中国が国家戦略として掲げる「国内大循環」は、半導体分野で米国の技術規制を回避し、自前の供給網を構築する動きとして先鋭化している。中国の半導体自給率は2023年時点で21%(IC Insights調べ)にとどまるが、政府は数兆円規模の基金を投じ、製造装置から材料に至るまで国産化を強行する構えだ。SMIC(中芯国際集成電路製造)による7nm(ナノメートル)世代の半導体量産は、先端装置の禁輸措置をかいくぐる執念の表れと言える。この動きは、世界の半導体供給網で不可欠な地位を占める日本の装置・材料メーカーに対し、地政学リスクと新たな商機の間で難しい選択を迫っている。
米国規制が促す自給自足への道程
中国の半導体自立への渇望は、米国の段階的な規制強化によって決定的に方向付けられた。転機は2022年10月7日、米国商務省産業安全保障局(BIS)が発表した包括的な輸出管理規則(EAR)の改正である。この規制は、特定の先端半導体、それを製造する装置、そして米国人技術者による技術支援までを包括的に禁じるもので、中国の半導体産業の発展を根底から覆す狙いがあった。これにより、中国企業は市場原理に基づき最良の技術を海外から調達する従来の路線を放棄せざるを得ず、国家主導で国内供給網を完結させる「内循環」へと完全に舵を切った。
この戦略を資金面で支えるのが「国家集積回路産業投資基金」、通称「大基金」だ。2014年の第1期(約2.8兆円)、2019年の第2期(約4兆円)に続き、2024年には過去最大となる3440億元(約7.4兆円)規模の第3期基金が設立された。ブルームバーグの5月27日の報道によれば、新基金は特に半導体製造装置への投資を重視する。これは、リソグラフィー(回路描画)装置やエッチング(回路形成)装置といった中核工程で海外依存度が高い現状を打破しようとする政府の強い意志の表れである。中国の半導体製造装置の国内調達比率は、2023年時点で約21%(SEMI調べ)と依然低いが、政府の強力な後押しを受け、国内の装置メーカーが急速に技術力を蓄積し始めている。
SMIC 7nmプロセス、その技術的内実
中国の国産化努力の象徴が、2023年8月に発売された華為技術(ファーウェイ)のスマートフォン「Mate 60 Pro」に搭載された半導体だ。カナダの調査会社TechInsightsの分解調査で、これがSMICの第2世代7nmプロセスで製造された「Kirin 9000S」であることが判明した。驚きをもって迎えられたのは、先端半導体製造に不可欠とされるオランダASML製のEUV(極端紫外線)リソグラフィー装置なしで実現された点にある。
技術的には、旧世代のArF液浸DUV(深紫外線)リソグラフィー装置を用いた「多重露光(マルチパターニング)」と呼ばれる手法が用いられたと見られる。これは、シリコンウエハー上の同じ領域に複数回にわたり回路パターンを焼き付けることで、装置の物理的な解像限界を超える微細な回路を形成する技術だ。しかし、この手法は工程数を大幅に増加させ、製造時間とコストを著しく押し上げる。結果として、ウエハー1枚あたりの良品チップ数を示す歩留まりは、EUVを用いる台湾TSMCの同世代プロセスに比べ、推定で30%から50%低い水準にとどまると業界では観測されている。消費電力性能でも劣るため、商業的な競争力には大きな課題が残る。この「力業」とも言える量産化は、経済合理性よりも国家の威信と技術的自立を優先した結果であり、中国の半導体戦略の特異性を物語っている。
なぜ先端装置なしで製造が進むのか?
米国の規制は先端製造装置の輸出を厳しく制限しているが、中国は規制の網をかいくぐる形で製造能力を増強している。その鍵は「成熟プロセス」と「レガシープロセス」と呼ばれる、28nmより前の世代の半導体製造にある。自動車、産業機器、家電製品などに広く使われるこれらの半導体は、EUV装置を必要としない。中国はここに活路を見出し、政府の補助金を受けたメーカーが大量のDUV装置を規制強化前に駆け込みで確保した。
米国の調査会社Gartnerの2024年4月の報告によると、中国の半導体メーカーによる2023年の製造装置への投資額は前年比29%増の約300億ドルに達し、世界最大となった。この投資の多くが成熟プロセス向けであり、中国は世界的な半導体不足を背景に、この領域で世界市場のシェア拡大を狙う。YMTC(長江存儲科技)のNAND型フラッシュメモリーやCXMT(長鑫存儲技術)のDRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)など、メモリー分野でも国産化の動きは活発だ。中国製装置の採用も進む。AMEC(中微半導体設備)のプラズマエッチング装置やNaura Technology Group(北方華創科技集団)の成膜装置は、国内の半導体工場で採用実績を積み重ねており、特定工程では国産比率が50%を超える例も出始めている。先端技術への道は閉ざされつつも、足元のサプライチェーンを着実に固める戦略が進行している。
日本が握る「最後の砦」としての材料供給網
中国が製造装置の国産化を急ぐ一方で、一朝一夕には代替が困難な領域が残る。それが、日本の化学メーカーが世界市場で圧倒的なシェアを握る高機能半導体材料だ。特にEUVリソグラフィー用のフォトレジスト(感光材)は、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社で世界シェアの約9割を占める。フォトレジストは、光を照射して半導体の微細な回路パターンをウエハー上に転写する際の原版となる物質で、その品質が半導体の性能を直接左右する。ナノメートル単位の均一性と純度が求められるため、新規参入は極めて難しい。
シリコンウエハーも同様で、信越化学工業とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を握る。さらに、半導体製造工程で不純物を除去するために不可欠な超高純度のフッ化水素は、ステラケミファや森田化学工業などが高い技術力を持つ。これらの材料は、中国のSMICやYMTCにとっても代替が効かない「命綱」だ。2019年に日本政府が韓国向けに実施したフッ化水素などの輸出管理厳格化が、韓国半導体産業に与えた衝撃は記憶に新しい。中国の半導体「内循環」戦略も、この日本の材料供給網というアキレス腱を抱えているのが実態である。中国国内でも材料開発は進められているが、日本製品と同等の品質と安定供給能力を達成するには、少なくとも5年から10年の時間が必要と見られている。
日本企業が直面する地政学的選択
中国の半導体国産化への執念は、日本の関連企業に複雑な問いを投げかける。短期的には、中国の旺盛な設備投資は東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった装置メーカーにとって巨大な市場であり続ける。2023年の日本の半導体製造装置の輸出額のうち、中国向けは前年比12%増の1兆4400億円となり、全体の4割超を占めた(財務省貿易統計)。この巨大市場からの収益は、次世代技術への研究開発投資の原資として不可欠だ。
しかし、中長期的には二つの大きなリスクが顕在化する。第一に、中国の国産装置・材料メーカーが技術力を向上させ、いずれ日本企業の競争相手となる「ブーメラン効果」である。第二に、米中対立の激化による地政学リスクだ。米国が規制をさらに強化し、日本の材料や基幹部品の中国向け輸出に制限がかかる可能性は常に存在する。そうなれば、日本企業は米国の同盟国としての立場と、巨大市場での事業継続との間で板挟みになる。
この状況下で求められるのは、中国市場への関与を続けつつ、リスクを分散させる複眼的な戦略だ。生産拠点や販売網を東南アジアやインドへ広げる「チャイナ・プラスワン」の動きは加速させる必要がある。同時に、日本が強みを持つ先端材料や基幹部品の技術的優位性をさらに高め、代替不可能性を維持し続けることが、外交的・経済的な交渉力を保つ上で生命線となる。中国の「内循環」は、日本の技術力が世界の供給網においていかに重要な楔であるかを、改めて浮き彫りにしている。