中国がカンボジアとタイの国境紛争停戦に祝意を表明し、人道支援への関与を示した。この動きは、米中技術覇権競争の陰で進む半導体供給網の再編に、新たな不確定要素を投げかける。後工程(組み立て・検査)で世界市場の約27%(TrendForce、2023年)を占める東南アジアは、脱中国依存の受け皿と見なされてきた。しかし、中国の政治的影響力がこの地域に深く浸透し始め、台湾有事とは異なる「第二の供給網リスク」として顕在化しつつある。これは、同地域に大規模投資を進める米インテルや、日本の製造装置・素材メーカーの事業前提を揺るがしかねない。

停戦の舞台裏、経済支援と一体の外交

中国の王毅外相がカンボジアのプラック・ソッホン副首相兼外相との会談で停戦合意を歓迎したことは、単なる儀礼的な外交辞令ではない。中国はカンボジアにとって最大の貿易相手国であり、最大の投資国でもある。カンボジア開発評議会(CDC)の2023年報告によれば、2022年単年での中国からの直接投資承認額は約18億ドルに上り、全外国投資の約4割を占める。特にシアヌークビル特別経済区など「一帯一路」構想の中核拠点をカンボジアに置き、インフラ整備を通じて強い影響力を保持してきた。今回の停戦仲介は、こうした経済的な結びつきを背景に、ASEAN域内の安全保障問題にも深く関与する意思を示したものと見られる。タイに対しても中国は主要な貿易相手国であり、2022年の二国間貿易額はタイ商務省の統計で1054億ドルに達する。両国に強い経済的影響力を持つ中国が仲介役として振る舞うことで、米国が主導するインド太平洋戦略の枠組みの外で、独自の地域秩序を形成しようとする狙いが透ける。

なぜ東南アジアが供給網の鍵なのか?

半導体産業において、東南アジア、特にマレーシア、タイ、ベトナム、フィリピンが担う役割は大きい。これら諸国は、半導体製造の最終段階である後工程、すなわちOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)の世界的な集積地となっている。半導体チップは前工程(設計、ウエハー製造)を終えただけでは機能せず、切断・封止(パッケージング)・検査という後工程を経て初めて製品となる。米調査会社ガートナーの2023年5月の調査では、世界のOSAT市場における台湾勢のシェアが約43%と首位だが、生産拠点ベースで見ると東南アジアが大きな比重を占める。台湾のASEテクノロジー・ホールディングや米アムコア・テクノロジーといった世界大手が、1990年代から安価な労働力と税制優遇を求めて大規模工場を構えてきた。例えば、マレーシアのペナン州は「東洋のシリコンアイランド」と呼ばれ、インテルが1972年に最初の海外拠点を設立して以来、後工程の一大拠点として発展。同国は世界の半導体後工程の約13%を担うとされる(マレーシア投資開発庁、2022年)。米中対立の激化以降、この地域の重要性はさらに増している。

米国の迂回生産拠点に潜む脆弱性

米国の対中半導体規制は、結果として東南アジアへの投資を加速させた。米国企業は中国での生産・拡張が困難になり、代替地として東南アジアへの投資を拡大。インテルは2021年、マレーシアに70億ドル超を投じ、先端パッケージング工場を建設すると発表した。マイクロン・テクノロジーも同国でのSSD(ソリッド・ステート・ドライブ)組み立て・試験施設を拡張している。一方で、規制対象となった中国の半導体企業も、生き残りをかけて東南アジアに活路を見いだそうとしている。中国の後工程大手、江蘇長電科技(JCET)や通富微電子(TFME)は、マレーシアやシンガポールの拠点を増強し、「中国製」ではない製品として欧米市場への供給を維持する動きを見せている。米国商務省産業安全保障局(BIS)はこうした迂回生産に警戒を強めており、2023年12月にはエンティティー・リスト(事実上の禁輸措置対象リスト)に掲載された企業の海外子会社も規制対象に含める可能性を示唆した。このように米中の企業が入り乱れて投資を拡大する東南アジアで、中国政府が地政学的な影響力を強めることは、事業の予見可能性を著しく損なう。特定の国で政治的混乱が生じた場合、中国がそれを自国に有利な形で利用し、サプライチェーンを混乱させるリスクが浮上する。

台湾有事とは別の「第二戦線」

世界の半導体供給網における最大のリスクは台湾有事とされてきた。前工程で圧倒的なシェアを握るTSMC(台湾積体電路製造)の生産が止まれば、世界経済が致命的な打撃を受けるからだ。しかし、中国による東南アジアへの浸透は、これとは性質の異なる「第二戦線」とも言うべき新たなリスクを生み出している。それは、軍事侵攻のような極端な事態ではなく、地域紛争への介入や経済的圧力を通じて、後工程という供給網のボトルネックを掌握しようとする動きだ。2023年8月に中国が半導体の基幹材料であるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を発動したことは、その予行演習と見ることができる。中国は世界のガリウム生産の約98%(米国地質調査所、2022年)を占めており、これを外交カードとして使用した。同様に、東南アジア諸国への影響力を行使し、特定企業の工場操業を妨害したり、物流を滞らせたりすることは、理論上可能である。カンボジア・タイのような国境紛争は、中国にとって影響力を行使するための格好の「介入機会」となり得る。米中のデカップリングが進む中で、東南アジアが中立的な緩衝地帯ではなく、新たな競争の舞台に変質しつつある。

日本企業が直面する選択

東南アジアの地政学リスクの高まりは、日本の半導体関連企業に難しい選択を迫る。東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった製造装置メーカーにとって、インテルやTSMC、サムスン電子などの顧客が東南アジアに建設する後工程工場は巨大な商機だ。アドバンテストやテラダインが寡占するテスター市場でも、後工程の投資拡大は追い風となる。また、信越化学工業やJSR、東京応化工業などが世界で高シェアを誇るフォトレジストや、SUMCOのシリコンウエハー、ステラケミファの高純度フッ化水素といった素材メーカーも、顧客の生産拠点拡大に合わせて供給網を最適化する必要がある。しかし、投資先のカントリーリスクを再評価する必要性はかつてなく高まっている。中国の影響力が色濃い国への大規模投資は、将来的に米国の新たな規制対象となる可能性や、予期せぬ操業停止リスクを抱える。日本企業は、ASEAN諸国を一括りにせず、各国の政治的安定性、対中・対米関係の距離感を精密に分析し、投資先の分散を真剣に検討すべき段階にある。単一国への依存度を下げ、ベトナム、インドといった代替候補地を含めた多角的な生産・供給体制の構築が、今後の10年を見据えた生命線となるだろう。