中国が半導体自給に向けた国家戦略を加速させている。2024年5月に設立された国家集積回路産業投資基金の第3期(通称「大基金三期」)は、登録資本3440億元(約7.4兆円、475億ドル)という過去最大規模で始動した。これは2025年までに半導体自給率70%を達成するという国家目標に向けた、いわば最後の切り札である。しかし、米国の厳格な輸出規制の下、その資金はどこへ向かい、国産化はどこまで現実味を帯びるのか。その実態は、先端半導体製造を支える日本の素材・装置産業の立ち位置を根底から揺るがしかねない構造変化を内包している。

国家基金3期、475億ドルの射程

大基金三期」の規模は、2014年の一期(1387億元)、2019年の二期(2041億元)を大幅に上回る。中国財政部を筆頭に国有大手銀行6行が名を連ねる陣容は、半導体産業の自立を国家の最優先課題と位置づける指導部の強い意志の表れだ。企業情報公開プラットフォーム「天眼査」によると、投資分野は半導体製造装置、特に米国やその同盟国からの輸入が絶たれた領域に重点が置かれると見られる。

具体的には、露光装置、エッチング装置、成膜装置といった中核的な製造装置の開発と量産化が急務だ。米国の制裁により、オランダASML製のEUV(極端紫外線)露光装置はもちろん、最先端のDUV(深紫外線)液浸ArF露光装置の輸入も事実上停止した。この「空白」を埋めるべく、上海微電子装備(SMEE)や北方華創科技集団(NAURA)、中微半導体設備(AMEC)といった中国国内の装置メーカーへの集中的な資金注入が進む公算が大きい。SMEEは28ナノメートル(nm)プロセス対応のDUV露光装置「SSA/800-10W」の開発を進めるが、ASMLの最新鋭機「TWINSCAN NXT:2100i」が7nm以下の量産を担う現状とは、技術的に5世代以上の隔たりがある。この差を資金力で覆せるかどうかが、最初の関門となる。

国産装置への傾斜はなぜ加速するのか

中国が製造装置の国産化に固執する背景には、2022年10月7日に米商務省産業安全保障局(BIS)が発表した包括的な輸出規制がある。この規制は、特定性能以上の半導体そのものだけでなく、それらを製造するための米国製装置、技術、ソフトウェアの対中輸出を原則禁止した。これにより、中国のファウンドリ最大手、中芯国際集成電路製造SMIC)やメモリー大手の長江存儲科技(YMTC)は、米ラムリサーチやアプライドマテリアルズ製の先端装置の導入が不可能になった。

この規制を回避し、既存設備で生産を続ける窮余の策が、旧世代のDUV露光装置を複数回使用して微細な回路を描く「マルチパターニング」技術だ。SMICは実際にこの手法を用い、ASML製のDUV装置で7nm半導体の製造に成功したと報じられている。しかし、この方法は工程数が大幅に増え、ウエハー1枚あたりの処理時間が長くなるため、歩留まり(良品率)が著しく低下し、製造原価を押し上げる。米国の調査会社TechInsightsがファーウェイ製スマートフォン「Mate 60 Pro」を分解分析した結果、搭載されていた7nm半導体の製造コストは、台湾積体電路製造(TSMC)が同等品を製造する場合に比べ40〜50%高いと試算されている。先端半導体を「実験室レベル」でなく「商業ベース」で量産するには、高性能な国産装置の確立が不可欠であり、これが国家基金の投資を装置分野へ集中させる最大の動機である。

「自給率70%」目標と日本の基盤技術

中国が掲げる「2025年までに自給率70%」という目標の達成は、現状では極めて困難と見られる。米調査会社IC Insightsが2021年に公表した統計によれば、中国国内で生産された半導体の市場価値のうち、実際に中国企業が設計・製造したものは全体の16.7%に過ぎない。残りはTSMCやサムスン電子、SKハイニックスといった海外企業の中国工場での生産分だ。自給率を短期間で4倍以上に引き上げるには、製造装置だけでなく、製造工程の根幹を支える素材や部材の国産化も同時に進める必要がある。

ここで日本の産業が持つ重要性が浮かび上がる。半導体製造に不可欠なシリコンウエハーでは信越化学工業とSUMCOが世界シェアの約6割を握る。回路パターンを転写するフォトレジスト(感光材)では、JSR、東京応化工業、信越化学、富士フイルムの日本勢がEUV向けで世界市場の9割以上を占有。さらに、不純物を取り除く高純度フッ化水素はステラケミファや森田化学工業が高い品質で世界供給を支える。これらの基盤技術は、長年の研究開発投資と「すり合わせ」のノウハウが凝縮したものであり、中国が資金力だけで短期間に代替するのは容易ではない。2019年に日本政府が実施した韓国向けフッ化水素などの輸出管理厳格化が、韓国半導体産業に与えた衝撃は、素材の戦略的重要性を物語っている。

AI半導体が促す「計算能力」の軍拡競争

米国の規制は、人工知能(AI)の開発に不可欠な画像処理半導体(GPU)にも及ぶ。米エヌビディア製の高性能GPU「A100」や「H100」の中国向け輸出は禁止され、後に投入された中国向けの性能抑制版「A800」「H800」も2023年10月の規制強化で禁輸対象となった。これは中国のAI開発能力、ひいてはAIを多用する軍事技術の近代化に直接的な打撃を与える狙いだ。

これに対し、中国は独自のAI半導体開発で対抗する。通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)は「昇騰(Ascend)910B」を開発し、国内のAIデータセンター向けに供給を拡大。台湾の市場調査会社TrendForceの2023年12月の報告によると、Ascend 910Bの性能はエヌビディア製には及ばないものの、中国国内でのAI半導体エコシステム構築の中核を担いつつある。こうした動きは、単なる産業競争ではなく、国家の「計算能力(コンピューティングパワー)」を巡る安全保障上の競争へと発展している。大量のAIサーバーを稼働させるデータセンターは膨大な電力を消費するため、半導体摩擦はエネルギー安全保障の問題とも密接に連関する。国際エネルギー機関(IEA)は、データセンターの電力消費量が2026年までに倍増する可能性を指摘しており、計算能力の確保は国家の資源配分戦略そのものを左右する。

日本企業が直面する選択

米国の規制強化と中国の国産化推進という二つの潮流は、日本の半導体関連企業に複雑な選択を迫っている。東京エレクトロンやアドバンテスト、ディスコといった製造装置メーカーにとって、中国は売上全体の3〜4割を占める巨大市場だ。東京エレクトロンが2024年5月に発表した2024年3月期決算では、中国向け売上高比率が前年の22.4%から47.0%へと急増した。これは、米国の規制強化を見越した中国企業による「駆け込み需要」が主因と見られるが、同時に中国市場への依存度の高まりというリスクを浮き彫りにした。

長期的には、中国国内でNAURAAMECのような国産装置メーカーが技術力を向上させれば、これまで日本企業が独占してきた市場が侵食される可能性がある。企業は、米国の輸出管理規則を順守しつつ、中国事業のリスクを管理し、サプライチェーンの多元化を進める必要がある。政府レベルでは、経済安全保障推進法に基づき、半導体を「特定重要物資」に指定し、国内生産基盤の強化を急ぐ。北海道で次世代半導体の国産化を目指すラピダス(Rapidus)への支援はその象徴だ。日米の技術連携を深め、日本の技術的優位性を維持・強化しながら、地政学的な変動に対応する。民間企業と政府が一体となった長期的な戦略の構築が、これまで以上に強く求められている。