中国の電力需要が、人工知能(AI)用データセンターの急増で新たな局面に入った。国家能源局が示す2025年の総消費量10兆キロワット時(kWh)という巨大な数字の背後で、AI関連需要が構造変化の主役に浮上している。国際エネルギー機関(IEA)の試算では、中国のデータセンター電力消費は2026年に4000億kWhを超え、2030年には日本の年間総発電量に匹敵する2兆kWh規模に達する可能性も指摘される。この「電力の壁」は、米国による先端半導体規制下で北京が国策として推進する半導体自給計画にとって、技術開発とは別次元の制約要因となりつつある。日本の素材・装置産業にとっても、顧客の生産基盤を揺るがす新たなリスクだ。

10兆kWh時代、AIが需要構造を転換

中国の年間電力消費量が2025年にも10兆kWhを突破する見通しが現実味を帯びている。これは中国国家能源局が2023年末に示した予測で、2015年時点の国内総消費量の約2倍に相当する。この規模は欧州連合(EU)、ロシア、インド、日本の4者の2023年における年間総電力消費量の合計を上回る水準だ。従来、この需要増は製造業の拡大と電気自動車(EV)の普及が主因とされてきた。しかし、2023年以降の生成AIブームが、需要構造に地殻変動を起こしている。国際エネルギー機関(IEA)が2024年1月に公表した報告書「Electricity 2024」によれば、世界のデータセンター、AI、暗号資産を合算した電力消費は2026年までに最大で2022年比2倍以上の1050TWh(テラワット時、1兆50億kWh)に達すると予測。その増加分の相当部分を中国と米国が占める。中国国内ではAlibaba集団、Tencent、字節跳動(ByteDance)といった大手技術企業が、生成AIサービスの基盤となる大規模データセンターの建設を急いでおり、電力需要を指数関数的に押し上げる構図だ。北京市だけでも、2023年末時点でのデータセンターの総電力負荷は2020年比で40%増加したとの民間調査もある。

なぜAI半導体は電力を大量消費するのか?

AI、特に大規模言語モデル(LLM)の学習と推論が膨大な電力を必要とする根本原因は、その計算手法にある。人間の脳神経を模したニューラルネットワークは、数千億から1兆を超えるパラメータ(調整変数)間の行列積和演算を並列実行する。この演算を担うのがGPU(画像処理半導体)に代表されるAI半導体だ。例えば、米NVIDIAの現行主力製品「H100」は、単体での最大熱設計電力(TDP)が700ワットに達する。これは10年前のサーバー用中央演算処理装置(CPU)の5倍以上の数値だ。この「H100」を数万基連結したAIクラスター全体の消費電力は、数メガワットから数十メガワットに及び、地方都市一つ分に匹敵する。さらに、半導体自体が消費する電力に加え、発生する熱を冷却するための空調設備が同等かそれ以上の電力を消費する。データセンターのエネルギー効率を示す指標PUE(電力使用効率)が1.5の場合、IT機器が100kWの電力を消費すると、冷却や電源損失でさらに50kWが必要になる計算だ。TrendForceの2024年3月の調査では、生成AI向けサーバーの出荷台数は2024年に前年比150%増の194万台に達すると予測されており、電力需要の増加ペースは今後さらに加速すると見られる。

半導体国産化を阻む「電力の壁」

米国の輸出規制強化を受け、中国は半導体の国内サプライチェーン構築を最重要課題に掲げるが、ここでも電力問題が隘路となっている。半導体製造は「電力消費産業」の側面が強い。特に先端回路の微細化に不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置は、1台で3万世帯分に相当する1.5メガワット以上の電力を消費する。中国はEUV装置の輸入が絶たれているが、代替として研究開発を進めるDUV(深紫外線)液浸露光装置を複数回使用するマルチパターニング技術も、工程数の増加に伴い総消費電力はEUVに劣らない規模となる。世界最大の半導体受託製造企業(ファウンドリ)である台湾積体電路製造(TSMC)の2023年の年間電力消費量は229億kWhに達し、これは台湾全体の電力消費の約8%を占める。中国がSMIC(中芯国際集成電路製造)などを中心に国内生産能力を現在の2倍、3倍へと拡張しようとすれば、単純計算でTSMC数社分の新たな電力需要が発生する。SEMI(国際半導体製造装置材料協会)の2024年4月の発表では、中国は2024年に世界最大の半導体製造装置市場であり続ける見込みで、その投資規模は前年比2%増の373億ドルに達する。この設備投資が本格稼働する2025年以降、製造現場での電力不足が生産の律速段階になる可能性が指摘されている。

石炭回帰と再生可能エネルギーの相克

旺盛な電力需要に対し、中国は供給体制の強化を急ぐ。国家統計局によれば、2023年末時点の総発電設備容量は前年比13.9%増の29.2億kWに達した。内訳を見ると、太陽光が同55.2%増、風力が同20.7%増と再生可能エネルギーの導入が急ピッチで進む一方、安定供給の基盤となる石炭火力も同4.1%増設されており、設備容量全体の42%を依然として占める。これは、天候に左右される再生可能エネルギーの出力変動を補い、AIデータセンターや半導体工場といった24時間365日の安定稼働が求められる需要に応えるための現実的な選択と見られる。しかし、この石炭火力への依存は、習近平指導部が国際公約として掲げる「2030年までの二酸化炭素排出量ピークアウト、2060年までのカーボンニュートラル」という目標と明らかに矛盾する。中国国内では、電力系統の安定化と脱炭素を両立させるための超高圧送電網(UHV)の増設や、大規模蓄電施設の建設が進められているが、需要の伸びにインフラ整備が追いついていないのが実情だ。中国電力企業連合会の2024年1月の報告では、2024年の電力需給は全体として均衡を保つものの、夏季や冬季のピーク時には一部地域で供給不足が生じる可能性があると警告している。

日本企業が直面する選択

中国の電力需給の逼迫は、サプライチェーンを通じて日本企業に直接的な影響を及ぼす。半導体製造に不可欠なフォトレジスト(感光材)ではJSRや信越化学工業、東京応化工業が、シリコンウエハーでは信越化学工業とSUMCOが世界市場で高いシェアを握る。これらの素材メーカーにとって、中国の半導体工場は最大の顧客の一つだ。しかし、顧客の工場が電力不足で稼働率を落とせば、自社の販売計画も未達となるリスクがある。製造装置メーカーも同様で、東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコといった企業は、納入した装置が安定稼働するための電力インフラを前提としている。現地の電力事情は、もはや無視できない事業リスクだ。また、中国が電力制約を回避するために、エネルギー効率の高い製造装置や素材、省電力なデータセンター冷却技術を渇望するのは必至だ。これは、関連技術を持つ日本企業にとって新たな商機となり得る。例えば、より少ない電力で高精度な加工を実現するディスコのダイシング装置や、冷却効率を高める材料技術などがそれに当たる。一方で、こうした技術の提供は、結果的に中国の半導体自給率向上を助け、長期的な競争環境を変化させる可能性もはらむ。日本企業は、短期的な収益機会の追求と、技術流出や地政学リスクの管理という、二律背反の課題に対する難しい判断を迫られている。中国の電力問題は、エネルギー安全保障の枠を超え、先端技術を巡る国際競争の力学そのものを左右する変数となった。自社の技術がサプライチェーンの中でどのような意味を持つのか、よりマクロな視点での戦略再構築が求められる。