中国が半導体自給に向けて設立した国家集積回路産業投資基金の第3期(約7.1兆円)は、先端ではなく成熟・汎用半導体の国内生産能力を飛躍させる狙いを持つ。米国の先端技術規制を回避しつつ、2027年までに28ナノメートル(nm)以上の成熟工程で世界生産能力シェア39%(台湾TrendForce調べ)を目指す計画は、日本の製造装置や素材メーカーに新たな事業機会と地政学的な危うさをもたらす。米国の輸出管理規則の網を潜り抜ける形で進む巨大投資は、世界の半導体需給と価格形成に構造変化を迫る可能性が高い。その資金の使途とサプライチェーンへの具体的な影響を分析する。
国家基金3期、照準は「成熟工程」
2024年5月に設立が確認された国家集積回路産業投資基金の第3期は、過去最大規模の3440億元(約7.1兆円)に達する。これは第1期(2014年、1387億元)、第2期(2019年、2041億元)の合計額を上回る規模であり、中国の半導体国産化への強い意志を示すものだ。しかし、その投資の重点は、世間の注目を集める7nm以下の先端プロセスではない。自動車、産業機器、民生家電などに広く使われる28nm以上の「成熟工程」と呼ばれる技術領域の生産能力増強が主眼と見られる。台湾の調査会社TrendForceが2024年5月に公表した予測によれば、中国の成熟工程におけるウエハー生産能力は、2027年には世界全体の39%を占める見通しだ。これは2023年時点の31%から8ポイント上昇する計算で、台湾のシェア(42%)に肉薄する。この背景には、米国の輸出規制が先端半導体の製造に必要な極端紫外線(EUV)露光装置の輸入を事実上不可能にしていることがある。一方で、成熟工程の製造装置は規制対象外のものが多く、輸入や国内での生産が比較的容易だ。経済安全保障の観点から、あらゆる産業の基盤となる汎用半導体のサプライチェーンを国内で完結させるという、より現実的な国家目標が透けて見える。
なぜ米国規制下のSMICは7nmを製造できたのか
2022年、米国の調査会社TechInsightsが中国の通信機器大手ファーウェイの新型スマートフォンを分解したところ、中国の半導体受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)が製造した7nm世代の半導体が発見された。米国政府が先端製造装置の輸出を厳しく制限する中で、これは驚きをもって受け止められた。この製造を可能にしたのは、極端紫外線(EUV)露光技術の代替となる「多重露光(マルチパターニング)」という手法だ。具体的には、EUVより一つ前の世代にあたるArF(フッ化アルゴン)液浸露光装置を繰り返し使用する。ArF液浸露光の光源波長は193nmだが、回路パターンを複数回に分けてウエハーに転写し、その間にエッチング(食刻)工程を挟むことで、装置の物理的な解像限界を超える微細な回路を形成する。SMICが使用したとみられるのは、オランダASML製の「NXT:2000i」といったDUV(深紫外線)露光装置だ。ただし、この手法はEUV露光に比べて工程数が大幅に増え、製造時間と費用がかさむため、歩留まり(良品率)の低さが課題となる。台湾積体電路製造(TSMC)がEUVを用いて高い効率で7nmを量産しているのに比べ、SMICの生産能力は限定的と見られる。それでも、米国の規制下で自力で先端に近い領域に到達したという事実は、中国の技術開発力を示す象徴的な出来事となった。
装置国産化の現実解、日本の「中古装置」市場
中国の半導体メーカーは、先端装置の輸入が絶たれる中で、国産化と並行して「中古装置」の確保に奔走している。特に米国の規制対象外である28nm以上の成熟工程で用いる200mmウエハー対応装置の需要が旺盛だ。日本の半導体製造装置協会(SEAJ)が発表した2023年度の日本製半導体製造装置の販売高は、前年度比8.3%減の3兆6412億円だったが、仕向地別に見ると中国向けが全体の46.9%を占め、前年度の39.5%から大きく伸長した。これは過去最高の構成比であり、米国の規制強化にもかかわらず、成熟工程向けの装置輸出が活発であることを示唆している。新品だけでなく、日本国内の半導体工場閉鎖などに伴い放出される中古装置も、商社などを通じて中国に渡っていると見られる。中古装置は新品に比べ価格が数分の一と安価な上、規制の網にかかりにくい。日本の装置メーカー、例えば東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコなどが過去に製造した露光装置、エッチング装置、ダイシングソー(切断装置)などが、中国の成熟半導体ラインを支える重要なピースとなっている。これは、規制の抜け穴であると同時に、日本の装置メーカーにとっては旧世代製品の収益化という側面も持つ。しかし、この流れが中国の半導体生産能力を過剰に押し上げ、将来的に世界的な価格下落と需給の混乱を招く危険性をはらんでいる。
素材自給の壁、EUVレジスト依存という急所
製造装置の国産化や中古品調達が進む一方、中国の半導体産業が直面するより深刻な課題は、高性能な化学材料の国内調達だ。特に半導体の回路パターンを形成する感光材「フォトレジスト」は、日本の牙城である。米調査会社Technavioの2023年報告によれば、世界の半導体用フォトレジスト市場において、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムといった日本企業が合計で約9割のシェアを握る。最先端のEUV露光に用いるEUVレジストに至っては、その寡占度はさらに高い。中国国内でもレジストメーカーは存在するが、ArF液浸用の一部を量産できる段階で、EUV用レジストの安定供給には至っていない。レジストは、ナノメートル単位の微細な回路を均一かつ高精度に形成するため、極めて高度な合成技術と品質管理が求められる化学の塊だ。物理的な装置とは異なり、リバースエンジニアリング(分解・模倣)が極めて困難とされる。2019年に日本政府が韓国向けに輸出管理を厳格化したフッ化水素と同様、高性能レジストは日本の技術的優位性が際立つ戦略物資であり、中国にとっては半導体自給の「アキレス腱」となりうる。中国政府も素材国産化に多額の補助金を投じているが、長年の研究開発の蓄積が必要なこの領域で、日本企業に追いつくには相当な時間を要するとの見方が業界では支配的だ。
日本企業が直面する二律背反
中国の巨大な国家投資は、日本の半導体関連企業に複雑な選択を突きつけている。短期的には、成熟工程向けの製造装置や材料の販売は大きな収益機会となる。SEAJの統計が示すように、中国は日本企業にとって最大の顧客であり、この市場を無視することは現実的ではない。東京エレクトロンやアドバンテスト、信越化学工業といった企業の業績は、中国市場の動向に大きく左右される。しかし、中長期的には、自社が供給した装置や材料が中国の半導体生産能力を増強し、いずれは日本や西側諸国の企業と競合する未来を助長することになる。さらに、米中間の技術覇権争いが激化する中で、日本企業は米国の輸出管理規則(EAR)の域外適用など、地政学的な危うさにも常に晒される。米商務省産業安全保障局(BIS)のエンティティー・リストに掲載された中国企業との取引は厳しく制限されており、意図せず規則に抵触すれば、米国市場からの締め出しといった深刻な制裁を受けかねない。目先の利益を追求すれば将来の競争相手を育て、安全保障を優先すれば巨大市場を失う。この二律背反の状況下で、日本の半導体関連企業は、技術の世代や販売先を慎重に見極めながら、難しい舵取りを迫られている。
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