米国の輸出規制が中国のAI半導体開発を逆説的に加速させている。NVIDIA製GPUの輸入が事実上途絶える中、華為技術(Huawei)などが設計した半導体が中国国内のAI演算市場を席巻し始めた。その性能は最先端品に及ばないものの、政府調達と一体化した国内需要を背景に、独自の生態系を形成しつつある。本稿では、中国製AI半導体の技術的実力と限界を定量的に分析し、半導体製造装置や素材供給網で関与を続ける日本企業が直面する地政学的力学を解剖する。
米規制が生んだ「代替市場」の現実
米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月に発表し、2023年10月に更新した輸出管理規則(EAR)は、中国への高性能AI半導体の輸出を厳格に制限した。これにより、中国のAI企業が依存してきたNVIDIA製の「A100」や「H100」といったGPU(画像処理半導体)の正規ルートでの入手は不可能になった。この供給遮断が、中国国内に巨大な「代替需要」を生み出す結果を招いている。市場調査会社TrendForceが2024年3月に公表した分析によれば、2024年における中国国内のAIサーバー向け半導体市場において、華為技術(Huawei)が設計する「昇騰(Ascend) 910B」が約8割の市場占有率を獲得する見通しだ。これは、政府や国有企業が主導するAI計算センターの建設計画において、国産半導体の採用が暗黙の必須条件となっているためである。アリババ集団やテンセント、百度(Baidu)といった大手IT企業も、自社開発のAI半導体と並行して昇騰910Bの大量導入を進めていると見られる。NVIDIAは規制に対応するため、性能を落とした中国市場向けモデル「H20」を投入したが、価格性能比で昇騰910Bに劣後し、受注は低迷。2024年第2四半期のNVIDIAのデータセンター部門売上高のうち、中国向けが占める割合は「一桁台半ば」にまで落ち込んだと、同社の決算報告会で最高財務責任者(CFO)のコレット・クレス氏が認めている。この状況は、米国の規制が意図せざる形で中国の半導体自給体制の確立を後押ししている現実を浮き彫りにする。
なぜ7nm級ではなく成熟工程で対抗するのか?
中国製AI半導体の性能は、NVIDIAの最先端品に及ばない。例えば、昇騰910Bは台湾積体電路製造(TSMC)の7nm製造工程で生産された旧型品の在庫、あるいは中国の半導体受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)の同等工程で製造されていると見られるが、その演算性能はFP16(半精度浮動小数点数)で約320TFLOPSとされ、NVIDIAのH100(989TFLOPS)の3分の1程度に留まる。SMICの7nm工程は、先端のEUV(極端紫外線)露光装置ではなく、旧世代のDUV(深紫外線)露光装置を複数回使用する多重露光技術に依存しており、歩留まりの低さと生産能力の限界が指摘される。米国の制裁下でEUV露光装置の入手が不可能な以上、7nm以下の微細化には物理的な壁が存在する。このため、中国の半導体戦略は微細化一辺倒ではなく、28nmや40nmといった「成熟工程」を最大限活用する方向に動いている。具体的には、複数の成熟工程で製造した半導体ダイ(チップレット)を高度な実装技術で接続し、一つの大規模半導体として機能させる手法だ。この「チップレット」技術は、異なる機能を持つチップを最適に組み合わせられる利点がある。例えば、演算コアは14nm、入出力インターフェースは28nmで製造し、これらをシリコン貫通電極(TSV)を用いた2.5D実装で結合する。これにより、単一の巨大な先端半導体を製造するよりも開発期間を短縮し、歩留まりを改善できる。中国政府は2023年に、こうした先進実装技術の研究開発に対し、今後5年間で1兆元(約21兆円)規模の基金を投じると報じられており、国家戦略として成熟工程の価値を再定義していることが窺える。
ソフトウェアで補う性能の溝
ハードウェアの性能差を埋める鍵は、ソフトウェアにある。NVIDIAの強さはGPUそのものの性能に加え、15年以上にわたり築き上げてきた並列計算プラットフォーム「CUDA」の存在が大きい。世界中のAI開発者がCUDA上で膨大なソフトウェア資産を蓄積しており、他の半導体への乗り換え障壁は極めて高い。この「牙城」を崩すため、Huaweiは「CANN(Compute Architecture for Neural Networks)」と呼ぶ独自のソフトウェア基盤を開発し、CUDAからの移行を促すツールを整備している。CANNは、開発者がTensorFlowやPyTorchといった主要なAI開発環境で記述したプログラムを、昇騰半導体上で効率的に実行するための翻訳機(コンパイラ)やライブラリ群から成る。Huaweiは中国国内の大学や研究機関と連携し、CANNを標準的な教育課程に組み込むことで、次世代の開発者を自社の生態系に取り込もうとしている。2024年6月時点で、CANNの開発者コミュニティは500万人を超えたとHuaweiは公表している。性能面では、大規模言語模型(LLM)の学習において、昇騰910Bを1024個連結したクラスタは、同数のNVIDIA A100クラスタと比較して約70%の性能に達したとの内部評価もある。これは、ハードウェア間の通信効率をソフトウェアで最適化した成果と見られる。ハードウェアの性能が7割でも、価格が5割ならば、多くの国内企業にとっては十分に魅力的な選択肢となる。この費用対効果が、中国製AI半導体の普及を支える論理だ。
日本の装置・素材が担う不都合な役割
中国の半導体自給戦略は、日本の製造装置・素材メーカーの存在なくしては成り立たない。米国の規制はEUV露光装置のような最先端品に集中しており、DUV露光装置やエッチング装置、洗浄装置、検査装置といった成熟工程向けの多くの品目では、日本のメーカーが世界的に高い市場占有率を維持している。財務省の貿易統計によれば、2023年の日本の半導体製造装置の輸出額のうち、中国向けは全体の47%にあたる1兆778億円に達し、前年から倍増した。これは、SMICや長江存儲科技(YMTC)といった中国企業が、規制がさらに強化される前に駆け込みで設備投資を急いだためだ。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコといった企業は、中国の成熟工程向けビジネスで過去最高の収益を記録している。また、半導体製造に不可欠な素材分野でも日本の影響力は大きい。フォトレジスト(感光材)ではJSRや信越化学工業、東京応化工業が、シリコンウエハーでは信越化学工業とSUMCOが世界市場の過半を握る。これらの素材は、中国国内の半導体工場で日々消費されている。米国政府は同盟国に対し、旧世代のDUV露光装置についても中国への輸出管理を強化するよう圧力をかけており、日本政府は難しい判断を迫られている。経済安全保障の観点からは米国の要請に応じる必要がある一方、巨大な中国市場を失うことは関連企業の経営に深刻な打撃を与える。このジレンマは、技術覇権を巡る米中対立の狭間で、日本企業が意図せずして中国の技術開発を支えるという不都合な役割を担わされている構造を示している。
日本企業が直面する選択
米中間の技術デカップリング(分断)は不可逆的な潮流となり、日本企業は新たな生存戦略を模索する必要に迫られている。短期的には、規制対象外である成熟工程向けの装置や素材を中国に供給することで収益を確保できる。しかし、この戦略は常に米国の規制強化リスクに晒される。2024年7月には、オランダ政府がASMLに対し、一部のDUV露光装置の保守サービス停止を中国企業に通告したと報じられた。同様の措置が日本の装置メーカーにも求められる可能性は否定できない。中長期的には、中国市場への過度な依存から脱却し、収益源を多様化することが不可欠となる。具体的には、米国が主導する半導体サプライチェーン再編、いわゆる「チップス・アライアンス」への参画を深める動きが加速するだろう。経済産業省が主導するRapidus(ラピダス)の2nm半導体国産化プロジェクトは、その象徴だ。このプロジェクトには、IBMやベルギーの研究機関imecが技術協力し、日米欧の連携で次世代半導体を開発・生産する狙いがある。日本の装置・素材メーカーにとっては、こうした国内の先端プロジェクトに深く関与し、技術的な優位性をさらに高めることが、中国市場のリスクを相殺する上で重要な布石となる。同時に、インドや東南アジアといった「第三極」での事業展開も急務だ。これらの地域では、米中対立を背景に半導体工場の新設が相次いでおり、新たな装置・素材需要が生まれている。SEMIの予測では、2025年までに東南アジアでの半導体設備投資額は年率15%で成長するとされる。米中の狭間で受動的な立場に甘んじるのではなく、自らが持つ技術的な強みを交渉力とし、能動的に国際的な立ち位置を再構築していく。それが、日本の半導体関連産業に課せられた重い課題である。