中国の人工知能(AI)用半導体自給は、米国の先端製造装置禁輸措置を回避し、既存の深紫外線(DUV)露光装置を用いた成熟工程の改良に活路を見出している。2024年5月に設立が確認された国家集積回路産業投資基金(通称「大基金」)III期による3440億元(約7.4兆円)規模の資金投入を背景に、中芯国際集成電路製造(SMIC)や華為技術(ファーウェイ)が中核となり、AI演算能力の国内調達比率向上を急ぐ。この動きは、米エヌビディア製半導体の代替を目指す一方、サプライチェーンの上流に位置する日本の半導体製造装置・材料メーカーに新たな需要と地政学的な緊張をもたらしている。
国家基金III期 7.4兆円の使途
中国の半導体国産化を資金面で支える国家集積回路産業投資基金の第3期(大基金III期)が、過去最大規模で始動した。国家企業信用情報公示系統によれば、2024年5月24日付で登録資本金3440億元(約7.4兆円)にて設立された。これは2014年のI期(1387億元)、2019年のII期(2041億元)を大幅に上回る規模であり、米国の規制強化に対する国家としての危機感の表れと見られる。財務省や上海市政府などが出資者に名を連ね、半導体製造装置、高帯域幅メモリー(HBM)を含む先端実装技術、関連材料への重点投資が示唆されている。特に製造装置分野への配分は全体の6割に達するとの観測もあり、上海微電子装備(SMEE)などが開発する国産露光装置や、北方華創科技集団(NAURA)のエッチング装置の能力向上を後押しする見込みだ。米調査会社ロジウム・グループの2023年12月の報告書では、中国政府による半導体産業への補助金総額は過去10年で少なくとも1500億ドル(約23兆円)に上ると試算されており、今回のIII期はそれをさらに上積みする。しかし、過去の投資では紫光集団の経営破綻など失敗例も散見され、巨額資金が必ずしも技術的突破に直結しない構造課題も抱えている。
なぜDUVで5nm級が可能か
最先端の極端紫外線(EUV)露光装置の輸入が絶たれた中国が、どのようにして7ナノメートル(nm)、さらには5nm級の半導体を製造しようとしているのか。その鍵は、既存の深紫外線(DUV)リソグラフィー技術の応用範囲を極限まで押し広げる「多重露光」にある。具体的には、自己整合型ダブルパターニング(SADP)やクアッドパターニング(SAQP)と呼ばれる手法だ。これは、一度の露光で形成した回路パターンの側壁に絶縁膜を形成し、それをマスク(型板)としてさらに微細なパターンを刻む工程を2回または4回繰り返す技術である。オランダASML製の液浸DUV露光装置「TWINSCAN NXT:2050i」などが持つ解像限界(約38nm)を超え、理論上は7nmや5nmノードの要求する微細な配線形成が可能になる。SMICがファーウェイのスマートフォン「Mate 60 Pro」向けに供給した7nmチップ「Kirin 9000S」はこの技術で製造されたとみられる。ただし、多重露光は工程数が飛躍的に増加するため、製造時間が長くなり、ウエハー1枚あたりの生産コストがEUVを用いる場合に比べ2〜3倍に膨れ上がる。さらに、複数回の露光とエッチングを重ねる過程で生じるわずかな位置ずれが累積し、歩留まり(良品率)を著しく低下させる技術的障壁が存在する。米調査会社TechInsightsの分析では、SMICの7nmプロセスの歩留まりは50%未満と推定されており、商業ベースでの安定供給には課題が残る。
昇騰910C、A100代替の性能
中国のAI戦略で中核を担うのが、ファーウェイ傘下のハイシリコンが設計するAIアクセラレーター「昇騰(Ascend)」シリーズだ。2023年末に市場投入が確認された「昇騰910C」は、米国の輸出規制対象となったエヌビディア製「A100」の代替を明確に意識した製品である。SMICの7nm級プロセス(N+2)で製造され、FP16(半精度浮動小数点)演算性能で280 TFLOPS(毎秒280兆回)と公表されており、これはA100の312 TFLOPSに迫る水準だ。しかし、AIの学習・推論性能は、単純な理論演算性能だけでなく、チップ間の相互接続帯域やメモリー帯域、そしてソフトウェア・エコシステム(CUDAなど)の成熟度に大きく左右される。昇騰910Cが採用する独自アーキテクチャ「Da Vinci」と相互接続規格「HCCS」は、エヌビディアが長年築き上げてきた牙城に挑む途上にある。台湾の市場調査会社TrendForceが2024年4月に公表したリポートによれば、中国国内のAIサーバー市場における国産アクセラレーターのシェアは2024年時点で約12%に留まると予測されており、依然として規制対象外のエヌビディア製ダウングレード版(H20など)が優位を保っている。ファーウェイは、国内のクラウド事業者や政府機関への納入を通じて実績を積み、2026年までにこのシェアを25%以上に引き上げることを目指しているとみられる。
国産化の死角、先端材料とEDA
中国が巨額の資金を投じて製造装置やチップ設計の国産化を進める一方、サプライチェーンには依然として深刻な脆弱性が存在する。特に、半導体製造に不可欠な先端材料と設計自動化ツール(EDA)の分野では、海外依存から脱却できていない。例えば、DUVリソグラフィーで用いられるArF(フッ化アルゴン)液浸用フォトレジスト(感光材)市場では、JSR、信越化学工業、東京応化工業といった日本企業が世界シェアの約7割を握る。中国国内メーカーも開発を急ぐが、不純物管理や品質の安定性で日本勢に及ばず、特に多重露光で要求される厳しい膜厚均一性を満たす製品の量産には至っていない。同様に、回路の微細化に伴い需要が拡大するCMP(化学機械研磨)スラリーや、洗浄工程で用いる高純度フッ化水素においても、日本や米国の特定企業への依存度は高い。もう一つの急所がEDAツールだ。チップの複雑な回路設計は、米国のシノプシス、ケイデンス・デザイン・システムズ、独シーメンスEDAの3社が市場を寡占するソフトウェアなしには不可能である。米国政府は2022年以降、先端プロセス向けEDAツールの対中輸出を厳しく規制しており、中国勢は旧世代のツールで設計を続けるか、国産ツールの性能向上を待つしかない状況だ。この「材料」と「設計ツール」という二つのボトルネックが、中国の半導体自給戦略の達成時期を左右する最大の変数となっている。
日本企業が直面する選択
中国の半導体国産化に向けた巨大投資は、日本の関連企業に複雑な選択を迫る。一方では、米国の規制対象外である成熟プロセス(28nm以上)向けの製造装置や汎用材料に対する需要が拡大するという事業機会がある。東京エレクトロンやSCREENホールディングスが手掛ける洗浄装置やコータ・デベロッパ、ディスコのダイシングソー(切断装置)などは、中国の多数の新規工場計画において引き合いが強い。実際、日本半導体製造装置協会(SEAJ)の統計によれば、2023年度の日本製装置の仕向地別販売額で中国は全体の4割超を占め、最大の顧客であり続けている。しかし、他方では深刻なリスクも存在する。米国がエンティティ・リスト(禁輸対象リスト)を拡大し、取引先が突然指定される地政学リスクは常に付きまとう。また、中国国内での装置・材料開発が加速する中で、日本企業は技術的優位性をいかに保ち、模倣や技術流出を防ぐかという課題に直面する。長期的に見れば、中国市場への過度な依存は経営の不安定要因となりかねない。このため、多くの企業は東南アジアやインドへの生産移管・販路拡大を進める「チャイナ・プラスワン」戦略を継続している。先端技術分野では経済安全保障の網を厳しく張りつつ、規制が及ばない領域では巨大な中国内需を着実に取り込む。この二つの側面の均衡をいかに取るかが、今後数年間の日本企業の競争力を決定づける重要な経営判断となるだろう。
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