日本の高市早苗首相が5月1日から3日間の日程でベトナムを訪問し、安倍晋三元首相が提唱した「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想の「進化版」を発表したことを受け、中国メディアは批判的な論調を強めている。中国側は、日本の構想の裏には「隠しきれない焦り」があり国力が伴っていないと指摘。特に安全保障分野での協力強化を、平和憲法の制約を突破する動きとみなし、強い警戒感を示した。
FOIP「進化版」で3分野の協力を提示
共同通信などによると、高市首相は2日にハノイ市内の大学で演説し、FOIP構想を「進化」させる3つの柱を打ち出した。第一に、エネルギーや重要資源分野で強靱なサプライチェーンを構築することだ。演説では「特定の国」への過度な依存を減らす必要性を訴え、AI開発や海底ケーブル整備を含む「FOIPデジタル回廊」の建設を推進するとした。
第二に、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)の参加国拡大などを通じ、経済成長の機会を共同で創出すること。第三に、「政府安全保障能力強化支援(OSA)」の枠組みを活用し、価値観を共有する国々へ防衛装備品などを提供し、安全保障協力を強化することを挙げた。
専門家「野心の裏に隠された三重の焦り」
こうした日本の動きについて、中国の専門家は冷ややかな見方を示している。上海外国語大学の馮超副教授は中国メディア『観察者網』に対し、「表面上は進化だが、実際は日本の焦りの表れだ」と分析。その背景には、①米国の信頼性低下、②中国の急速な台頭、③東南アジアにおける自国の影響力低下、という「三重の焦り」からくる自己救済的な側面が色濃いと指摘した。
また、同教授は日本の国力では、政治と安全保障の両面で影響力拡大を図る野心は支えきれないとの見解を示した。実際、日本はベトナムの主な投資国の一つだが、今年第1四半期の新規投資額は前年同期比75%減の2億3300万ドル(約360億円)に急落しており、高市首相が掲げる経済的な約束と実態には乖離がみられる。
安保協力強化に「平和憲法突破の野心」と警戒
中国側が特に問題視しているのが、2023年4月に新設されたOSAを通じた安全保障協力だ。中国紙『解放日報』は、これを「ハイレベル訪問と武器輸出を組み合わせ、軍事援助によって地域の国々を取り込み、軍事的影響力を拡大しようとする野心の表れ」と分析。OSAは戦後日本で初めて防衛装備品を他国に直接供与できる枠組みであり、その本質は「平和憲法の制約を突破する道具」だと断じた。
中国外務省も4月29日の時点で、日本の動きを「『自由で開放』を口実に陣営対立を煽る『小集団』づくりだ」と批判。フランス通信社(AFP)なども、高市首相の演説は名指しこそしていないものの、中国を強く意識したものであると報じている。米国の政治的な不確実性が増す中、日本がアジアでの連携を強化し、中国を牽制しようとする動きは今後も続くとみられる。
日本にとっての意味
高市首相のベトナム訪問とFOIP「進化版」は、日本企業にとって複数のリスクと機会を提示する。まず、エネルギーや重要資源分野でのサプライチェーン強靱化は、日本企業が「特定の国」への過度な依存を減らす契機となる。特にAI開発や海底ケーブル整備を含む「FOIPデジタル回廊」は、日本のIT・通信企業にとって新たなビジネス機会を創出する可能性がある。
一方で、中国メディアが指摘する日本の「三重の焦り」と国力の乖離は、日本企業の対ベトナム投資戦略に影響を与えかねない。今年第1四半期の日本の対ベトナム新規投資額が前年同期比75%減の2億3300万ドルに急落した事実は、日本政府が掲げる経済的約束と実際の投資動向との間にギャップがあることを示唆する。これは、ベトナム市場における日本企業の競争力低下や、投資環境への懸念を招くリスクがある。
さらに、中国が強く警戒するOSAを通じた安全保障協力の強化は、日本企業のサプライチェーン再編を加速させる可能性がある。特に防衛関連企業は、従来の中国依存型サプライチェーンからの脱却を迫られるだろう。中国の『解放日報』がOSAを「平和憲法の制約を突破する道具」と断じたように、日本の安全保障政策の変化は、中国との経済関係にも緊張をもたらし、日本企業が中国市場で事業を展開する上での新たな地政学的リスクとなり得る。