中国が推進する次世代エネルギー基盤の構築は、国内の脱炭素政策の枠を超え、世界の製造業、とりわけ半導体産業の供給網を左右する地政学的な意味合いを強めている。太陽光パネルや電気自動車(EV)用電池のサプライチェーンを垂直統合で支配し、その圧倒的な生産能力を背景に価格主導権を掌握。国際エネルギー機関(IEA)が2023年に公表した報告書によれば、太陽光パネルの主要部材であるポリシリコンからウエハー、セル、モジュールに至る全工程で、中国の世界供給に占めるシェアは8割を超える。この巨大な製造基盤が米中間の新たな技術摩擦の火種となり、日本企業にも供給網の抜本的な再考を迫っている。

「緑のシリコン」支配の実態

中国のエネルギー戦略の根幹をなすのが、太陽光発電分野における圧倒的な製造能力の掌握だ。この支配構造は「緑のシリコン」とも呼ばれる太陽電池向けポリシリコンの生産から始まる。IEAの2023年の分析では、世界のポリシリコン生産量のうち実に84%が中国に集中する。特に新疆地区がその中心地であり、安価な石炭火力発電を背景にGCLテクノロジーや通威(Tongwei)といった巨大企業が世界供給の大半を担う。例えばGCLは2023年末時点で年産42万トンの生産能力を持ち、これは世界の需要の約3分の1に相当する規模だ。このポリシリコンからインゴットを製造し、ウエハーへ切り出し、光電変換機能を持つセルを形成、最終製品のモジュールに組み立てるまで、サプライチェーンのほぼ全段階で中国企業が8割以上のシェアを占める。この垂直統合体制は、半導体製造に使われる純度99.999999999%(イレブンナイン)以上の高純度ポリシリコンとは異なる、太陽電池向け(純度シックスナイン程度)の市場を完全に掌握し、他国の追随を許さないコスト競争力の源泉となっている。米国のはこの供給網の脆弱性を突くものだが、中国企業は東南アジアに生産拠点を設けるなどして規制回避を図っており、支配構造は揺らいでいない。

なぜ中国はEV電池で世界を席巻できたのか?

電気自動車(EV)の中核部品である車載用蓄電池においても、中国は太陽光パネルと同様の支配構造を築き上げた。韓国の市場調査会社SNEリサーチの2024年4月の発表によると、2024年1-2月期の世界の車載電池市場において、寧徳時代新能源科技(CATL)と比亜迪BYD)の中国2社の合計シェアは54.1%に達する。CATL単独でも38.4%と、2位の韓国LGエネルギーソリューション(13.7%)を大きく引き離す。この強さの源泉は、政府の長年にわたる補助金政策と世界最大の国内EV市場を背景にした規模の経済、そして原料確保から部材生産まで一貫して手がける垂直統合モデルにある。CATLはリン酸鉄リチウム(LFP)電池のコストを1kWhあたり40ドル台まで引き下げる計画を公表しており、これは競合他社比で30%以上安い水準だ。技術面でも、エネルギー密度を255Wh/kgまで高めた「麒麟電池」や、超急速充電が可能な「神行電池」を市場に投入し、性能面でも業界を主導する。BYDは自社でEVと電池双方を生産する強みを活かし、安全性が高い「ブレードバッテリー」で独自の地位を築いた。リチウムやコバルトといった重要鉱物の権益確保に国家ぐるみで取り組み、精錬・加工能力で世界シェアの6〜7割を握っていることが、価格と供給の両面で絶対的な優位性を担保している。

エネルギー覇権と半導体製造の脆弱な連鎖

中国が確立したエネルギー分野の覇権は、現代産業の根幹である半導体製造の安定性を直接的に脅かす。先端半導体の製造は極めて大きな電力を消費する「電力の塊」であり、台湾積体電路製造(TSMC)の2022年の電力消費量は211億kWhと、台湾全体の電力消費の約7.5%を占めるに至った。今後、回路線幅2ナノメートル以下の次世代半導体の量産が始まれば、電力需要はさらに増大する。中国は国内の太陽光発電や風力発電による安価な電力を武器に、国内の半導体工場(ファウンドリ)のコスト競争力を高める一方、エネルギー供給を地政学的な交渉材料として利用する可能性も否定できない。事実、中国政府は2023年8月、半導体材料であるガリウムとゲルマニウムの輸出に許可制を導入し、供給網を揺さぶった。太陽光パネルや蓄電池、それらの製造に不可欠なポリシリコンやリチウム化合物が、同様に他国への圧力手段として用いられるリスクは現実的なものとして認識され始めている。世界の工場が中国製の安価な太陽光パネルに依存して脱炭素を進めるほど、エネルギー安全保障上の脆弱性は高まるという構造的な問題を抱える。

米国「インフレ抑制法」が描く非中国網

中国のエネルギー・資源支配に対抗する米国の戦略の中核が、2022年8月に成立した「インフレ抑制法(IRA)」だ。同法は単なる気候変動対策ではなく、補助金や税額控除を通じて、EVや蓄電池のサプライチェーンから中国を排除し、北米中心の供給網を再構築することを目的とする。例えば、EV購入者に最大7500ドルの税額控除を適用する条件として、電池部材の一定割合を米国または自由貿易協定(FTA)締結国から調達することを義務付けた。2024年からは中国企業が製造・組み立てた電池部品を含むEVを、2025年からは中国で採掘・加工された重要鉱物を含むEVを、それぞれ補助金の対象から除外する。この政策は、韓国の現代自動車や欧州メーカーに米国での電池・EV生産への大規模投資を促す一方、CATLなど中国企業を事実上締め出す効果を持つ。米エネルギー省は国内の電池材料生産やリサイクル事業に数十億ドル規模の資金を提供しており、パナソニックエナジーや韓国の電池メーカーが米国での新工場建設を急ぐ背景となっている。これは、技術標準や製品規格だけでなく、サプライチェーンそのものを巡る米中間の陣取り合戦が激化していることを示している。

日本企業が直面する選択

米中両国がエネルギーと先端技術の供給網をめぐりブロック化を進めるなか、日本企業は難しい選択を迫られている。EV電池分野では、パナソニックエナジーが北米市場でテスラ向けを中心に事業を拡大する一方、多くの自動車メーカーや部材メーカーは依然としてコスト競争力に優れる中国製電池や材料への依存から抜け出せずにいる。太陽光パネルでは、国内生産はほぼ消滅し、産業用から家庭用に至るまで中国製品が市場を席巻している。半導体材料分野では、日本は高純度フッ化水素やフォトレジストなどで高い世界シェアを維持するが、その製造工程で使う電力や一部の汎用原料を中国に依存する構造も見られる。今後、IRAのような政策が米国以外の同盟国にも拡大すれば、日本企業はサプライチェーンの「脱中国化」を一段と加速させる必要に迫られる。具体的には、①北米や東南アジア、インドなどでの代替生産拠点の構築、②リチウムやニッケルなどの重要鉱物を非中国圏から調達する長期契約の締結、③ナトリウムイオン電池など、特定資源への依存度が低い次世代技術の開発、といった多面的な対応が不可欠となる。これは短期的なコスト増を意味するが、中長期的な事業継続リスクを低減するための不可避な投資と捉えるべき局面にある。政府も経済安全保障推進法に基づき、蓄電池などを「特定重要物資」に指定し国内生産を支援するが、中国の国家資本主義的な物量に対抗するには、民間企業の戦略的な判断がより一層重要になる。