており、同社の海外資産総額は2022年末時点で600億ドルを超え、その約4割が中南米に集中している計算になる。経済的な結びつきをてこに、現地の電力規格や運用基準に中国方式を浸透させる狙いが透ける。

なぜ超高圧送電(UHV)が武器になるのか?

国家電網の海外展開を技術面で支えるのが、世界を主導する超高圧直流送電(UHVDC)技術である。UHVDCは、発電所で生み出した交流電力を800キロボルト(kV)以上の高電圧の直流に変換して送電する仕組みを指す。電圧を高くすることで送電時の電力損失を大幅に低減できるため、数千キロメートル単位の長距離送電を可能にする。国際エネルギー機関(IEA)の2022年の分析では、従来の500kV交流送電に比べ、1000kVのUHVDCは送電損失を60%以上削減できると試算されている。

この技術は、広大な国土に再生可能エネルギー資源が点在する中南米の地理的条件と極めて相性が良い。例えば、ブラジルのアマゾン地域にある巨大水力発電所や、アルゼンチンのパタゴニア地方の豊富な風力資源から、数千キロ離れたサンパウロやブエノスアイレスといった大消費地へ効率的に電力を供給する国家横断的な送電網構想の実現性を高める。国家電網は中国国内で、内陸部の発電所から沿岸部の工業地帯へ電力を送る「西電東送」計画を通じて30本以上のUHV送電線を建設・運用した実績を持つ。この経験と、送電設備(変換バルブ、制御装置)の製造における国内供給網の強みが、シーメンス(独)や日立エナジー(旧ABBパワーグリッド)といった欧州勢に対する競争優位の源泉となっている。

米国の裏庭で高まる安全保障上の懸念

電力網という一国の基幹インフラを中国の国営企業が掌握する現状に対し、米国は強い警戒感を隠さない。米議会の諮問機関である米中経済安全保障調査委員会(USCC)は2023年11月の年次報告書で、中国による中南米の重要インフラ支配を「米国の国益に対する直接的な脅威」と断じた。電力網の運用データを中国側が収集・分析することによる機密漏洩リスクや、地政学的な緊張が高まった際に、サイバー攻撃や物理的な操作を通じて大規模停電(ブラックアウト)を引き起こし、米軍基地を含む重要施設への電力供給を遮断する能力を獲得しかねないとの懸念が示されている。

米国政府は対抗策として、2021年のG7サミットで「より良い世界の再建(B3W)」構想を打ち出し、質の高いインフラ投資を途上国に提供する方針を示した。しかし、米州開発銀行のデータによれば、2022年単年の中南米向けインフラ投資において、中国が公表ベースで約80億ドルを実行したのに対し、米国主導の国際金融機関経由の投資は約45億ドルに留まる。資金規模と実行速度で中国に劣後しているのが実情だ。チリやブラジルの政権が米国の懸念を認識しつつも中国の投資を受け入れる背景には、老朽化した国内インフラの更新を迅速に進めたいという経済的な要請があり、米国の地政学的懸念との間で板挟みになっている構図が浮かび上がる。

グローバルサウスを取り込む「電力標準」

国家電網の動きは、単なるインフラ投資に止まらない。同社は自らが主導するUHV技術やスマートグリッド(次世代送電網)の運用規格を、投資先国で「事実上の標準(デファクトスタンダード)」として定着させる戦略を推進している。国際電気標準会議(IEC)では、UHV関連の技術委員会(TC115)の幹事国を中国が務めるなど、国際的なルール形成の場でも影響力を強めている。2023年10月には、ブラジルのCPFLエネルギアと共同で、サンパウロ市内にスマートグリッドの実証研究センターを開設した。

この標準化戦略は、一度採用されると送配電機器や制御系統の更新・増設時に、中国製設備との互換性が優先される「供給者固定(ベンダーロックイン)」効果を生む。これにより、三菱電機や東芝、日立といった日本の重電メーカーが、中南米の電力市場から長期的に締め出される恐れがある。さらに、国家電網はブラジルやチリで文化交流イベントを頻繁に開催するなど、地域社会に溶け込む広報活動も活発化させている。経済的な支配と並行して、文化的な影響力を通じた「ソフトパワー」の浸透を図る多角的な戦略は、一帯一路構想の新たな展開モデルと見ることができる。この動きは、資源や市場を求めて中南米との関係を重視してきた日本にとって、看過できない競争環境の変化を示している。

日本企業が直面する選択

中国による中南米エネルギーインフラの掌握は、日本の産業界に機会と脅威の両面をもたらす。三井物産や三菱商事などの総合商社は、長年にわたりチリの銅鉱山やブラジルの鉄鉱石事業に深く関与しており、電力の安定供給は事業継続の生命線だ。中国資本によるインフラ近代化は、短期的には操業コストの低下や電力の安定化という恩恵をもたらす可能性がある。実際に、一部の資源開発事業では、中国系企業が整備した港湾や鉄道インフラを利用する事例も出始めている。

しかし、中長期的にはリスク要因が無視できない。電力料金の決定権や供給の優先順位を中国側が握ることで、日本企業が不利な条件を強いられる可能性は否定できない。また、米中対立が先鋭化した場合、米国が同盟国に対し、中国国営企業が管理するインフラの利用に制約を課す「経済安全保障版の踏み絵」を迫るシナリオも想定される。そうなれば、日本企業は事業の継続か、同盟国との関係かという厳しい選択を迫られかねない。

日本政府および企業に求められるのは、この地政学的な変動を直視した上での多角的な戦略だ。JICA(国際協力機構)などを通じた質の高いインフラ整備支援を強化し、中南米諸国に中国以外の選択肢を提示し続けることが不可欠である。また、日本の技術が優位性を持つ地熱発電や、次世代エネルギーとして期待される水素・アンモニアの製造・輸送技術などで連携を深め、単なる価格競争ではない、技術と信頼に基づく新たな協力関係を構築することが、南米における日本の経済的な足場を維持する鍵となるだろう。