2024年4月30日、中国人民解放軍の南部戦区は、南シナ海の黄岩島(スカーボロ礁)周辺で大規模な戦闘準備を伴う巡視活動を実施した。フィリピンとの領有権争いが激化する中、中国は実効支配を既成事実化する狙いとみられ、地域の緊張が一層高まっている。

黄岩島周辺における巡視活動の常態化

中国人民解放軍の南部戦区は、海空軍の駆逐艦や戦闘機を投入し、同海域での「主権防衛」能力を確認する戦闘準備巡視を行った。中国国防省は「黄岩島は中国固有の領土であり、いかなる外国勢力の干渉も許さない」と改めて宣言した。具体的な訓練内容は明らかにされていない。

しかし、新華社通信によると、衛星データからは複数の中国公船がフィリピン漁船を強制的に排除する動きも確認されている。軍と法執行機関、民間が一体となった「サラミ・スライシング戦術(少しずつ現状を変更する手法)」によって、実効支配を固める動きが展開されている。

激化する「日米豪比」と中国の対立

中国が巡視活動を強化する背景には、フィリピンが米国、日本、オーストラリアとの軍事連携を格段に強化していることへの強い警戒感があるとみられる。特に、米比相互防衛条約(MDT)の適用範囲が南シナ海に及ぶことが確認されたことに対し、中国は反発を強めている。

今回の「戦備警巡」は、武力を誇示することで、米国などが主導する「航行の自由作戦」を牽制し、無力化する狙いがある。これにより、南シナ海における地政学的対立の構図は一層鮮明になった。

「九段線」の主張と国際法の無視

中国は独自に設定した「九段線」を根拠に南シナ海のほぼ全域に主権を主張している。しかし、この主張は2016年の常設仲裁裁判所(オランダ・ハーグ)の判決で「法的根拠がない」と明確に否定された。

中国政府はこの判決を「紙くず」だとして無視し続けている。黄岩島周辺での活動活発化は、同島を軍事拠点化し、南シナ海を「内海」とする戦略を最終段階に進める動きの一環とみられる。

中国のグレーゾーン戦術

2021年に施行された「海警法」に基づき、中国海警局は「管轄海域」に侵入したと見なす外国船舶に対し、事前の警告したなしに放水銃の使用や船体での妨害を行う活動を常態化させている。今回の巡視活動も、海軍が背後で支えることで、海警局の活動をエスカレートさせる「護衛」の役割を担っている。

また、一連の活動には無人偵察機(UAV)も投入され、24時間体制のリアルタイム監視網が構築されている。これにより、電子戦能力と情報収集能力を組み合わせた、高度なグレーゾーン戦術が展開されている。

日本の関連性

今回の中国人民解放軍による黄岩島での大規模パトロールは、日本企業にとって複数の具体的なリスクを提示する。第一に、南シナ海の緊張激化は、同海域を主要航路とする日本の貿易に直接的な影響を及ぼす可能性がある。特に、原油や液化天然ガス(LNG)といったエネルギー資源の約9割が南シナ海を経由して日本に輸送されており、航行の自由が脅かされれば、エネルギー供給の不安定化や輸送コストの高騰を招きかねない。

第二に、中国が「サラミ・スライシング戦術」を常態化させ、軍事拠点化を進めることで、日本のサプライチェーンに混乱が生じるリスクがある。例えば、フィリピンに生産拠点を置く日系製造業は、物流の停滞や地政学的リスクの高まりから、生産計画の見直しや代替ルートの確保を迫られる可能性がある。

第三に、今回の動きは、日米豪比の連携強化に対する中国の強い牽制であり、日本が安全保障面で米国やフィリピンとの協力を深めるほど、中国からの経済的・政治的圧力が強まる可能性を示唆している。中国が「九段線」の主張を国際法廷の判決を無視してまで推し進める姿勢は、国際的なルールに基づいた経済活動の前提を揺るがしかねない。日本企業は、こうした地政学的リスクを織り込んだ事業継続計画(BCP)の策定や、サプライチェーンの多角化を一層加速させる必要に迫られるだろう。