エンボディードAI(身体性AI)が、いつ大規模言語モデル(LLM)における「ChatGPTモーメント」のような決定的瞬間を迎えるのか。この問いを巡り、中国のAI業界で見解が分かれている。最近開催された原力霊機(Yuanli Lingjing)の技術発表会における円卓会議で、産学官の専門家5名が議論を交わした。
「ゼロショット汎化」か、現実的なROI達成か
AI開発企業、階躍星辰(StepFun)の創業者兼CEOである姜大昕氏は、エンボディードAIにおけるChatGPTモーメントの基準を「ゼロショット汎化」だと定義した。これは、AIが学習データに含まれない未知の指示を理解し、タスクを完了できる能力を指す。
しかし姜氏は、エンボディードAIの汎化には、状況、タスク、操作対象など多くの次元が関わるため、この基準を達成するのは極めて困難であるとも指摘した。AIが物理世界で多様なタスクをこなすには、言語モデル以上の複雑な課題が存在する。
特定分野での実用化を優先する現実路線
一方、原力霊機の創業者兼CEOである唐文斌氏は、より現実的な目標を提示した。唐氏は、限定された状況下で特定の問題を完全にに解決し、投資収益率(ROI)を実証することが先決だと主張する。
同氏は「ChatGPTが言語モデルの有用性を証明したように、エンボディードAIも玩具や研究プロジェクトの段階を脱し、実用的な価値を示さなければならない」と述べた。中国メディアの報道によると、この円卓会議では、広範な汎用性を追求する前に、まず特定の垂直分野(バーティカル)での課題解決に注力すべきだという点で、初期のコンセンサスが得られたという。具体的には、ロボットが実際の作業を通じて実世界のデータを収集し、そのデータでモデルとシステムを改良していくアプローチが支持された。
日本にとっての意味
中国AI業界におけるエンボディードAIの「ChatGPTモーメント」に関する議論は、日本の製造業、特にロボティクス分野に直接的な影響を及ぼす。階躍星辰(StepFun)の姜大昕氏が提唱する「ゼロショット汎化」の困難さは、日本のロボット開発企業が直面する課題と共通する。多種多様な物理的タスクに対応できる汎用AIロボットの実現は、技術的障壁が高い。
しかし、原力霊機(Yuanli Lingjing)の唐文斌氏が主張する「特定分野でのROI達成」を優先する現実路線は、日本企業にとって新たな機会を提示する。例えば、ファナックや安川電機のような産業用ロボット大手は、すでに特定の製造プロセスにおいて高いROIを達成している。中国AI企業が特定のバーティカル分野で実世界のデータ収集とシステム改良を進めるアプローチは、日本の強みである現場でのすり合わせ能力や精密なデータ収集技術と連携することで、新たな協業モデルを生み出す可能性がある。
具体的には、中国企業が特定の作業環境下でのデータ収集・AIモデル開発を担い、日本企業がそのAIを搭載したロボットハードウェアの提供や、既存の生産ラインへの統合を担う分業体制が考えられる。これにより、日本企業は汎用AI開発の巨大なR&D投資リスクを回避しつつ、中国市場の急速な実用化ニーズを取り込むことが可能になる。また、中国企業が「玩具や研究プロジェクトの段階を脱し、実用的な価値を示さなければならない」と認識している点は、日本企業が培ってきた実用性重視のモノづくり思想と合致し、相互理解を深める土壌となるだろう。