中国のAI大規模言語モデル(LLM)開発競争が、米国による先端半導体規制という逆風下で新たな局面を迎えている。アリババ集団、百度(バイドゥ)、テンセントバイトダンスの4強に加え、「月之暗面(Kimi)」といった新興企業が独自の技術で猛追。年間1兆円規模と推定される投資は、NVIDIA製半導体の代替となる国産計算基盤の構築と、特定業務に特化した応用モデルの開発へと二極化している。この地殻変動は、半導体製造装置や素材で強みを持つ日本の関連産業にとり、新たな協力と競争の機会をもたらす可能性がある。

米国規制は計算資源を枯渇させたか

米商務省産業安全保障局(BIS)が2023年10月17日に発表した輸出管理規則の改定は、中国のAI開発戦略の根幹を揺るがした。この措置により、中国市場向けに性能を調整したNVIDIA製AI半導体「A800」および「H800」が事実上、輸出禁止となった。これらは、AIモデルの学習に不可欠な膨大な並列計算を担う中核部品だ。台湾の調査会社TrendForceが2023年11月に公表した調査によれば、中国の主要クラウド企業やAI開発企業は、規制発効前に推定50万個以上のA800・H800を確保したと見られる。しかし、これは1〜2年分の需要に過ぎず、計算資源の持続的な確保が至上命題となった。この結果、中国国内では代替手段の模索が加速している。一つは、国内に残存する半導体の再販市場や、規制対象外の旧世代品を活用する動き。もう一つは、海外データセンターを介して間接的に計算能力を利用するクラウドサービスの活用だ。しかし、これらはいずれも高コストかつ不安定で、大規模な基盤モデル開発には不向きである。IDCの2024年3月の報告では、中国のAIサーバー市場は2023年に91億ドル規模に達し、前年比で25%増加したが、2024年以降の成長は国産半導体の供給能力に大きく依存するとの見方を示している。

百度・アリババ、消耗戦の次の一手

計算資源の制約が現実味を帯びる中、百度やアリババなど先行する巨大IT企業は、戦略の転換を迫られている。パラメータ数を競う大規模化競争から、特定の産業応用における費用対効果を重視する方向へと軸足を移し始めた。百度が開発した「文心一言(ERNIE Bot)」は、2024年4月時点で利用者数が2億人を超え、法人向けAPIの呼び出し回数は1日あたり2億回に達したと同社は発表している。同社は金融、電力、自動車などの業界に特化した10以上の業界モデルを開発し、収益化を急ぐ。一方、アリババのクラウド部門は、基盤モデル「通義千問(Tongyi Qianwen)」の主要モデルをオープンソース(設計情報の無償公開)化し、開発者コミュニティの拡大を狙う。これは、自社のクラウド基盤上で多様な応用AIが開発される生態系を構築し、間接的にクラウド利用料で収益を上げる戦略だ。中国の調査会社iResearchの2024年1月報告によれば、中国のAI市場は金融(12%)、行政(11%)、インターネットサービス(9%)が上位を占めており、各社がこれらの実用化領域でいかに早く優位性を確立するかが、消耗戦を抜け出す鍵となる。

「月之暗面」ら新興勢力の資金源はどこか

巨大IT企業が応用へシフトする一方、技術的な突破を目指す新興企業の動きも活発だ。中でも注目を集めるのが、200万字の長文脈処理能力をうたう対話AI「Kimi」を開発した「月之暗面(Moonshot AI)」である。同社は2024年2月、アリババ集団や紅杉資本(セコイア・キャピタル)中国部門などから10億ドル超の資金調達を実施したと報じられた。この一件は、巨大IT企業が自社開発と並行して、有力な新興企業への出資を通じて技術ポートフォリオを拡充する「代理戦争」の様相を呈していることを示唆する。同様に、清華大学発の「智譜AI(Zhipu AI)」や、ゲームAIに強い「MiniMax」も、テンセントやアリババなどから多額の資金を調達している。IT桔子が追跡するデータによると、2023年における中国AI分野の資金調達総額は約1兆4000億円に上り、その多くがこれらLLM関連の新興企業に集中した。彼らの強みは、特定の技術課題、例えば長文脈理解やマルチモーダル(複数情報形式の統合処理)に経営資源を集中できる点にある。これにより、巨大IT企業の汎用モデルとは異なる競争軸を打ち出し、企業価値を高めている。

ファーウェイ「昇騰910B」の実力

米国の規制強化が長期化する中で、中国AI産業の命運を握るのが、ファーウェイ(華為技術)が設計し、中芯国際集成電路製造(SMIC)が製造するとされる国産AI半導体「昇騰(Ascend) 910B」だ。複数の分解調査報告によれば、この半導体は7ナノメートル(nm)の製造技術で生産され、半精度浮動小数点(FP16)演算性能は320TFLOPS(毎秒320兆回)に達する。これは、NVIDIAが2020年に投入した「A100」の312TFLOPSに匹敵する理論性能だ。しかし、AI半導体の競争力は、ハードウェア性能だけで決まるものではない。NVIDIAの強さの源泉は、20年近くかけて構築してきた統合開発環境「CUDA」にある。対するファーウェイは、独自のソフトウェア基盤「CANN(Compute Architecture for Neural Networks)」の普及を急ぐ。百度が2023年後半、自社の文心一言の一部学習基盤を昇騰910Bへ移行したと発表するなど、大手企業による採用例も出始めた。ファーウェイは、2023年の研究開発費として1647億元(約3兆3000億円)を投じており、これは売上高対比で23.4%に相当する。この巨額投資が、ソフトウェアの壁を乗り越え、NVIDIA依存からの脱却を実現できるかどうかが、今後の中国AI産業全体の成長速度を左右する。

日本企業が直面する選択

中国におけるAI計算基盤の国産化への動きは、日本の半導体関連産業に複雑な影響を及ぼす。ファーウェイSMICが先端半導体の国産化を進める上で、日本の製造装置や高純度化学材料は依然として不可欠な要素である。例えば、EUV(極端紫外線)リソグラフィに必須のフォトレジスト(感光材)では、JSRや信越化学工業、東京応化工業など日本企業が世界市場の約9割を占める。また、半導体の回路パターンを転写したウエハーから不要部分を削り取るエッチング装置では、東京エレクトロンが高い競争力を持つ。米国の輸出管理規則は、これらの日本企業にも適用されるため、中国の特定企業向けの先端製品供給には制約が伴う。しかし、規制対象外の汎用製品や、中国が独自に開発を進める旧世代の製造技術ライン向けには、依然として大きな需要が存在する。経済産業省の生産動態統計によれば、2023年の半導体製造装置の輸出額において、中国向けは全体の4割以上を占め、最大の仕向地であり続けている。中国のAI国産化という巨大な潮流に対し、日本の関連企業は、地政学リスクを管理しつつ、どの技術領域で、どの程度の関与を続けるのかという難しい選択を迫られている。