中国が策定を進める第15次五カ年計画(2026〜30年)で、人工知能(AI)と先端半導体の完全自給が国家戦略の最優先課題に浮上している。米国による厳格な技術輸出規制を受け、従来の成長モデルからの転換を迫られた形だ。北京や上海などの地方政府は、量子情報や生物製造といった「未来産業」の育成計画を相次いで発表。国家集積回路産業投資基金(大基金)の第3期分として3440億元(約7.4兆円)を設立するなど、中央と地方を合わせた投資総額は数兆元規模に達する公算が大きい。この巨大な国内投資は、米国の規制網をかいくぐり独自の技術生態系を構築しようとする壮大な試みであり、東京エレクトロンや信越化学工業など、日本の半導体関連産業の立ち位置を根本から揺さぶりかねない。
4つの新興産業と6つの未来産業
第15次五カ年計画の輪郭が見え始めるなか、各地方政府が先行して産業育成の具体策を打ち出している。北京市が2024年5月に公表した行動計画では、4つの新興産業と6つの未来産業が明記された。新興産業には「低空経済」と呼ばれるドローン物流や「空飛ぶクルマ」などが含まれ、2027年までに産業規模1000億元を目指す。未来産業としては、量子情報、生物製造、そして物理世界で自律的に活動する「物理実装AI」などが挙げられた。これは中国政府が2023年に発表した「AI+」行動計画を地方レベルで具体化する動きと見られる。中国のAI市場規模は、国際データコーポレーション(IDC)の2023年8月の報告によれば、2026年に264億ドル(約4.1兆円)に達すると予測されており、年平均成長率は20%を超える。この成長を国内技術でまかなうのが国家目標だ。上海市も同様に、生成AIや高性能医療機器を重点分野に指定。政府系ファンドを通じた資金供給と、大学や研究機関との連携を強化し、技術開発から産業化までを一気通貫で支援する体制を整えつつある。こうした動きは、単なる産業振興策ではなく、米国の技術封鎖に対する国家的な生存戦略としての側面が色濃い。
なぜ今「物理実装AI」を急ぐのか
中国が「未来産業」の筆頭に掲げる物理実装AI(中国語の「具身智能」に相当)は、単なるソフトウェア上の知能ではなく、ロボットアームや人型ロボットのように物理的な実体を持ち、現実世界で作業を遂行する技術を指す。この分野への注力は、製造業の高度化と労働人口減少という二つの国家的課題への回答だ。中国国家統計局によると、生産年齢人口(16〜59歳)は2012年を頂点に減少が続いており、2023年末には前年比で1000万人以上減少した。人手不足を補い、国際競争力を維持するには、工場の完全自動化が不可欠との判断が働いている。物理実装AIは、従来の産業用ロボットが繰り返しの定型作業しかできなかったのに対し、視覚センサーや触覚センサーで周囲の状況を認識し、非定型な作業にも自律的に対応できる。例えば、半導体製造の後工程における複雑な組み立てや検査作業への応用が期待される。技術的には、NVIDIAの「Project GR00T」のような人型ロボット基盤モデルが先行するが、中国は独自のモデル開発を急いでいる。2024年4月には、北京のスタートアップ企業が独自の汎用人型ロボット「Tiangong(天工)」を発表。これは中国初となる、電気モーターのみで駆動し、人間と同様の速度で走行可能なモデルとされる。AIが物理世界へ進出するこの動きは、米中技術覇権の新たな主戦場となりつつある。
半導体、米国規制下の突破口
全ての先端産業の基盤となる半導体において、中国は米国の輸出規制という巨大な壁に直面している。特に、最先端のスマートフォンやAI演算に不可欠な7ナノメートル(nm)以下の微細加工技術へのアクセスは事実上絶たれた。オランダASML製の極端紫外線(EUV)露光装置の輸入が不可能なためだ。これに対し、中国は既存の深紫外線(DUV)露光装置を駆使して活路を見いだそうとしている。中芯国際集成電路製造(SMIC)は、DUVの多重露光技術を用いることで7nm世代の半導体を量産し、華為技術(ファーウェイ)のスマートフォン「Mate 60 Pro」に供給した。これは、EUVを用いずに達成した技術的成果として注目される。市場調査会社TrendForceの2024年3月の分析では、中国の半導体自給率は2023年の26%から、2027年には35%前後まで上昇する可能性があると指摘されている。この国産化の動きを資金面で支えるのが、2024年5月に設立された国家集積回路産業投資基金の第3期(通称「大基金三期」)だ。過去最大となる3440億元の資金は、国産の半導体製造装置や材料、特にEUVに代わる次世代リソグラフィ技術や、チップレットのような後工程技術の開発に重点的に投じられると見られる。これは、米国の規制が及ばない領域で技術的な「抜け道」を構築し、時間をかけてサプライチェーン全体を国内で完結させる狙いだ。
地方政府の過剰投資リスク
中央政府の号令一下、地方政府が半導体やAI分野への投資競争を繰り広げる光景は、過去の産業政策でも見られた。しかし、今回はその規模と緊急性が異なる一方、過剰投資と非効率な資源配分のリスクもまた増大している。中国国内の報道によれば、2021年から2023年にかけて、少なくとも6つの大型半導体工場プロジェクトが資金難や技術的な問題で頓挫した。これらのプロジェクトには、地方政府からの数千億元規模の補助金が投じられていた。市場原理から乖離した政策主導の投資は、能力の低い企業を延命させ、業界全体の再編を遅らせる副作用を持つ。半導体産業協会(SIA)の2023年報告書は、中国政府の補助金が市場を歪め、世界的な供給過剰を引き起こす可能性を警告している。特に、電気自動車(EV)や太陽光パネルで顕著になったように、補助金目当ての企業が乱立し、最終的に過当競争と採算割れに陥る懸念は根強い。第15次五カ年計画で掲げる壮大な目標も、実効性の伴わないプロジェクトに資金が分散すれば、絵に描いた餅で終わりかねない。技術的障壁に加え、こうした構造的な非効率性が、中国の技術自給に向けた道のりの大きな足かせとなる可能性がある。
日本企業が直面する選択
中国の巨大な国内投資と技術自給への渇望は、日本の半導体関連企業に複雑な選択を迫っている。東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった製造装置メーカーにとって、中国は売上高の3〜4割を占める最大の市場だ。米国が規制する最先端分野以外の、成熟世代の半導体製造装置への需要は旺盛で、短期的には事業機会が拡大している。実際に、日本の半導体製造装置の輸出額は、財務省貿易統計によれば2023年度に過去最高の4兆円を超え、中国向けがその半分近くを占めた。しかし、この活況は諸刃の剣でもある。中国の国産化が進展すれば、いずれは日本の装置や、JSRや信越化学工業が世界シェアの大部分を握るフォトレジストなどの先端材料も、国産品に代替されるリスクを内包する。中国企業がDUV露光装置で7nmプロセスを実現したように、日本の技術に依存する領域でも、時間をかけて代替技術を開発してくる可能性は否定できない。米国の規制強化と中国の国産化という二つの潮流の間で、日本企業は難しい舵取りを要求される。先端技術では米国主導の枠組みに協力しつつ、成熟分野では中国市場との関係を維持する。このバランスをいかに取るか、あるいは中国市場への依存度を中長期的にどう引き下げていくのか。サプライチェーンの再編と技術戦略の再構築は、もはや猶予のない経営課題となっている。
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