中国で生成AI(人工知能)の開発競争が新たな局面を迎えた。新興の月之暗面Moonshot AI)や智譜AI(Zhipu AI)が、米OpenAIの「GPT-4」に迫る性能を持つモデルを発表し、巨額の資金調達に成功。アリババ集団やテンセントなど既存大手も追随し、200を超える大規模言語モデル(LLM)が乱立する市場で淘汰が始まった。米国の半導体輸出規制という制約下で、中国AI産業がどこまで自律的な進化を遂げられるのか。技術力と資金動向からその実態を追う。

10億ドル調達、月之暗面の衝撃

中国AI市場の熱狂を象徴するのが、2023年3月創立の新興企業、月之暗面Moonshot AI)だ。同社は2024年2月、アリババ集団や香港の資産運用会社などから10億ドル(約1500億円)超の資金調達を実施したと報じられた。この調達で企業評価額は25億ドルに達したと見られ、中国AI分野では2024年最大級の案件となった。同社の対話型AI「Kimi」は、一度に処理できる情報量を示す文脈長で200万字という、競合を圧倒する性能を打ち出した。これは一般的な学術論文約400本分に相当し、長文の文書要約や複数資料の比較分析といった業務用途での実用性を高めるものだ。創業者の楊植麟氏は清華大学を卒業後、米グーグルでAIモデルの研究に従事した経歴を持つ。米国の最先端技術に触れた人材が、中国独自のAI生態系の核となりつつある。競合の智譜AIもアリババやテンセントから出資を受け、2023年だけで25億元(約520億円)以上を調達。評価額は130億元(約2700億円)を超えたとされ、両社が市場の期待を二分する構図が鮮明になっている。

なぜ新興企業が巨大ITを凌駕するのか?

百度(Baidu)、アリババテンセントという巨大IT企業が先行しながら、なぜ月之暗面のような新興勢が市場の主役に躍り出たのか。背景には、巨大組織の硬直性と新興企業の機動力の差がある。巨大ITは既存事業との連携を重視するあまり、全方位的な機能を持つAI開発を目指しがちで、意思決定に時間を要する。一方、月之暗面は「長文脈処理」、別の新興企業MiniMaxは「多種多様な情報形式への対応」といった特定領域に資源を集中させ、2〜3カ月という高速な開発周期でモデルを更新。市場の要求に機敏に対応している。中国の業界調査会社、量子位(QbitAI)の2024年1月時点の集計では、中国国内で発表されたLLMは238種類に上る。この過当競争状態が、逆に特定分野で突出した企業への資金集中を促した。また、中国政府によるAI振興策も追い風だ。北京市や上海市はAI開発企業に対し、計算資源の利用料金を補助する制度を導入。例えば上海市では、計算費用の最大30%、年間1000万元(約2億1000万円)を上限に助成しており、新興企業の初期投資負担を軽減している。こうした環境が、リスクを取って先端技術に挑む土壌を育んでいると見られる。

性能評価で見るGPT-4との距離

中国製AIは、性能面でOpenAIのGPT-4にどこまで迫っているのか。客観的な指標を見ると、その差は着実に縮小している。大学レベルの数学や物理など57科目の知識を問う標準的な性能評価「MMLU」において、OpenAIのGPT-4は86.4%の正答率を記録している。これに対し、智譜AIの最新モデル「GLM-4」は80.2%、アリババの「通義千問Qwen)2.5」は79.1%と、80%前後の水準に達した。2023年初頭の中国製モデルが60%台だったことを踏まえれば、1年で急速な進歩を遂げたことがわかる。特に、コーディング能力を測る「HumanEval」や数学の応用力を試す「GSM8K」といった専門分野では、一部の中国製モデルがGPT-4に匹敵、あるいは部分的に上回る結果を示し始めた。ただし、これらの性能評価には注意が必要だ。評価用データ群を意図的に学習データに含めることで、見かけ上の点数を高める「汚染」と呼ばれる問題が指摘されているためだ。中国のAI研究者コミュニティーでも、こうした指標への過度な依存を戒める声は根強い。真の能力は、未知の課題に対する応用力や、複数の指示を組み合わせた際の応答の安定性といった、総合的な堅牢性で判断されるべきだろう。

米半導体規制下の「工夫」と限界

中国AIの急成長は、米国の厳しい半導体輸出規制という逆風下で達成されている点が注目される。米商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月以降、AIの学習に不可欠な米エヌビディア製の高性能画像処理半導体(GPU)「A100」や「H100」の中国向け輸出を厳しく制限。2023年10月には、規制の抜け道とされた低性能版「A800」「H800」も対象に加え、包囲網を強化した。これにより、中国企業は最先端の計算資源へのアクセスを事実上断たれている。この制約に対し、中国企業は三つの手段で対抗している。第一に、規制前に備蓄した半導体の効率利用だ。アリババテンセントは、数万個単位のA800などを保有しているとされ、計算処理の分散やモデル構造の最適化で性能を最大限に引き出している。第二に、国産半導体への代替だ。華為技術(ファーウェイ)が設計する「昇騰(Ascend)910B」は、性能面でA100の6〜7割程度と見られるが、国内では唯一の選択肢として採用が広がる。第三に、モデルの効率化だ。パラメータ数を抑えながら性能を維持する「蒸留」と呼ばれる技術や、特定の機能に特化した小規模モデルの開発が進む。しかし、これらの「工夫」にも限界はある。モデルの規模が性能を左右するLLM開発において、計算資源の制約は中長期的に発展の足かせとなる。米国の調査会社、トレンドフォースの2024年3月の分析によれば、次世代AIの学習に必要な計算能力は現在の3〜5倍に達する見込みで、中国勢が国際競争で不利になる可能性は高い。

日本企業が直面する選択

中国AIの自律的な進化は、日本の産業界にも無視できない影響を及ぼす。これまで多くの日本企業は、自社のAI戦略をOpenAIやグーグルといった米国製基盤モデルの利用を前提に構築してきた。しかし、特定の用途、特にアジア市場向けの言語処理や商習慣への対応では、中国製AIが有力な選択肢となり得る。例えば、月之暗面の長文脈処理能力は、国内の法務・金融分野における契約書審査や調査報告書の作成業務で応用が期待できる。すでに一部のソフトウエア開発企業は、コスト競争力と特定機能に優れる中国製AIのAPI(応用プログラム接続仕様)を自社製品に組み込む検討を始めている。しかし、そこにはデータ管理と経済安全保障上の課題が伴う。中国の国家情報法は、国内企業に対し政府への情報提供協力を義務付けており、機密情報や個人データを中国製AIで処理することには潜在的な危険が付きまとう。米国政府は同盟国に対し、中国製通信機器と同様にAIサービスについても警戒を強めるよう求めており、日本企業が中国製AIを導入した場合、米国の取引先から敬遠される可能性も否定できない。技術的な便益と地政学的な危険性をどう評価し、判断するか。日本企業は、自社のデータ資産の重要性を再認識した上で、米国一辺倒でも中国依存でもない、多角的なAI戦略の構築という難しい選択を迫られている。