イギリスで「再工業化」を巡る議論が活発化している。かつて世界有数の工業国だったイギリスの製造業は、グローバル化の進展で深刻な空洞化に直面。新型コロナウイルスのパンデミックやウクライナ侵攻でサプライチェーンの脆弱性が露呈し、産業回帰の必要性が叫ばれる一方、その厳しい現実が浮き彫りになっていると、英紙フィナンシャル・タイムズなどが報じた。

消えゆく「産業の背骨」

ウェールズ西部の港町ミルフォードヘイブンには、かつて米石油資本などが運営した巨大な製油所が立地したが、現在はイギリスに残るわずか4カ所の製油所の1つだ。2025年にはスコットランドとイングランドでさらに2カ所が閉鎖される予定で、同国のエネルギー安全保障に対する懸念が深まっている。

産業の衰退は石油精製に限らない。製塩、合成繊維、鉄鋼、ベアリング、セラミックなど、かつてイギリスの地方都市を支えた基幹産業が次々と姿を消している。大手鉄鋼メーカーのブリティッシュ・スチールも、政府の支援でかろうじて存続しているのが現状である。

2000年代にピーク、そして急落

イギリスのエネルギー集約型産業のピークは1970年代ではなく、比較的安価なエネルギーと旺盛な世界需要に支えられた2002年であった。当時、石油・ガス採掘や製油、金属、化学といった基幹産業部門では80万人以上が就労していた。

しかし、2008年の金融危機を境に状況は暗転する。世界の重工業が中国へ生産拠点を移す中で、イギリスの生産量と生産性は急降下した。多くの西側諸国が同様の課題に直面したが、イギリスの打撃は特に深刻で、重工業の就業者数は2000年代初頭の80万人超から現在の約40万人へと半減した。この十数年で鉄鋼業は何度も経営危機に瀕し、アンモニア産業は消滅、アルミニウム生産も激減した。

超党派で高まる「再工業化」の機運

新型コロナウイルスのパンデミックによるサプライチェーンの混乱や、ウクライナ侵攻に端を発するエネルギー価格の高騰を受け、長年の脱工業化の流れを見直す動きが強まった。かつては懐古主義と見なされた「再工業化」が、今やイギリス議会で超党派の主になテーマとなっている。

保守党のロバート・ジェンリック氏は「イギリスが再工業化できる条件を整え、労働者に良質な雇用を再び創出する」と主張。一方、労働党のエド・ミリバンド氏は炭素排出削減と結びつけた「グリーン産業革命」を構想するなど、アプローチは異なる。自国で製品を製造する能力が国力を強化するという考えが、与野党の政治家を動かしている。しかし、高いコストや厳しい環境規制といった課題への言及は少なく、どの分野で競争力を維持し、どの産業を優先するのか、具体的な戦略は依然として不透明だ。

まとめ:日本への示唆

イギリスの産業空洞化の事例は、中国依存度が高い日本企業にとって、サプライチェーン再編の喫緊性を浮き彫りにする。特に、イギリスの重工業就業者数が2000年代初頭の80万人超から現在の約40万人へと半減した事実は、製造業の海外移転が国内雇用に与える影響の大きさを物語る。日本企業は、中国での生産比率が高い自動車部品や電子部品分野で、地政学リスクや人件費高騰を背景とした生産拠点の多角化を加速させる必要がある。

また、イギリスで2025年にさらに2カ所の製油所が閉鎖される予定であることは、エネルギー安全保障の脆弱化が産業全体に波及する可能性を示す。日本は、中国による台湾有事の可能性や南シナ海での緊張を考慮すると、エネルギー輸入の大部分を海上輸送に依存する構造は極めてリスクが高い。大手商社やエネルギー企業は、液化天然ガス(LNG)の調達先の多様化や、再生可能エネルギーへの投資を加速させることで、供給途絶リスクを低減すべきだ。

さらに、ブリティッシュ・スチールが政府支援でかろうじて存続している現状は、基幹産業の維持には国家レベルでの戦略的支援が不可欠であることを示唆する。日本政府は、半導体や重要鉱物といった戦略物資の国内生産能力強化に対し、より積極的な財政支援や規制緩和を行うべきである。これにより、単なるコスト効率追求ではない、経済安全保障を重視した産業構造への転換を促すことができる。