中国の通信最大手、中国移動通信集団(チャイナモバイル)の上海法人は2024年5月17日、次世代通信規格「5G-Advanced(5G-A)」の商用サービスを上海市内で開始したと発表した。上り(アップロード)の通信速度を最大1Gbpsに引き上げ、ライブ配信や産業用IoTの高度化を促す。同時にに、生成AIの利用コストを大幅に下げる新料金プランを投入。単なる通信インフラの高度化に留まらず、AIサービスと垂直統合することで、デジタル経済の新たなエコシステム構築に向けた主導権を握る戦略を鮮明にした。
上り1Gbps実現、産業応用見拠える通信基盤
チャイナモバイル上海が「世界電気通信および情報社会の日」に合わせて商用化を発表した5G-Aは、一般に「5.5G」ともによるとされる。新たな周波数帯の利用や、複数の周波数帯を束ねて通信速度を向上させる「キャリアアグリゲーション」といった技術を駆使し、理論上の上りピーク速度を従来の5Gの数倍にあたる1Gbpsまで高めた。同社によると、これにより利用者は「どこでも安定して20Mbps以上の上り速度」を享受できるという。
すでに上海市内の中心業務地区、主要な商業施設、交通ハブ、観光名所といった重要エリアでは高品質な通信網の整備が完了している。この高速・大容量の上り通信は、高精細な4K/8Kライブ配信、クラウド上での共同作業、スマートファクトリーにおける機器の遠隔制御や大量のセンサーデータ収集など、法人利用を中心とした新たな需要を掘り起こす基盤となる。中国の工業情報化部 (MIIT) は5G-Aを「新たな質の生産力」を支える重要インフラと位置付けており、今回の商用化はその国家戦略に沿った動きだ。
国産技術で固める「陸海空+演算」の統合網
今回の発表は、地上ネットワークの強化に留まらない。同社は陸・海・空を統合したシームレスな通信網の構築を急いでいる。その一環として、国産の大型クルーズ船「アドラ・シティ」船上において、5Gと低軌道衛星通信を連携させた通話試験に成功したことを明らかにした。これにより、利用者はSIMカードや設定を変更することなく、海上でも陸上と同等の通信サービスを利用できる環境の実現に道筋をつけた。
さらに、米国の半導体輸出規制などを念頭に、国産技術による演算能力(コンピュートパワー)の確保も同時に進める。チャイナモバイルはAI向けに11.2エクサフロップス(1秒間に1120京回の浮動小数点演算)の演算能力を確保したと公表。同時にに、国産技術を基盤とする演算プラットフォーム「沪芯合」の提供開始も発表した。これは、データセンターのサービスを階層化し、米国の技術への依存を低減しながら、国内のAI開発を支えるインフラを自前で構築する狙いがあるとみられる。
「1元で40万トークン」が示す垂直統合戦略
今回の発表で最も注目されるのは、通信インフラとAIサービスを組み合わせた事業モデルだ。同社はAIモデルを集約したプラットフォーム「MoMA」を立ち上げるとともに、生成AIなどの利用コストを劇的に引き下げる「1元(約22円)で40万トークン」という汎用サービスプランを導入した。トークンはAIがテキストを処理する単位であり、この価格設定は、企業や個人開発者がAIアプリケーションを開発・運用するハードルを大幅に下げるものだ。
この動きは、チャイナモバイルが単なる通信インフラを提供する「土管屋」から脱却し、インフラ上で流通するデータとアプリケーション(AI)の利用そのものを収益源とする、垂直統合型のプラットフォーマーへと転換を図る強い意志の表れだ。ロイター通信が5月18日に報じたように、中国の通信大手は政府の指導のもと、通信網の高度化とAI産業の育成を一体で推進している。通信インフラという巨大な顧客基盤と課金システムを持つ事業者が自らAIサービスの価格破壊を仕掛けることで、AI利用を爆発的に普及させ、自社のインフラを基盤とするエコシステムを確立する狙いが透ける。
日本企業への示唆
チャイナモバイルによる5G-A商用化は、日本企業にとって通信インフラとAIサービスの融合という新たな競争領域を示唆する。特に、上り通信速度1Gbpsの実現と、生成AI利用コストを「1元で40万トークン」に引き下げる戦略は、日本企業のデジタル戦略に直接的な影響を与える可能性がある。
まず、高速・大容量の上り通信は、スマートファクトリーや遠隔医療など、産業用IoT分野での中国市場参入を目指す日本企業にとって、データ伝送のボトルネック解消という機会をもたらす。パナソニックやファナックといった製造業大手は、中国の工場で高精細な画像データやセンサーデータをリアルタイムで収集・分析する際に、この高速通信網を有効活用できる。
一方で、チャイナモバイルが「MoMA」プラットフォームを通じてAIサービスと垂直統合し、国産技術による11.2エクサフロップスの演算能力を確保したことは、日本のAI関連企業にとって脅威となりうる。安価なAIサービスと通信インフラが一体化することで、中国国内のAI開発エコシステムがさらに強化され、日本のAIスタートアップやクラウドサービスプロバイダーが中国市場で競争優位を確立することが一層困難になる。日本企業は、通信とAIの融合を前提とした新たなビジネスモデルの構築や、中国市場に特化したニッチなAIソリューション開発に注力する必要があるだろう。
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