中国が米国の半導体輸出規制という逆風下で、人工知能(AI)と第5世代移動通信システム(5G)を国家戦略の核に据え、技術的自立を急いでいる。その目標は、2030年までにAI分野で世界を主導する水準に到達することだ。この動きは、中国国内のデジタル経済を2022年時点で50.2兆元(約1000兆円、出典:中国情報通信研究院)規模に押し上げる一方、華為技術(ファーウェイ)や中芯国際集成電路製造SMIC)といった中核企業を通じて、世界の半導体供給網に構造変化を迫る。日本の製造装置・素材メーカーは、この巨大な変局で新たな商機と地政学的な危難の双方に直面する。

先端なき5G網、量的拡大の限界

中国の5G網整備は、まず量的な拡大で世界を圧倒する。中国工業情報化部が2024年1月に公表した統計によれば、国内の5G基地局数は2023年末時点で337.7万局に達し、世界の6割以上を占める。5G利用者も8億人を超え、巨大な国内市場が関連産業を牽引する構図だ。しかし、その質的な側面、特に中核を成す半導体の性能には深刻な制約が付きまとう。米国の輸出規制により、中国企業は回路線幅5ナノメートル(nm、1ナノは10億分の1メートル)以下の最先端半導体の設計・製造能力を事実上、外部から遮断されているためだ。

象徴的なのが、華為技術が2023年8月に発表したスマートフォン「Mate 60 Pro」だ。搭載された7nm半導体はSMICが製造したと見られ、国内の技術力を誇示したが、その製造には旧世代のDUV(深紫外線)露光装置が用いられた。最先端のEUV(極端紫外線)露光装置はオランダのASMLから輸入できず、歩留まり(良品率)の低さや高い製造費用といった課題を抱える。DUVを駆使した多重露光技術は、EUVを用いる場合に比べ工程が複雑化し、1枚のウエハーを処理する時間も長くなる。米国の調査会社、TECHCETの2024年3月の報告書は、中国の成熟工程(28nm以上)半導体の生産能力は2027年までに世界シェアの39%に達すると予測するが、先端分野での断絶は埋めがたい。この技術的な格差は、将来の6G通信や高度なAI処理で要求される高性能半導体の供給において、中国の致命的な弱点となりかねない。

AI基盤、なぜ「算力」増強を急ぐのか

中国政府が「算力」(コンピューティング能力)の増強を国家目標に掲げる背景には、先端半導体の不足を、計算基盤の物量で補うという戦略がある。AIモデルの性能は、計算資源の量に大きく依存するためだ。工業情報化部が2023年10月に発表した「算力基礎施設高品質発展行動計画」では、2025年までに総計算能力を300EFLOPS(エクサフロップス、毎秒30京回の計算能力)に引き上げる目標を明記した。これは2022年時点の180EFLOPSから6割以上の上乗せとなる。

この目標達成のため、中国はデータセンター建設を急ピッチで進めている。特に、米NVIDIA製の高性能AI半導体「A100」や「H100」が輸入禁止となったことで、国内企業は代替品の開発・導入を迫られた。華為技術の「昇騰(Ascend)910B」や、阿里巴巴(アリババ)集団傘下の半導体設計会社T-Headが開発した「含光800」などがその代表例だ。これらの性能はNVIDIA製品に及ばないとされるが、政府調達や国内大手IT企業による大量採用でエコシステムを形成しつつある。市場調査会社TrendForceの2024年4月の分析では、中国企業が開発したAI半導体の性能はNVIDIAの最先端品に比べ2〜3世代遅れているものの、特定の用途では実用的な水準に達していると指摘する。中国は、個々の半導体の性能差を、データセンターの規模とネットワーク化された分散処理技術で克服しようと試みている。これは、技術的な制約を前提とした、現実的な選択と言える。

「国産化70%」目標と日本の装置産業

中国政府が掲げる「2025年までに半導体自給率70%」という目標は、日本の製造装置・素材メーカーにとって無視できない地殻変動を意味する。この目標は2015年に発表された産業政策「中国製造2025」に端を発するもので、米国の規制強化を受けてその重要性が一層高まった。達成は容易ではないが、巨額の国家投資が国内の装置・素材産業を強力に後押ししている。中国の半導体製造装置市場は、SEMIの2024年4月の統計で、2023年に前年比29%増の366億ドルに達し、世界最大となった。この巨大な需要が、中国国内メーカーの成長を促しているのだ。

例えば、エッチング装置では中微半導体設備(AMEC)、洗浄装置では盛美半導体設備(ACM Research)などが急速に技術力を高め、中国国内の半導体工場で採用実績を伸ばしている。AMECの2023年通期決算では、売上高が前年比32.1%増の62.6億元に達した。彼らの装置はまだ東京エレクトロンや米ラムリサーチといった世界大手には及ばない部分も多いが、成熟工程では価格競争力を武器にシェアを拡大している。日本の装置メーカーは、最先端分野での技術的優位性を保つ一方、成熟工程では中国勢との厳しい競争に直面する。特に、米国が規制を強化していないDUV露光装置や関連部品、検査装置などでは、中国からの需要が当面続くと見られる。しかし、中国国内メーカーの技術が向上すれば、いずれその需要も内製に切り替わる危険性をはらむ。日本の関連企業は、短期的な収益機会と長期的な競争力低下のリスクを天秤にかける難しい経営判断を迫られている。

素材国産化が揺らす日本の牙城

半導体製造の根幹を支える素材分野でも、中国の国産化の動きは日本の優位性を揺さぶり始めている。シリコンウエハー、フォトレジスト(感光材)、高純度化学薬品といった分野は、これまで信越化学工業やSUMCO、JSR、東京応化工業といった日本企業が世界市場で高いシェアを維持してきた領域だ。特にEUV露光に不可欠なフォトレジストは、日本勢が世界シェアの約9割を握る「牙城」である。

しかし、中国では政府の補助金を受けた素材メーカーが次々と生産能力を増強している。上海新昇半導体(NSIG)は直径300mmのシリコンウエハーの量産を拡大し、SUMCOや信越化学の背中を追う。フッ化水素では、多氟多化工(DFD)などが半導体用の超高純度品の生産に乗り出した。日本のステラケミファや森田化学工業が握る市場への挑戦だ。Gartnerの2024年2月の予測によれば、中国の素材メーカーは、2026年までに国内の成熟工程向け需要の40%以上を供給可能になる可能性がある。この動きは、2019年に日本政府が韓国向けに実施したフッ化水素などの輸出管理強化措置が、結果として韓国サムスン電子などの素材内製化を促した構図と重なる。中国も同様に、外部からの供給途絶リスクを回避するため、品質や費用面で劣っていても国産品の採用を優先する「政策的代替」を進めている。これは、日本の素材メーカーにとって、これまで安定した収益源であった中国市場の構造が根本から変わることを意味する。技術的な優位性だけでは、市場を維持できなくなる時代が近づいている。

日本企業が直面する二つの岐路

米中技術摩擦と中国の国産化戦略が交差する中で、日本の半導体関連企業は二つの岐路に立たされている。一つは、米国の規制に準拠し、先端技術分野で西側諸国との連携を深める道だ。Rapidus(ラピダス)が目指す2nm半導体の国産化プロジェクトのように、次世代技術の開発で主導権を握り、中国勢が追随できない領域で競争優位を築く戦略である。アドバンテストやレーザーテックのような検査・測定装置メーカーは、先端プロセスに不可欠な技術を提供することで、この流れの中で重要な役割を担う。

もう一つの道は、規制対象外である成熟・旧世代の技術分野で、巨大な中国市場との関わりを維持・再構築することだ。中国は電気自動車(EV)や産業用機器向けに、28nm以上の成熟工程半導体を大量に必要としており、この需要は当面なくならない。ディスコのダイシングソー(切断装置)やSCREENホールディングスの洗浄装置など、幅広い工程で高いシェアを持つ日本企業にとって、この市場は依然として魅力的だ。しかし、ここでも中国国内メーカーとの競争激化は避けられない。さらに、米国の規制が今後、成熟工程へも拡大する地政学的な危難も常に念頭に置く必要がある。

どちらの道を選択するにせよ、もはや単一の戦略で生き残ることは難しい。先端と成熟、西側と中国、それぞれの市場の特性と危難を見極め、事業ポートフォリオを分散させることが不可欠となる。日本の産業界が長年培ってきた装置・素材分野での基盤技術は、依然として強力な交渉力を持つ。この技術力を、経済安全保障の観点からどう戦略的に活用していくか。経営層には、目先の収益だけでなく、10年先の世界の供給網地図を見据えた、冷静かつ大胆な判断が求められている。