中国が人工知知能(AI)とロボット産業の国家戦略で広東省を中核に据え、2027年までに産業規模を1.8兆元(約26兆円)へ引き上げる計画の具体策が明らかになった。米国の先端半導体規制を逆手に、華為技術(ファーウェイ)のAI半導体「昇騰910B」の国内生産を加速。産業用ロボットではファナックなど日独企業が寡占する市場構造の転換を狙う。この動きは、製造装置や基幹部品を供給する日本企業に、巨大な商機と地政学的な緊張の二重の課題を突きつけている。

26兆円計画、広東省の役割

広東省政府が2024年初頭に公表した行動計画は、同省をAI技術革新と産業応用の国家的な策源地と位置づけるものだ。目標として、2027年までにAI中核産業の規模を3000億元(約6.2兆円)以上に、関連産業を含めた全体規模を1.8兆元(約26兆円)に到達させると明記した。これは同省の域内総生産(GDP)の約1割に相当する野心的な水準である。計画の柱は、深圳と広州を「AI産業集積中核区」に指定し、既存の技術企業群を最大限活用する点にある。深圳にはドローン世界最大手のDJI、通信・AI半導体を手がけるファーウェイ、電気自動車(EV)の比亜迪BYD)が、広州には騰訊控股(テンセント)や自動運転技術の新興企業が集積しており、これらの企業群がAI技術の実用化を牽引する。国際ロボット連盟(IFR)が2023年9月に発表した統計によれば、2022年の中国における産業用ロボットの新規導入台数は前年比5%増の29万258台に達し、世界全体の52%を占めた。この巨大な国内需要が、国内メーカー育成の強力な土壌となり、広東省の計画実現性を後押ししている。

なぜ米規制下でAI半導体自給が進むのか

米商務省産業安全保障局(BIS)による一連の輸出規制は、NVIDIA製の「H100」や「A100」といった高性能AI半導体の中国向け輸出を事実上停止させた。これが中国独自のAI半導体開発と国内生産体制の構築を急がせる最大の要因となった。その中核を担うのが、ファーウェイ傘下の海思半導体(ハイシリコン)が設計した「昇騰(Ascend)910B」である。この半導体は、中国最大の半導体受託製造企業、中芯国際集成電路製造SMIC)が既存のDUV(深紫外線)露光装置を用いて製造していると見られる。最先端のEUV(極端紫外線)露光装置の輸入が禁じられる中、SMICは回路パターンを複数回に分けて転写する「ダブルパターニング」などの技術を駆使し、7ナノメートル(nm)世代に相当するプロセスを実現した模様だ。昇騰910Bの演算性能は、NVIDIAのA100比で6割から8割程度と専門家は分析するが、国内で調達可能な唯一の高性能品として、百度(バイドゥ)などが大規模な発注に踏み切ったと報じられている。TrendForceの2024年3月の調査では、中国のAIサーバー市場における国産半導体の比率は2024年末までに8%に達すると予測されており、限定的ではあるが自給に向けた動きが数値に表れ始めている。

産業ロボット「50%超」目標の現実味

中国工業情報化部(MIIT)が主導する「『十四五』機器人産業発展規画」は、2025年までに国産ブランドの産業用ロボット市場占有率を50%以上に引き上げるという明確な目標を掲げている。IFRのデータによれば、2022年時点で中国市場における国産比率は約36%であり、目標達成には急激なシェア拡大が不可欠だ。現在、多関節ロボットなど高精度が求められる市場では、日本のファナックや安川電機、スイスのABB、ドイツのKUKAといった日欧4社が依然として高い技術的優位性とブランド力を保持している。しかし、埃斯頓自動化(Estun Automation)や新松機器人自動化(SIASUN)といった中国の上位メーカーが、政府の補助金や国有企業からの受注を背景に急速に技術力を向上させている。特にEVやリチウムイオン電池の生産ラインといった急成長分野で導入実績を重ね、価格競争力を武器に日欧勢の牙城に迫る。中国のロボットメーカーは、基幹部品である精密減速機やサーボモーターの国産化にも注力しており、これまで日本のナブテスコやハーモニック・ドライブ・システムズが世界市場を寡占してきた分野でも内製化の動きが顕著だ。国産化率の向上は、単なる市場シェア争いだけでなく、サプライチェーンの安全保障という側面も持つ。

広東省が狙う「全産業AI化」の衝撃

広東省の計画が従来の産業振興策と一線を画すのは、AIを特定産業として育てるだけでなく、製造業からサービス業に至る「全産業のAI化」を最終目標に掲げている点にある。省政府は「AI+」行動を提唱し、電子情報、自動車、バイオ医薬、スマートホームなど10以上の重点分野でAI技術の応用実証を推進する。例えば、TCLや美的集団(Midea)といった家電大手が集まる仏山市では、AIを用いたスマート工場の構築が加速。生産ラインのロボットが自律的に稼働状況を診断し、故障を予知するシステムが導入され始めている。Gartnerが2024年1月に発表した予測では、2026年までに企業の80%以上が生成AIのAPIやモデルを使用するか、生成AIを活用したアプリケーションを業務環境に配備するとしている。広東省の動きは、この世界的な潮流を国家主導で一気に加速させようとする試みと言える。自動車産業では、BYDや小鵬汽車(XPeng)がAIによる自動運転技術や、生産工程の最適化で先行。これにより、製品開発の速度とコスト競争力で既存の自動車メーカーを脅かす存在となりつつある。この「全産業AI化」は、労働生産性の飛躍的な向上をもたらす可能性がある一方、省内の産業構造を根底から覆す破壊的な変革となる可能性もはらむ。

日本企業が直面する選択

中国、特に広東省で進むAI・ロボット産業の垂直統合と自給圏構築の動きは、日本の関連産業に複雑な選択を迫る。短期的には、中国国内で生産が困難な高性能センサー、精密減速機、特殊材料といった基幹部品の需要はむしろ増大する可能性がある。東京エレクトロンやSCREENホールディングスが製造する半導体製造装置のうち、先端プロセスに該当しない汎用装置の販売も堅調に推移するだろう。これは、米国の規制下で成熟・レガシー半導体の生産能力を増強する中国の動きと連動している。しかし、中長期的には競争環境の激化は避けられない。中国企業は政府の強力な支援を追い風に、これまで日本企業が技術的優位を保ってきた領域を着実に侵食しつつある。ファナックや安川電機は、単体のロボット販売から、AIを活用したシステム統合や予知保全サービスといった付加価値の高い領域へ事業の軸足を移す戦略転換を急ぐ必要がある。経済安全保障の観点からは、サプライチェーンにおける対中依存度の再評価と、生産拠点の分散化が経営上の重要課題となる。2019年の半導体材料輸出管理の事例が示すように、技術と貿易は不可分であり、自社の技術が意図せず地政学的リスクに巻き込まれる可能性を常に考慮しなくてはならない。日本の産業界は、巨大市場へのアクセスという機会を追求しつつ、技術的優位性の維持と知的財産の保護、そしてサプライチェーンの強靭化という3つの課題に同時に向き合うことになる。