欧州連合(EU)が気候変動対策の柱として導入する「炭素国境調整措置(CBAM)」が、2026年の本格施行を前に、新たな国際貿易の火種となっている。EU域外からの輸入品に炭素排出量に応じた価格を課すこの制度は、事実上の「炭素国境税」とも呼ばれ、鉄鋼やアルミニウムなどを大量に輸出する中国が「不公平な貿易障壁だ」と強く反発。世界のサプライチェーンに大きな影響を及ぼす可能性がある。

なぜ今、重要か

CBAMは2023年10月1日から報告義務を課す移行期間に入っており、2026年1月1日からの本格導入が現在に迫っている。この措置は、EU域内の厳格な排出量取引制度(EU-ETS)によって炭素価格が1トンあたり80〜100ユーロに高騰する中、規制の緩い域外国へ生産拠点が移転する「カーボンリーケージ」を防ぐことが主目的だ。米中間の技術覇権争いに加え、環境規制を起点とする新たな経済圏の構築が進んでおり、日本企業も対応を迫られている。ロイター通信によると、中国商務省は本措置を「一方的な措置」と批判しており、世界貿易機関(WTO)の場で対立が先鋭化する可能性が指摘されている。

CBAMの仕組みと対象範囲

CBAMは、EU域内で製造された製品と同等の炭素コストを輸入品にも課すことで、公正な競争条件を確保することを目指す制度だ。当初の対象は、炭素集約的で貿易量が多い鉄鋼、アルミニウム、セメント、肥料、電力、水素の6品目に定められた。

輸入事業者は、輸入した製品の製造過程で排出された温室効果ガス(GHG)の量を算定し、EU当局に報告する義務を負う。そして、その排出量にかなりする「CBAM証書」を市場から購入し、納付する必要がある。排出量を証明できない場合は、EUが設定した不利なデフォルト値が適用されるため、輸出企業にとっては炭素排出量の可視化が急務となる。EUは将来的に対象品目をプラスチックや化学品などにも拡大する方針を示しており、その影響は世界規模で拡大するとみられている。

中国の反発と世界への影響

世界最大の鉄鋼生産国である中国にとって、CBAMは輸出競争力に直結する重大な問題だ。中国の鉄鋼生産量は世界全体の約半分を占め、EUは重要な輸出市場の一つである。中国商務省は「保護主義的な措置であり、世界のサプライチェーンを混乱させる」と公式に表明し、WTOの原則に違反する可能性を指摘している。

この反発は中国に限ったものではない。JETROの分析によれば、トルコ、インド、ロシアといったEUへの主に輸出国も同様に大きな影響を受ける見込みで、途上国からは「先進国による新たな貿易の壁」との批判も上がっている。CBAMが国際的なコンセンサスを得られないまま強行されれば、報復措置の応酬に発展し、世界経済のブロック化をさらに加速させるリスクをはらんでいる。

技術解説

CBAMへの対応は、単なる事務手続きにとどまらず、高度な技術的知見を要求する。企業が取り組むべき主にな技術課題は以下の3点に集約される。

  1. 炭素排出量の算定・可視化: 製品のライフサイクル全体における炭素排出量(カーボンフットプリント)を正確に算定する必要がある。これには、原材料調達から製造、輸送、廃棄に至るまでのGHGプロトコル(Scope 1, 2, 3)に基づいたデータ収集と管理が不可欠だ。特に、サプライチェーン全体にまたがるScope 3排出量の把握は複雑であり、ブロックチェーンなどを活用したトレーサビリティシステムの構築が有効な解決策となり得る。
  1. 低炭素製造技術への転換: 鉄鋼業界では、従来の石炭を使う高炉法から、天然ガスや水素で鉄鉱石を還元する「直接還元製鉄法」や、スクラップを電気で溶かす「電炉法」へのシフトが加速する。特にグリーン水素を用いた水素還元製鉄は、CO2排出を大幅に削減できる次世代技術として期待されている。アルミニウム業界では、製造時の電力を再生可能エネルギーで賄う「グリーンアルミニウム」の生産が鍵となる。
  1. CCUS(CO2回収・利用・貯留)技術: 製造プロセスで排出されるCO2を分離・回収し、地中深くに貯留したり、化学品や燃料の原料として再利用したりする技術。排出削減が困難なセメント産業などでは、CCUSの導入がCBAM対応の切り札となり得るが、1トンあたり100ドル以上とされる高いコストが実用化への課題となっている。

日本の関連性

EUのCBAM導入は、日本企業にとって新たな事業機会とリスクをもたらす。まず、鉄鋼やセメントなどCBAM対象の6品目をEUに輸出する中国企業は、炭素排出量算定・報告義務とコスト増に直面する。このため、中国からEUへの輸出が困難になったり、コスト高で競争力を失ったりする製品が、日本企業にとって代替供給源となる可能性がある。特に、EU-ETSの炭素価格が1トンあたり70〜100ユーロに高騰している現状を鑑みると、日本の低炭素技術や製品の需要が高まることも考えられる。

次に、中国がCBAMを「不公平な貿易障壁」と批判し、WTOルール違反の可能性を指摘している点は、日本企業がサプライチェーンを再構築する上で考慮すべき要素だ。中国の反発が貿易摩擦に発展すれば、特定の製品分野で国際的なサプライチェーンが混乱するリスクがある。例えば、中国がEUへの輸出を減らした鉄鋼製品が、他の市場に流入し価格競争が激化する可能性も否定できない。

最後に、日本が独自の排出量取引制度や炭素税を強化する動きと連動し、国内企業も排出量削減への投資を加速させる契機となりうる。EUのCBAMが他国にも波及する可能性を考慮し、日本企業は早期からサプライチェーン全体の脱炭素化を進めることで、将来的な国際競争力を確保できる。例えば、中国のCCTVが報じるような保護主義的措置の拡大に備え、多様な調達先の確保や、自社製品の炭素フットプリントの透明化が急務となる。