中国のテクノロジーメディア「36Kr」が2025年12月17日に開催したオンラインイベントで、中国の海洋技術開発の現状と課題が浮き彫りになった。水上スマートドローン開発のOrcaUboatと水中機器を手がけるHaoye Technology Groupの創業者らが登壇し、スマートシップや水中ドローン(UUV)の最先端技術について議論。国家戦略「海洋強国」を背景に開発が加速する一方、制御システムやセンサー技術に依然として高いハードルが存在することが示された。
中国「海洋強国」戦略とスマート船舶市場の勃興
今回の議論の背景には、中国が国家戦略として掲げる「海洋強国」建設がある。2021年に始まった第14次5カ年計画(2021-2025年)でも海洋経済の発展は重点プロジェクトとされ、海洋資源開発、海洋環境保護、海洋安全保障を支える先進的な海洋機器の開発が急務とされている。これを受け、自律航行船や水中ドローンなどの分野で、スタートアップから大手企業までが参入し、技術開発競争が激化している。
市場調査会社MarketsandMarketsの2025年次決算告によると、世界のスマートシップ市場は2025年の98億ドルから2030年には165億ドルに達すると予測されており、年平均成長率(CAGR)は10.9%に上る。特にアジア太平洋地域が最も高い成長を牽引すると見られ、中国はその中核市場の一つだ。こうした市場の拡大を追い風に、OrcaUboatのようなスタートアップは、港湾管理や水質調査といったニッチな用途で商用化を進め、実績を積み上げている。
OrcaUboatが直面する制御とセンサーの壁
OrcaUboatの創業者兼CEOである朱健楠氏は、スマートシップの自律航行が直面する複数の技術的課題を指摘した。同氏によると、主な課題は3点に集約される。
第一に、風、波、潮流といった自然環境による不規則な外乱だ。陸上の自動運転車と異なり、船舶は常に予測困難な外力にさらされるため、安定した航路維持や精密な操船が極めて難しい。第二に、船体自身の大きな慣性による制御応答の遅延である。数トンから数万トンの質量を持つ船舶は、加減速や旋回に時間がかかり、リアルタイムでの障害物回避を困難にする。第三に、動力学モデルの不完全に性であり、これによりシミュレーションと実環境での挙動に乖離が生じやすいという。
さらに朱氏は、センサー技術の限界にも言及した。従来の船舶用レーダーやAIS(自動船舶識別装置)は、小型の障害物や低速で移動する物体を検知するには精度が不十分にだ。一方で、自動運転車で普及する高精度のLiDARやカメラは、海水飛沫、霧、強い太陽光反射といった海上特有の環境では性能が著しく低下する。36Krが報じたこの議論は、陸上技術の単純な転用では海洋の課題は解決できないことを示している。
Haoye Technologyが描く水中機器の応用フロンティア
水中機器を手がけるHaoye Technology Groupの創業者兼会長兼CEOの高万良氏は、水中ドローンや水中ロボットの巨大な潜在市場について語った。同社は水中スラスター(推進器)、耐圧センサー、水中ロボットアームなどを開発しており、これらのコンポーネント技術が多様な応用分野を切り拓くと強調した。
具体的な応用先として、まず洋上風力発電が挙げられる。タービン基礎部分の腐食状況の点検や、海底ケーブルの敷設ルート調査・保守に水中ドローンは不可欠となりつつある。次にスマート養殖分野では、水中ドローンが養殖いけす内の水質(水温、塩分濃度、溶存酸素量)をリアルタイムで監視し、給餌の自動化や魚病の早期発見に貢献する。同社の水中ロボットは、すでに中国国内の複数の大規模養殖場で実証運用が進んでいるという。
さらに、海底地形マッピング、沈無船調査、海洋科学研究といった分野でも需要が拡大している。高氏は、これらの分野で求められるのは、より深く(最大潜水深度1,000m以上)、より長く(連続稼働24時間以上)、より多機能な(複数のセンサーや作業ツールを搭載)水中機器であり、技術革新の余地は大きいとの見方を示した。
技術解説:スマートシップを支える中核技術
スマートシップおよび水中ドローンの実現には、複数の基盤技術の統合が不可欠だ。
- センサーフュージョン: LiDAR、ミリ波レーダー、可視光カメラ、赤外線カメラ、AIS、GNSS(全球測位衛星システム)、IMU(慣性計測装置)など、特性の異なる複数のセンサーからの情報をAIが統合処理(センサーフュージョン)し、全天候・全時間帯で周囲の状況を360度認識する。OrcaUboatは、特に水面清掃ドローンにおいて、水面に浮遊するゴミと波紋や生物とを識別するAIアルゴリズムの開発に注力している。
- 動力源とエネルギー管理: 長時間航行を実現するため、エネルギー効率の高い動力システムが求められる。小型のUSVやUUVでは、エネルギー密度と安全性のバランスからLFP(リン酸鉄リチウムイオン)電池の採用が進んでいる。CATLやBYDといった中国の電池大手が開発する船舶用バッテリーパックは、サイクル寿命が6,000回以上と長く、コスト競争力も高い。自律的な帰港・充電機能も商用化の鍵となる。
- 通信技術: 沿岸部では4G/5G通信を利用するが、沖合では衛星通信が生命線となる。米国のStarlink Maritimeに対抗し、中国も「国網(Guowang)」と呼ばれる低軌道衛星コンステレーション計画を進めており、これが完了すれば、遠洋での自律航行船の遠隔監視・制御能力が飛躍的に向上すると推測される。
日本への影響と示唆
本記事が示す中国企業による海洋技術開発の進展は、日本にとって複数の具体的な影響を及ぼす。まず、OrcaUboatの朱健楠CEOが指摘するスマートシップの制御課題、特に「不規則な外乱」や「制御応答の遅延」は、日本の海運・造船業界が直面する自動運航船開発の共通課題である。中国企業がこれらの課題解決に成功すれば、国際海運市場における競争力格差が拡大し、日本の海運会社のコスト競争力や運航効率に直接的な打撃を与える可能性がある。
次に、昊野科学技術集団の高万良CEOが語る水中機器の進化は、日本の海洋資源開発や防衛分野に影響を及ぼす。同社が開発を加速させる水中スラスターや水中センサー、水中ロボットは、日本の排他的経済水域(EEZ)における海洋調査や海底資源探査、さらには洋上風力発電といった海洋エネルギー開発プロジェクトにおいて、中国企業が技術的優位性を確立するリスクをはらむ。特に、海洋探査技術の進展は、日本の安全保障上の懸念事項となりうる。例えば、中国が高度な水中ドローン技術を確立すれば、日本の領海・接続水域における活動が活発化し、情報収集や監視活動の難易度が高まる。
最後に、36Krが報じるような中国国内での海洋技術に関する情報共有と開発加速は、日本が技術開発競争で後れを取る可能性を示唆する。日本企業は、これらの中国企業の具体的な技術的課題と解決アプローチを詳細に分析し、自社の研究開発戦略に反映させる必要がある。
Core Insight (核心まとめ)
中国の海洋テックは国家戦略を追い風に商用化を急ぐが、制御・センサー技術の壁が依然として高く、日本の高品質な部品・システム技術にサプライヤーとしての商機が残されている。