中国の生成AI(人工知能)開発企業、Zhipu AIMiniMaxが香港証券取引所での上場に向け準備を本格化させた。両社の想定企業価値は合計で3兆円規模に達する見込みだが、その成長は米国の先端半導体輸出規制という大きな制約に直面している。アリババ集団やテンセントといった大手IT企業に加え、政府系投資法人が資金供給を主導する歪な成長構造は、技術基盤の脆弱性を内包する。米中技術摩擦が激化するなか、香港市場での資金調達が、NVIDIA製半導体の入手難という根源的な課題を克服する原動力となるかは不透明だ。

3兆円評価額の源泉、国家主導の資金供給

Zhipu AIMiniMaxの急成長を支えるのは、異例の規模と速さで実行される資金調達だ。Zhipu AIは清華大学発の技術系企業として2019年に創業後、これまでに10回以上の資金調達を実施。中国の調査会社IT Juziの2024年6月の報告によれば、同社の企業価値は直近の資金調達ラウンドで約400億元(約8800億円)に達した。主要な出資者にはアリババ集団、テンセント、美団(Meituan)といった国内IT大手に加え、全国社会保障基金(NSSF)や北京市系の投資法人が名を連ねる。国家的な後押しが評価額を押し上げている構図が鮮明だ。
一方、2021年設立のMiniMaxも、わずか3年で評価額が約300億元(約6600億円)に到達した。同社は元センスタイム商湯科技)幹部らが設立し、アリババやテンセント系の投資部門から初期段階で出資を受けている。中国証券監督管理委員会(CSRC)が2024年6月に公表した資料で、両社が香港上場の前提となる海外発行登録を申請したことが確認された。これは、国内でのAI開発競争「百模大戦」を勝ち抜くための軍資金確保を急ぐ動きとみられる。米調査会社CB Insightsによると、2023年の中国AI分野への投資額は、米国の6分の1以下の約99億ドルにとどまったものの、政府の産業政策と一体化した投資法人の動きは活発で、特定企業への資金集中が進んでいる。

なぜ米国ではなく香港市場なのか?

中国の有力な技術系企業がかつて目指したニューヨーク証券取引所(NYSE)やナスダック市場への上場は、現在、事実上閉ざされている。2020年に成立した「外国企業説明責任法(HFCAA)」は、米国の公開会社会計監督委員会(PCAOB)による会計監査を3年連続で拒否した外国企業を米国市場から上場廃止にする権限を認めた。中国政府は国家安全保障を理由に国内企業の監査資料の国外提出を厳しく制限しており、これが上場の大きな障壁となっている。データ安全保障に対する米国の警戒感も、生成AIのように大量の情報を扱う企業の米国上場を困難にしている。
こうした背景から、香港証券取引所が中国本土企業にとって最も現実的な大型資金調達の場として浮上する。しかし、その香港市場もかつての勢いを失っている。香港取引所の統計によれば、2023年の新規株式公開(IPO)による資金調達額は前年比56%減の463億香港ドル(約9300億円)と、過去20年で最低水準に落ち込んだ。2024年上半期もこの傾向は続いており、市場全体の流動性低下が懸念される。このような厳しい市場環境にもかかわらずZhipu AIなどが上場を急ぐのは、技術開発競争が待ったなしの状況にあるためだ。米国の金融制裁のリスクが比較的低く、中国本土からの投資資金「南向通」が流入しやすい香港は、苦境にある中国技術系企業にとって最後の生命線となりつつある。

技術基盤の脆弱性、NVIDIA依存と国産化の狭間

生成AIの性能は、大規模言語モデル(LLM)の学習と推論を担う画像処理半導体(GPU)の計算能力に大きく依存する。この分野では米NVIDIAが世界市場の9割以上を占有しており、中国AI企業も同社のGPUに頼ってきた。しかし、米商務省産業安全保障局(BIS)による輸出規制が段階的に強化され、2023年10月には高性能な「A100」や「H100」だけでなく、中国市場向けに性能を落とした「A800」「H800」さえも輸出が禁止された。これにより、中国企業は最先端のAI開発に必要な計算資源へのアクセスを絶たれた。
代替策として期待されるのが、華為技術(ファーウェイ)が設計し、中芯国際集成電路製造SMIC)が7ナノメートル工程で製造するとされる国産半導体「昇騰(Ascend)910B」だ。しかし、その性能はNVIDIA製に及ばないのが実情だ。台湾の調査会社TrendForceが2024年3月に公表した分析では、Ascend 910Bの汎用演算性能は、規制前のNVIDIA A100の約60〜70%の水準にとどまると推定される。さらに、NVIDIAが提供する並列計算基盤「CUDA」のような成熟したソフトウェア開発環境が国産半導体にはなく、既存のAIモデルを移植・最適化するのに多大な労力を要する。Zhipu AIMiniMaxは、既存のNVIDIA製半導体の備蓄と、性能の劣る国産半導体の併用で急場をしのいでいるとみられるが、この計算資源の制約は、モデルの規模拡大や性能向上において長期的な足枷となる可能性が高い。

「百模大戦」の消耗戦、収益化への遠い道のり

中国国内では、200を超えるLLMが開発され、技術や顧客を奪い合う「百模大戦」と呼ばれる過当競争が続いている。Zhipu AIは「GLM-4」、MiniMaxは「abab」シリーズといった自社モデルを相次いで発表し、性能向上を競う。各種ベンチマーク試験では、米OpenAIの「GPT-4」に迫る成績を示す項目もあるが、総合的な能力や安定性では依然として差があるとされる。この競争を支えるのは巨額の先行投資だ。LLMの学習には一度に数万個の高性能GPUを数週間にわたり稼働させる必要があり、電気代だけで数十億円規模の費用が発生する。
問題は、この莫大な投資を回収する収益モデルが確立されていない点にある。各社はクラウドサービス経由でのAPI提供や、特定業務向けの応用開発で企業向け(BtoB)事業の拡大を急ぐが、多くはまだ実証実験の段階だ。消費者向け(BtoC)では、チャットボット応用などが無料で提供されることが多く、直接的な収益には繋がりにくい。結果として、Zhipu AIやMiniMaxを含む大半のAI開発企業は、売上高を大きく上回る研究開発費とサーバー費用を計上し、赤字状態が続いているとみられる。香港上場で得た資金も、まずはこの赤字補填と次世代モデルの開発競争に投じられる見通しで、持続的な黒字化への道筋は描けていない。資金が尽きた企業から淘汰される消耗戦の様相を呈している。

日本企業が直面する選択

米国の規制下で独自の進化を試みる中国AI企業の動向は、日本の産業界に複雑な問いを突きつける。汎用的な大規模言語モデルの開発で、豊富な資金力と14億人の市場から得られる膨大なデータを背景に持つ中国勢と正面から競うのは、日本企業にとって現実的ではない。むしろ、日本が競争優位を持つ領域での差別化戦略が重要性を増す。
第一の選択肢は、特定用途でのAI活用だ。例えば、製造業における精密な工程管理や予兆保全、新材料開発のシミュレーション、あるいは医療分野での画像診断支援など、日本のものづくりや専門知識が生きる領域にAIを深く統合する戦略である。ここでは、汎用性よりも特定課題を解く精度や信頼性、エネルギー効率が競争力の源泉となる。
第二に、AIを支える基盤技術における日本の役割だ。AI半導体の性能向上は、シリコンウエハー(信越化学工業、SUMCOが世界シェア約6割)、フォトレジスト(JSR、東京応化工業などがEUV向けで高シェア)、製造装置(東京エレクトロン、ディスコなど)といった日本の素材・装置産業の技術革新なくしては成り立たない。次世代の省電力半導体や3次元実装技術の開発で主導権を握ることは、間接的にAI時代の産業競争力を左右する。
中国AI企業との関係では、協業と競争の見極めが不可欠となる。中国市場への参入や特定分野での技術補完を目的とした提携は選択肢となりうるが、同時に技術流出のリスク管理や、米国の規制動向を踏まえた地政学的な判断が求められる。中国勢の動きを単なる脅威としてだけでなく、自社の強みを再定義し、独自の戦略を構築する好機と捉える視点が、今後の日本企業には必要となるだろう。