中国が経済減速にもかかわらず軍備増強を維持する背景には、米国の技術規制を迂回し、軍事転用可能な半導体を国内で大量に確保する国家戦略がある。2024年の全国人民代表大会で公表された国防費は前年比7.2%増の約1兆6700億元(約34兆円)に達し、経済成長目標の約5%を上回る。これは単なる軍事力拡大に留まらない。上海集成電路製造(SMIC)など国内企業を動員し、先端ではないが軍事用途には十分な「28ナノメートル級」半導体の自給網構築を急ぐ動きであり、日本の装置・材料産業は複雑な対応を迫られている。
聖域化する国防費、経済成長と乖離
中国経済が不動産不況と内需の伸び悩みで構造的な減速局面に入るなか、国防関連の支出は聖域として扱われている。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2024年4月に公表した報告書によれば、中国の2023年国防費は推定2960億ドルに達し、29年連続で増加した。これは公表国防費の伸び率が国内総生産(GDP)の成長率を上回り続けるという近年の傾向を裏付ける。英国際戦略研究所(IISS)は、研究開発や宇宙開発など公表予算外の支出を含めた実質的な軍事関連支出は、公表額の1.4倍、約4000億ドルを超えると2024年2月の「ミリタリー・バランス」で分析しており、国家資源の配分における軍事部門の優先順位の高さがうかがえる。
この投資が向かう先は、兵力規模の拡大よりも「情報化・智能化戦争」への対応を掲げた装備の質的向上だ。とくに、極超音速兵器や多数の無人機を連携させる「スウォーム攻撃」、サイバー・宇宙空間での戦闘能力といった非対称な優位性を追求する分野に重点が置かれている。これらの先進兵器体系は、いずれも高性能な半導体を頭脳として機能する。例えば、目標を自律的に識別・追尾する誘導弾頭には、大量のセンサー情報を瞬時に処理する画像認識半導体やAI演算装置が不可欠である。米国の対中半導体規制は、まさにこの神経中枢を断つことを目的としており、中国指導部が半導体の国内調達を国家安全保障の最重要課題と位置付ける直接的な誘因となった。
なぜ28nm半導体が軍事の鍵なのか?
米国の輸出規制は、回路線幅が14ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下の先端論理半導体の製造に必要な技術や装置に集中している。しかし、軍事用途で大量に消費される半導体の多くは、必ずしも最先端品を必要としない。戦闘機のアビオニクス(航空電子機器)やレーダーの信号処理、ミサイルの誘導制御などに用いられる半導体は、極限環境での高い信頼性と長期の部品供給保証が重視されるため、むしろ28nmから90nm世代の「成熟プロセス」で製造されることが多い。この世代の技術は、スマートフォン向けのような微細化競争からは外れるが、軍事装備の性能を左右する「枯れてなお重要な技術」である。
28nmプロセスは、半導体製造における重要な技術的節目だ。この世代から、リーク電流(待機中に漏れ出す電力)を抑えるためのHKMG(高誘電率膜/金属ゲート)技術が本格導入された。これにより、消費電力を抑えつつ演算性能を維持することが可能になり、発熱が致命的な問題となる高密度実装の軍事用電子機器に適する。SMICは、米国の規制強化前の2020年までに導入した液浸ArF(フッ化アルゴン)露光装置などを活用し、この28nm世代の量産能力を大幅に増強している。台湾の調査会社トレンドフォースが2024年3月に発表した予測では、中国の成熟プロセス(28nm以上)のウエハー生産能力は、2027年までに世界市場の39%を占める見通しだ。これは2023年の31%から8ポイント上昇する計算で、他地域を圧倒する生産能力の拡大が軍事用半導体の安定調達基盤となりうる。
米国規制下で進む「迂回生産」の実態
中国は米国の先端技術規制に対し、既存技術の能力を最大限引き出す「迂回戦略」で対抗している。その中核が、深紫外線(DUV)露光装置を用いた複数回露光(マルチプル・パターニング)による微細化だ。最先端の極端紫外線(EUV)露光装置の輸入がオランダASMLから差し止められるなか、SMICは既存のDUV装置を改良・駆使することで、7nm相当の半導体を製造したとされる。これは、1枚のウエハーを製造するのにかかる時間が長くなり、歩留まり(良品率)も低いため、商業的な採算性は低い。しかし、国家の威信と安全保障がかかる軍事・宇宙用途であれば、コストを度外視した「特定目的少量生産」は十分に可能である。2023年8月に発売された華為技術(ファーウェイ)の新型スマートフォンに搭載された半導体がこの技術で製造されたとみられ、中国の技術的執念を示した。
この動きを資金面で支えるのが、2024年5月に設立された3440億元(約7.2兆円)規模の国家集積回路産業投資基金(通称「大基金」)の第3期である。過去の第1期、第2期が半導体製造そのものへの投資が中心だったのに対し、第3期は製造装置や素材の内製化に重点を置くとみられる。これは、米国の規制が装置や部材にまで拡大することを見越した先手であり、半導体供給網の完全な自給圏構築を目指す意思の表れだ。長江存儲科技(YMTC)や長鑫存儲技術(CXMT)といった記憶半導体大手も、国産装置の導入比率を高めながら生産を続けており、軍事データセンターなどで使用される記憶装置の国内調達率向上に寄与していると見られる。
日本の装置・材料企業が握る供給網の鍵
中国の半導体自給戦略は、世界の半導体製造装置・材料市場で高い占有率を持つ日本企業に、複雑なジレンマを突きつけている。経済産業省の2024年1月の発表によれば、2023年の日本の半導体製造装置の輸出額のうち、中国向けは4割以上を占め、最大の輸出先となっている。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコといった企業にとって、中国市場は業績を支える重要な柱だ。米国の規制は先端分野に限定されているため、成熟プロセス向けの装置輸出は現在も続いている。しかし、これらの装置が最終的に軍事転用されるリスクは常に存在する。
特に、中国が内製化に苦戦している領域で、日本企業の存在感は際立つ。例えば、半導体の回路パターンをウエハーに転写する際に不可欠なフォトレジスト(感光材)では、JSRや信越化学工業、東京応化工業などが世界市場の大部分を供給する。また、ウエハー表面を原子レベルで平坦化するCMP(化学機械研磨)工程で用いるスラリー(研磨剤)や、製造工程で不純物を除去する高純度のフッ化水素なども、日本の素材メーカーが品質と供給量で世界を主導してきた。これらの材料は、先端・成熟を問わずあらゆる半導体製造に必須であり、供給が滞れば中国の半導体工場は稼働できない。米国が今後、これらの汎用的な材料や成熟プロセス向け装置にまで規制を拡大すれば、日本企業は米中対立の最前線で事業戦略の根本的な見直しを迫られることになる。
日本企業が直面する地政学リスクと選択
中国の軍民融合戦略と半導体自給の動きは、日本の関連企業に対し、短期的な収益機会と長期的な地政学リスクを同時に提示している。中国の旺盛な設備投資は、成熟プロセス向け装置・材料の販売を伸ばす好機となる一方、納入した製品が意図せず軍事力強化に繋がる可能性は否定できない。企業は、米国の輸出管理規則(EAR)や日本の外為法といった法令を遵守するだけでなく、より高度なデューデリジェンス(取引先の適正評価)を通じて、最終使用者や用途を可能な限り把握する努力が求められる。
政府レベルでは、経済安全保障推進法に基づき、半導体を特定重要物資に指定し、国内生産基盤の強化を進めている。これは、台湾有事などで海外からの供給が途絶するリスクに備える動きだが、同時に、日本の技術的優位性を維持・活用するための外交戦略も不可欠だ。例えば、軍事転用リスクの高い汎用品については、同志国間で輸出管理の足並みを揃え、規制の抜け穴を塞ぐ国際的な協調が効果的だろう。また、日本が強みを持つ後工程(組み立て・検査)技術や、次世代のチップレット集積技術、省電力化に繋がる材料開発などで主導権を握ることは、経済的な利益だけでなく、国際的な供給網における日本の交渉力を高めることにも繋がる。
中国の経済構造の変化と軍事戦略の変容は、もはや対岸の火事ではない。半導体という現代産業の「米」を巡る競争は、安全保障と経済が一体化した新たな段階に入っている。日本企業と政府は、この構造変化を直視し、技術的優位性を国益に繋げるための緻密な戦略を再構築する必要に迫られている。
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