中国が国家目標としてきた大型クルーズ船の国産化が、量産段階へと大きく舵を切った。中国船舶集団(China State Shipbuilding Corporation、CSSC)傘下の上海外高橋造船(SWS)は2024年5月16日、国産2隻目となる「愛達・花城号(アドラ・フラワー・シティ)」が初の試験航行のため上海の造船所を出航したと発表した。総トン数14.19万トン、最大乗客定員5232人を誇るこの巨大船は、1隻目「愛達・魔都号」の商業運航開始から1年足らずで建造が本格化。欧州勢が長年寡占してきた市場構造に変化を迫るとともに、日本の造船業やアジアのクルーズ観光市場に無視できない影響を及ぼす可能性がある。
建造加速の背景にある「1からN」への転換
人民日報の5月17日付報道によると、「愛達・花城号」は11月の引き渡しに向け、今回の試験航行で安全性や信頼性など149プロジェクトを包括的に検証する。注目すべきは建造プロセスの効率化だ。1隻目で2回に分けて実施した試験航行を今回は1回に集約し、期間も12日間に短縮。12カ国から937人の技術者が乗り込み、推進システムや自動化関連の試験を一括して行う計画で、量産化への強い意志がうかがえる。
この巨大プロジェクトを主導するCSSCは、中国の主要造船企業を束ねる巨大国営コングロマリットであり、クルーズ船国産化は国家レベルの重要政策と位置付けられている。建造体制は国際協力を巧みに活用している。運航を担う「愛達郵輪(アドラ・クルーズ)」は、CSSCと世界最大のクルーズ会社である米カーニバル・コーポレーションとの合弁事業だ。さらに、建造にはクルーズ船建造で世界トップクラスのシェアを持つイタリアのフィンカンティエリ社が技術協力で参画。欧州の設計ノウハウと米国の運航ノウハウを吸収し、中国の資本力と生産能力を掛け合わせることで、短期間での技術習得と量産化を目指す構図となっている。
欧州寡占市場に挑んだ10年、国家戦略の結実
大型クルーズ船の建造は、数百万点の部品を統合する高度な設計・管理能力が求められるため、長らく欧州造船企業の独壇場だった。イタリアのフィンカンティエリ、ドイツのマイヤー・ヴェルフト、フランスのアトランティーク造船所の3強が、世界市場の約9割を占める寡占状態を続けてきた。
中国がこの難関に本格的に挑み始めたのは2010年代半ばからだ。急拡大する自国のクルーズ旅行需要を背景に、国産化は国家戦略の俎上に載せられた。悲願達成までの主要なマイルストーンは以下の通りである。
- 2017年2月: CSSC、カーニバル、フィンカンティエリの3社が、中国国内でクルーズ船を建造するための合弁事業契約に正式調印。
- 2019年10月18日: 1隻目「愛達・魔都号」の建造が上海外高橋造船で正式に開始。
- 2024年1月1日: 「愛達・魔都号」が上海発の商業運航を開始。これにより中国は、ドイツ、フランス、イタリア、フィンランドに次いで大型クルーズ船を建造できる5番目の国となった。
この挑戦を後押ししたのは、年間250万人(2019年時点)を超え、米国に次ぐ世界2位にまで成長した中国の巨大なクルーズ市場だ。中国交通運輸省は、2035年までに国内のクルーズ旅客が年間1400万人に達するとの予測を示しており、国産船の受け皿は十分にあると見込んでいる。
「製造強国」戦略の象徴とサプライチェーン育成の野心
中国にとってクルーズ船建造は、単なる造船技術の誇示にとどまらない。習近平指導部が推進する国家戦略「製造強国」を体現する象徴的なプロジェクトとしての意味合いが強い。1隻あたり7億ドル以上とされる建造費は、鉄鋼、機械、電子機器から内装材、厨房設備に至るまで、極めて広範な国内産業に波及効果をもたらす。
中国メディアの複数の報道を分析すると、政府の狙いは国内サプライチェーンの育成にあることが鮮明になる。1隻目「愛達・魔都号」における部品の国産化率は約40%とされたが、2隻目の「愛達・花城号」ではこの比率をさらに引き上げることが目標とされている。政府は関連企業に補助金を拠出するなどして、クルーズ船建造を核とした高度な産業エコシステムの構築を急いでいると見られる。
この動きは、技術覇権を巡る米中対立の文脈からも読み解ける。半導体などの先端技術分野で米国の規制が強まる中、クルーズ船は欧州との協力をてこに、米国の直接的な影響が及びにくいハイエンド製造業で地歩を固めるための戦略的ツールとなりうる。将来的には、大型客船の設計・建造で培った技術やサプライチェーンが、海洋調査船や病院船といった他の特殊船舶へ転用される可能性も、中国の国家戦略の視野に入っているとの見方が専門家の間で出ている。
日本市場への影響
中国が国産クルーズ船の量産化に舵を切ったことは、日本の造船業、特に中小型客船やフェリー建造を手掛ける企業にとって、直接的な競争圧力となる。これまで欧州勢が寡占してきた大型クルーズ船市場にCSSCが参入し、「愛達・花城号」が総トン数14.19万トン、最大乗客定員5232人という規模で試験航行を開始した事実は、中国が技術力と生産能力を急速に高めている証左だ。
この動きは、日本の造船所が手掛ける客船建造の機会を奪う可能性がある。例えば、日本の造船所は近年、国内の離島航路や国際短距離航路向けのフェリーやクルーズフェリーの建造で一定の強みを発揮してきた。しかし、中国が国家戦略として造船技術を高度化し、量産体制を確立すれば、価格競争力で優位に立ち、将来的にはアジア域内の中小型客船市場にも影響を及ぼす恐れがある。特に、中国交通運輸省が2035年までに国内クルーズ旅客が年間1400万人に達すると予測しているように、巨大な国内市場を背景とした量産効果は、日本の造船業が享受しにくい利点となる。
一方で、日本の船舶機器メーカーにとっては新たなビジネスチャンスも生まれる。CSSCはフィンカンティエリ社との技術協力やカーニバル・コーポレーションとの合弁事業を通じて国際的なサプライチェーンを構築しており、日本の高品質なエンジン、航海計器、内装材などの需要が高まる可能性がある。日本企業は、完成船建造での競争激化を見据えつつ、高付加価値な部品やシステムの供給に活路を見出す戦略が求められる。