米政府が安全保障を理由に中国への半導体輸出規制を強化する一方、中国は国内産業の自立を目指し巨額の国家投資で対抗している。2024年5月には約7.4兆円規模の新たな半導体基金が設立されるなど、米中の技術覇権争いは激化の一途をたどる。この対立は世界の半導体サプライチェーンを分断し、産業構造の再編を促している。
なぜ今、重要か
米中の半導体摩擦は、単なる貿易問題ではなく、世界の技術標準と経済安全保障の行方を左右する地政学的な対立だ。米国は2023年10月に規制を更新し、先端半導体および製造装置の対中輸出管理を一層強化。これに対し中国は、2024年5月24日に国家集積回路産業投資基金(通によると「大基金」)の第3期として過去最大となる3440億元(約7.4兆円)の設立を完了したとブルームバーグが報じた。この動きは、中国が国家主導で米国の封じ込めを打破し、「技術的自立」を達成する強い意志を示している。この対立の激化は、半導体関連企業の株価や投資戦略に直接的な影響を与え、日本企業も対応を迫られている。
米国、先端技術の封じ込めを強化
米国の規制は、中国の軍事技術や監視能力の近代化を阻止することを主目的とする。特に、回路線幅が14ナノメートル(nm)以下のロジック半導体など、先端品の製造に不可欠な製造装置や設計ソフトウェア(EDA)の輸出を厳しく制限している。主な規制対象には、通信機器大手のファーウェイ(ファーウェイ技術)や半導体受託製造(ファウンドリ)最大手のSMIC(中芯国際集積回路製造)が含まれる。これにより、中国企業が最先端の半導体を開発・製造する能力は大きく制限された。米国は同盟国である日本やオランダにも協力を要請。日本は2023年7月から先端半導体製造装置23品目の輸出管理を強化し、オランダのASMLも最先端のEUV(極端紫外線)露光装置の対中輸出を停止している。
中国、巨額投資で「自立自強」を加速
米国の制裁に対し、中国政府は「大基金」などを通じて累計で1兆元(約20兆円)を超える規模の資金を投じ、半導体の国内生産能力の向上を急ぐ。先端分野での開発が停滞する一方、電気自動車(EV)や産業機器、家電などに広く使われる28nm以上の「成熟プロセス」半導体を中心に生産能力を増強し、サプライチェーンの国内完結を目指す戦略だ。調査会社TrendForceによると、中国の成熟プロセスにおける生産能力シェアは2023年の29%から2027年には33%に拡大する見通しだ。新華社通信が伝える通り、習近平国家主席も「科学技術の自立自強」を繰り返し強調しており、国家の威信をかけたプロジェクトとなっている。
技術解説
米中対立の核心には、半導体製造を支える高度な技術が存在する。
- リソグラフィ(露光技術): 最先端半導体の製造には、オランダASMLが独占するEUV露光装置が不可欠だ。しかし、米国の規制により中国はEUV装置を入手できない。中国のSMEE(上海微電子装備)は、旧世代のDUV(深紫外線)露光装置の開発を進めており、28nmプロセス対応装置の納入が始まったとされるが、性能や安定性には課題が残る。
- プロセスノードと歩留まり: SMICは既存のDUV装置を複数回使用する「マルチパターニング」技術を駆使し、ファーウェイのスマートフォン「Mate 60 Pro」向けに7nmプロセスの半導体を製造したと分析されている。しかし、この手法は製造工程が複雑でコストが高く、歩留まり(良品率)は30〜50%程度と推定される。これは、最先端の3nmプロセスで70%以上の歩留まりを達成するTSMCに比べ、競争力で大きく劣る。
- Fab Capacity(生産能力): 中国は成熟プロセスに特化して生産能力を急拡大している。国際的な業界団体であるSEMIの予測では、中国は2024年から2026年にかけて新たに26棟の300mmウェハー対応工場(ファブ)を稼働させる計画で、これは他地域を圧倒する規模だ。この結果、2026年には月産290万枚(300mmウェハー換算)を超える生産能力を持つと予測され、世界的な供給過剰と価格競争を招く可能性が指摘されている。
日本の関連性
米国の半導体規制と中国の巨額投資は、日本企業にとって直接的な事業機会とリスクを生み出す。まず、中国が「1兆元(約20兆円)」規模の資金を投じ、成熟世代品を中心に国内生産能力を増強する動きは、日本の製造装置メーカーや素材メーカーに新たな商機をもたらす。例えば、中国国内での半導体製造ライン新設に伴う装置需要は、東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった日本企業にとって、米国規制の隙間を縫う形で販売機会を拡大させる可能性がある。
一方で、SMICなどの中国ファウンドリが成熟世代品の生産を拡大すれば、低価格競争が激化し、ルネサスエレクトロニクスや東芝のような日本の半導体メーカーは、汎用品市場での収益性悪化に直面する。また、米国が「ファーウェイ」など特定の中国企業への規制を強化し、日本やオランダにも協力を求める動きは、日本の企業が米中双方の市場で事業を展開する上でのジレンマを深める。特に、中国市場への依存度が高い企業は、米国の二次制裁リスクを回避するため、サプライチェーンの再構築や事業ポートフォリオの見直しを迫られるだろう。この状況は、日本企業が特定の地政学的リスクに偏らず、多角的な事業展開戦略を構築する重要性を浮き彫りにしている。