中国の軍事近代化が、半導体や先端材料の自給という高い壁に直面している。2024年5月に初の試験航海に臨んだ電磁カタパルト搭載空母「福建」や、量産が軌道に乗る第5世代戦闘機「J-20」は、一見華々しい成果を示す。しかしその心臓部を担う部品の安定調達は、米国の技術規制強化により不確実性を増している。公表国防費が前年比7.2%増の1兆6655億元(約36兆円)に達する中でも、先端軍事技術の「兵站」を国内で完結させる道のりは依然として険しい。この技術的課題の克服が、台湾海峡や南シナ海における軍事均衡の行方を左右する。
空母「福建」が示す電力制御技術の現在地
2024年5月1日に上海の造船所を出航した中国海軍3隻目の空母「福建」は、排水量8万トン超を誇る。その最大の技術的特徴は、米海軍以外で初採用となる電磁式航空機発射装置(電磁カタパルト)である。従来の蒸気式に比べ、航空機の射出間隔を短縮し、より重量のある早期警戒管制機「KJ-600」などの運用を可能にする。この能力は、空母打撃群の作戦半径と情報収集能力を飛躍的に向上させる可能性を秘める。
この電磁カタパルトの性能を支えるのが、大電力を精密に制御するパワー半導体だ。カタパルトは巨大なリニアモーターであり、瞬間的にギガワット級の電力を供給し、秒単位で停止させる高速スイッチング動作が求められる。この要求を満たすには、従来のシリコン(Si)製半導体では限界があり、炭化ケイ素(SiC)や窒化ガリウム(GaN)といった次世代材料を用いた半導体が不可欠となる。SiCパワー半導体は、Si製に比べ高温・高電圧環境での電力損失を70%以上低減できる(経済産業省の2022年資料より)。
中国はSiC半導体の国産化を急いでいるが、技術的には欧米や日本企業が先行する。米Wolfspeedや独Infineon Technologies、日本のロームなどが高品質なウエハー製造からデバイス設計までを垂直統合で手掛けるのに対し、中国勢はまだサプライチェーンの各所で海外技術に依存している。台湾の調査会社TrendForceが2023年11月に公表した市場分析によれば、車載用SiCパワー半導体市場のシェアは欧米日で9割以上を占める。軍事用の高信頼性品となれば、その技術格差はさらに大きいと見られ、「福建」のカタパルトシステムが、どの程度の国産部品で構成されているかは、その技術自立度を測る試金石となる。
なぜJ-20戦闘機のエンジン国産化は急がれるのか
中国の航空戦力を象徴する第5世代ステルス戦闘機「J-20」は、搭載エンジンの国産化が長年の課題であった。初期生産型にはロシア製エンジン「AL-31F」が、その後、暫定的な国産エンジン「WS-10」が搭載されてきたが、いずれも設計上の性能を完全に引き出すには推力や寿命が不足していた。米国防総省が2023年10月に公開した年次報告書「中国の軍事力に関する報告」は、J-20の年間生産機数が100機近くに達し、本来の性能を発揮させるための本命エンジン「WS-15」への換装が進んでいると分析している。
エンジンの国産化は、単なる技術力の誇示にとどまらない。外国製エンジンへの依存は、有事における供給途絶や保守部品の不足という致命的な脆弱性を抱えることを意味する。特に戦闘機のエンジンは数千時間の飛行ごとに大規模な整備(オーバーホール)が必要であり、その安定的な実施能力がなければ、実質的な稼働率は大きく低下する。WS-15の開発成功は、J-20が名実ともに独立した兵器体系として機能するための前提条件である。
WS-15開発の最大の技術的障壁は、1500度以上の高温に耐えるタービンブレード用の単結晶超耐熱合金の製造技術にあった。燃焼温度が高いほどエンジンの推力は向上するが、そのためには高度な材料科学と精密な鋳造技術が要求される。この分野は日米欧が長年の知見を蓄積しており、日本のIHIや米国のHowmet Aerospaceなどが世界市場を寡占する。中国がWS-15の量産体制を確立できたとすれば、この材料技術の壁を相当程度克服したことを示唆する。エンジンの信頼性や寿命が米プラット・アンド・ホイットニー製の「F119」(F-22搭載)や「F135」(F-35搭載)にどこまで迫れるかが、今後の焦点となる。
米国の技術規制が狙う「兵站の半導体」
米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月に発表した対中半導体輸出管理規則の強化は、中国の軍事近代化の根幹を揺るがすことを明確な目的としている。規制は、スマートフォンなどに使われる先端ロジック半導体だけでなく、軍事システムに不可欠な多様な半導体を標的とする。例えば、ミサイルを誘導するアクティブ・フェーズドアレイ(AESA)レーダーには高性能なGaN高周波半導体が、また、あらゆる電子兵器の信号処理にはFPGA(製造後に購入者や設計者が構成を設定できる集積回路)が用いられる。これら特殊半導体の多くは、米国のザイリンクス(現AMD)やインテルなどが高いシェアを持つ。
規制は、16ナノメートル(nm)以下のロジック半導体、128層以上のNAND型フラッシュメモリーなどを製造できる米国製装置や技術の中国向け輸出を厳しく制限する。これにより、中国最大のファウンドリである中芯国際集成電路製造(SMIC)などが、先端半導体を国内で量産する能力を直接的に削ぐ狙いだ。SMICは既存のDUV(深紫外線)露光装置を駆使して7nm相当の半導体を製造したと報じられているが、これは限定的な生産に留まるとの見方が強い。先端半導体の安定供給なくして、高度なAIを活用した自律型兵器や指揮統制システムの進化は望めない。
この規制に対し、中国は成熟・旧世代プロセス(28nm以上)の半導体製造能力を増強することで対抗を図る。経済産業省の2023年版製造基盤白書によると、28nm以上の半導体は、自動車や産業機器、そして防衛装備品においても依然として広く使用されている。中国は政府主導でこの分野への投資を集中させ、2025年までに世界の成熟プロセス生産能力におけるシェアを33%まで高める計画だ(台湾TrendForce予測)。先端分野でのアクセスを絶たれる一方で、「ローエンド」の半導体で世界的な供給網を掌握し、それを自国の軍事基盤の安定化につなげるという長期戦略が透けて見える。
南シナ海での「力の行使」を支える技術基盤
中国の軍事力増強は、南シナ海や東シナ海における現状変更の試みと連動している。特にフィリピンとの間で領有権争いが続く南シナ海では、中国海警局の艦船による威圧的な行動が常態化している。2024年3月には、フィリピン軍の補給船に対し、海警局の艦船が放水銃を使用し、乗組員が負傷する事態が発生した。こうした「グレーゾーン」事態での優位を確保する上で、技術的な裏付けは決定的に重要だ。
海警局の大型艦船には、軍艦に準ずるレーダーや通信システムが搭載され、多数の船舶を同時に追跡・識別する能力を持つ。背後には、衛星測位システム「北斗」や多数の海洋監視衛星、海底ケーブルからなる情報ネットワークが存在し、現場海域の状況をリアルタイムで司令部に伝達している。この情報優位が、現場での的確かつ迅速な意思決定を可能にし、相手の対応の隙を突く行動を支えている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の2023年報告によれば、中国海警局の1000トン以上の大型巡視船の数は、2010年の約40隻から2022年には150隻以上に増加しており、日本の海上保安庁の約2倍の規模に達する。
このような準軍事的な活動は、純粋な軍事衝突とは異なり、兵器の先端性そのものよりも、システムの信頼性や持続性、そして物量が勝敗を分ける。中国が国を挙げて推進する成熟プロセス半導体の増産や、各種センサー、通信機器の国産化は、まさにこの領域での強靭性を高めることを目的としている。先端兵器の開発が米国の規制で足踏みする可能性があっても、既に配備された膨大な数の艦船や航空機を安定的に稼働させる国内基盤を固めることで、平時における影響力を着実に拡大しようとしている。
日本企業が直面する選択
中国の軍事技術の自給に向けた動きは、サプライチェーンの随所に組み込まれている日本企業に難しい選択を迫る。半導体製造装置では東京エレクトロンやSCREENホールディングス、シリコンウエハーでは信越化学工業やSUMCO、EUVレジスト(感光材)ではJSRや東京応化工業など、日本の素材・装置メーカーは世界の半導体生産に不可欠な存在だ。これらの企業は、米国の輸出管理規則を遵守しつつ、巨大な中国市場とどう向き合うかという課題に直面している。
米国の規制は、軍事転用が疑われる中国企業を名指ししたエンティティ・リストに加え、特定の技術仕様を満たす製品の輸出を包括的に制限する。このため、民生用途として輸出した製品が最終的に軍事目的に流用されるリスクは常に存在する。日本政府も2023年7月、先端半導体製造装置23品目を輸出管理の対象に追加し、米国と足並みを揃えた。これにより、日本企業は顧客の最終用途をより厳格に審査する必要に迫られている。
一方で、中国はこれらの日本企業にとって最大の市場の一つでもある。中国半導体産業協会によれば、2023年の中国の半導体製造装置輸入額のうち、日本からの輸入が全体の約3割を占めた。経済合理性と安全保障上の要請との間で、企業は複雑な判断を求められる。中国国内での代替生産の動きが加速すれば、長期的には日本企業の市場シェアが侵食される恐れもある。米中間の技術覇権争いは、もはや対岸の火事ではなく、日本の産業基盤そのものの競争力を左右する構造的な変化として捉える必要があるだろう。
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