中国のEC大手JD.comとフードデリバリー大手「美団(Meituan)」が、データセキュリティを理由にChatGPTなど外部の生成AIツールの社内利用を禁止していることが明らかになった。これは、自社の膨大な顧客データを保護し、独自のAIモデル開発で主導権を握るための「データ囲い込み」戦略の一環とみられる。中国IT大手によるAI覇権争いが、新たな局面を迎えている。

なぜ今、重要か

この動きは、中国政府が2021年に施行した「データセキュリティ法」や「個人情報保護法」を背景に、データ主権の確保が国家レベルの課題となっている中で起きた。米国の半導体輸出規制が強まる中、中国のテクノロジー大手は独自のAIエコシステム構築を急いでおり、その核心となるのがデータだ。ブルームバーグの報道によれば、Alibabaテンセントも同様の内部統制を強化しており、今回のJD.comらの動きは業界全体のトレンドを象徴している。

データ保護を名目に「壁のある庭」を構築

発端は、JD.comのインターン生が社内ネットワークから競合の「ピンドゥオドゥオ(Pinduoduo(拼多多), Pinduoduo)」が提供する「100億元補助金」と呼ばれる販促キャンペーンページにアクセスできないとSNSに投稿し、注目を集めたことにある。これは、企業が競合他社のサービスへのアクセスを制限する、いわゆる「壁のある庭(Walled Garden)」戦略の一端とされる。

中国メディア「36Kr」の取材で、JD.comや美団が業務データや機密情報の外部流出リスクを理由に、ChatGPTやMidjourneyといった外部生成AIツールの利用を厳しく制限している実態が判明した。従業員数約40万人(2023年末時点)を抱えるJD.comにとって、情報漏洩は経営を揺るがしかねない重大なリスクと位置づけられている。

AI覇権争いと「囲い込み」のジレンマ

利用制限の真の目的は、EC取引、物流、決済などから得られる膨大なデータを「現代の石油」として自社内に留め、独自のAIモデル開発で優位に立つことにある。Alibabaの「Qwen通義千問)(Tongyi Qianwen)」、バイドゥの「文心一言ERNIE Bot)」、テンセントの「混元(Hunyuan)」など、中国の巨大IT企業は独自のLLM開発に年間数十億ドル規模の投資を行っており、データの「囲い込み」競争が激化している。

しかし、この動きは諸刃の剣だ。外部の高性能AIツールを遮断することは、短期的な業務効率やイノベーションの速度を低下させるリスクを伴う。自社AIの開発競争と、目先の生産性向上の間で、各社は難しい舵取りを迫られている状況にある。

技術解説

中国テック大手のLLM開発は、米国からの技術的制約という逆風の中で独自の進化を遂げている。

  • 訓練データ: JD.comは5億人以上のアクティブユーザーから得られる購入履歴やレビュー、美団は6億人以上のユーザーの食事や生活サービス利用データを保有する。これらの高品質な独自データは、汎用的なWebデータで学習したモデルに対する強力な差別化要因となる。データセットの規模は各社とも数兆トークンに達するとみられる。
  • 計算リソース: 米国によるNVIDIA製高性能GPU(A100/H100)の輸出規制は、中国のAI開発に大きな影響を与えた。このため、ファーウェイ傘下のハイシリコンが開発した「Ascend 910B」など、国産AIチップへの依存が急速に進んでいる。これらのチップは性能面でNVIDIA製に劣るものの、国内で安定供給が可能であり、データセンターへの大規模導入が進む。Canalysの調査によると、中国のクラウドインフラ市場における国産チップの割合は2025年までに20%を超えると予測されている。
  • モデルアーキテクチャ: Alibabaの「Qwen通義千問)2.5」は、オープンソース版も公開し、開発者コミュニティの取り込みを図る。一方、多くの企業はAPI経由でのサービス提供を主軸とし、自社データとAIモデルをブラックボックス化する戦略をとる。これにより、技術の模倣を防ぎつつ、データ主権を維持している。

結論:日本への示唆

JD.comや美団による外部AI利用制限は、日本企業にとって複数の影響を及ぼす。まず、中国市場におけるデータ連携の障壁が高まる。例えば、日本企業がJD.comのECプラットフォームで事業展開する際、顧客データ分析やマーケティングに外部AIツールを活用することが困難になる。これは、日本のSaaS企業が提供するAIソリューションの中国市場での展開機会を阻害し、現地のデータ規制に特化したサービス開発を余儀なくさせる。

次に、中国IT大手の「Walled Garden」戦略は、日本企業が中国で事業を行う上での情報収集コストを増加させる。Pinduoduoの「百億補貼」機能へのアクセス制限に見られるように、中国企業間のデータ共有が制限されることで、市場動向や競合分析に必要な情報が断片的になり、意思決定の精度が低下するリスクがある。

最後に、中国企業の自社AI開発加速は、日本企業とのAI技術格差を拡大させる可能性がある。中国IT大手が「現代の石油」と称されるデータを囲い込み、独自のAIモデル開発に注力することで、将来的に中国発のAI技術が国際標準となるリスクがある。日本企業は、中国市場での競争力を維持するため、データ連携に関する新たなビジネスモデル構築や、自社でのAI開発・活用戦略の再検討が喫緊の課題となる。

出典・参考