中国が国家戦略として冬季スポーツ産業の育成を加速している。北京冬季五輪を機に掲げた「3億人を氷雪運動へ」との目標の下、2025年までに市場規模を1兆元(約20兆円、元記事の3兆円は初期段階の予測値と見られるが本稿ではより広範な政府目標値を採用)に拡大する計画だ。その核心は、これまで欧米企業が独占してきた人工降雪機や高機能素材の国産化にある。河北省では国家級の産業拠点が稼働を開始し、一部の国産装置は摂氏30度の環境下での降雪をうたう。この動きは、高品質を武器に中国市場を開拓してきたデサントやゴールドウインなど日本企業にとって、新たな好機であると同時に、価格と技術で追随する強力な競合の出現を意味する。日本勢は、ブランド価値と体験型サービスを軸とした戦略の再構築を迫られている。

「氷雪強国」へ、1兆元市場創出の野心

中国政府が描く冬季スポーツ産業の青写真は壮大だ。中国国家体育総局が2021年に発表した「“十四五”体育発展規画」では、2025年までに国内の体育産業総規模を5兆元とし、その中で冬季スポーツ関連を1兆元規模に引き上げる目標が明記された。これは2020年時点の約6000億元から5年間で6割以上も市場を拡大させる計算になる。背景には、2022年の北京冬季五輪を単なる一過性の祭典で終わらせず、新たな内需の柱として定着させたい国家の強い意志が透ける。

この計画を支えるのが、地方政府を巻き込んだ産業基盤の整備だ。特に、北京に隣接し五輪会場も置かれた河北省張家口市では「宣化冬季スポーツ設備産業パーク」が中核拠点と位置づけられている。同パークは中国初となる国家レベルの冬季スポーツ特化型産業拠点であり、2023年末時点で関連企業50社以上が入居。投資総額は100億元を超えるとされる。ここでは、スキー板に用いられる炭素繊維複合材(CFRP)や、国産ブランドのスノーボード、さらにはカーリングストーンといった用具まで一貫生産する体制構築が進む。中国中央テレビ(CCTV)は、こうした国内供給網の構築が「冬季スポーツ経済の質の高い発展に不可欠」と繰り返し報じており、国策としての重要性を強調している。

国産降雪機、摂氏30度稼働は本物か

国産化の象徴として注目されるのが「全天候型」をうたう人工降雪機だ。河南省に拠点を置く一部の新興メーカーは、外気温が摂氏30度に達する環境でも降雪が可能だと主張する。従来の人工降雪機が、過冷却水滴を氷点下の外気で凍らせる原理に依存するため、稼働が摂氏0度以下に限定されるのとは一線を画す。この技術の核心は、高圧コンプレッサーで空気を断熱膨張させ、ジュール=トムソン効果(気体が膨張する際に温度が下がる現象)を利用してノズル先端で局所的に氷点下環境を作り出す点にある。同時に、噴霧する水に銀の微粒子などから成る核生成剤を混合し、氷晶の形成を促す。物理原理としては確立されたものだ。

しかし、その実用性と経済合理性には疑問符が付く。イタリアのテクノアルピン(TechnoAlpin)やフランスのMNDグループ傘下スノービジネス(旧Sufag)といった世界大手は、1時間あたり90立方メートルの雪を75キロワットの電力で生成する高効率機「TR10」などを投入している。これに対し、中国製「全天候型」は高温環境で稼働させるために膨大な電力を消費する。業界専門家の試算では、同量の雪を生成するための消費電力は、従来型の3倍から5倍に達する可能性が指摘されている。これは、特に電力供給が不安定な山間部のスキー場では運営費用を圧迫する致命的な弱点となりうる。現時点では、屋内スキー場や小規模なイベントでの利用に限定されるとの見方が支配的で、広大なスキーエリアを覆う「ゲームチェンジャー」と見なすのは早計だろう。

河北省に集積、素材から最終製品まで

中国の国産化戦略は、装置だけでなく素材や最終製品の供給網全体に及ぶ。前述の河北省張家口市の産業パークでは、その野心的な構想が具体化しつつある。パーク内で生産が始まった炭素繊維複合材は、軽量かつ高剛性という特性から競技用スキー板やスノーボードに不可欠な素材だ。これまで日本の東レや帝人、三菱ケミカルといった企業が世界市場で高いシェアを握ってきた分野である。中国国内では、吉林省などに拠点を置く化学メーカーが生産能力を増強しており、2022年の中国国内の炭素繊維生産量は前年比25%増の約3万トンに達した(中国化学繊維工業協会調べ)。品質面ではまだ日本製品に及ばないものの、政府の補助金を受けた価格競争力を武器に、中価格帯のレジャー用スキー用品市場からシェアを侵食し始めている。

この動きは、スキーウェアやゴーグルといった用品分野でも同様だ。中国のスポーツアパレル最大手、安踏体育用品(ANTA Sports)は、2019年にフィンランドのアメアスポーツ(サロモン、アトミックなどのブランドを保有)を約5600億円で買収。技術とブランドを一挙に手中に収めた。これにより、安踏は自社ブランドで培った国内販売網と、アメアの持つ国際的な製品開発力を融合させ、国内外で急速に存在感を高めている。中国国内のスキー用品市場における国産ブランドのシェアは、2020年の18%から2023年には35%まで上昇したとの調査報告(iiMedia Research調べ)もあり、海外ブランドの牙城を切り崩している実態がうかがえる。

運営ノウハウ、外資依存からの脱却

ハードウェアの国産化と並行して、スキー場の運営というソフトウェア面でも「自前主義」への転換が進んでいる。これまで中国の大型スキーリゾートの多くは、フランスのクラブメッド(Club Med)やマレーシアのゲンティン・グループといった外資の運営ノウハウに依存してきた。質の高いサービスや安全管理、集客戦略で先行する外資との提携は、市場の黎明期において不可欠だったからだ。しかし、2015年以降、万科(Vanke)グループ傘下の万科氷雪事業部(Vanke Snow)や融創文旅集団(Sunac Culture & Tourism Group)といった国内不動産大手がスキー場経営に本格参入。豊富な資金力を背景に、外資から人材を引き抜き、運営ノウハウの吸収を急いでいる。

その結果、中国国内のスキー場数は2022年末時点で697カ所に達し(『中国滑雪産業白皮書2022-2023』)、そのうち屋内スキー場は40カ所以上と世界最多を誇る。特に、融創文旅がハルビンや広州などで展開する巨大屋内スキー場「雪世界」は、最新の国産断熱材や冷却システムを導入し、年間を通じた安定営業を実現。初心者が気軽にスキーを体験できる場として人気を博している。こうした国内資本による施設の増加は、日本企業にとっても商機となる一方、競争環境の激化を招いている。星野リゾートは河北省でスキー場の運営支援を手がけるが、今後は単なるノウハウ提供だけでなく、日本ならではの「おもてなし」や食文化といった付加価値を組み合わせた、より深いレベルでの差別化が求められる。

日本企業が直面する選択

中国で加速する冬季スポーツ産業の国産化は、日本の関連企業に二つの道を突きつけている。一つは、巨大市場の成長を取り込む「機会」の道。もう一つは、国産勢力の台頭による「脅威」に直面する道だ。デサントは、高級スキーウェアの分野で中国富裕層から絶大な支持を得ており、2023年度の中国事業売上高は前年同期比で約50%増と好調を維持する。ゴールドウインも高価格帯製品でブランドイメージを確立し、着実に顧客層を広げている。これらの企業にとって、中国の中間層以上における「本物志向」は強力な追い風だ。

しかし、その足元では中国企業が猛追している。中価格帯以下の市場では、安踏(ANTA)や李寧(Li-Ning)といった国産ブランドが、デザイン性と価格競争力を両立させた製品で急速にシェアを拡大。前述の通り、素材や装置の国産化が進めば、その勢いはさらに増すだろう。かつて日本の家電やスマートフォンが辿ったように、最初は低価格品から市場に参入し、やがて技術力を蓄積して高価格帯へと進出してくる可能性は否定できない。

この構造変化に対し、日本企業が取るべき戦略は明確だ。短期的には、円安を追い風に、高機能素材や精密な加工技術といった「日本の強み」を活かした高付加価値製品で、富裕層や本格的な愛好家層を確実に掴むことである。同時に、星野リゾートの例のように、スキー場運営やインバウンド誘致といった「体験価値」の提供で、物販に留まらない収益源を確立することも重要となる。中長期的には、現地の有力企業との戦略的提携も視野に入れるべきだろう。販売網の相互活用や、共同での製品開発を通じて、巨大市場の成長に深く根を張っていく。中国の国産化の波を単なる脅威と捉えるのではなく、自らのビジネスモデルを変革する好機と捉える視座が、今後の10年を左右することになる。