中国が半導体自給率の向上を掲げ、過去最大規模となる3440億元(約7兆円)の政府系基金を設立した。通称「国家大基金」と呼ばれる国家集成電路産業投資基金の第三期にあたる。米国の先端技術への輸出規制強化を受け、戦略を転換。先端分野の追走から、規制対象外である28ナノメートル(nm)以上の成熟・旧世代半導体の国内生産能力の極大化へと軸足を移した。この動きは、製造装置や先端材料で世界市場を握る日本企業群にとって、新たな事業機会と技術流出リスクが交錯する複雑な局面の到来を意味する。

国家基金・第三期の狙い、3440億元の使途

2024年5月に登記された第三期基金は、規模において第一期(2014年、1387億元)、第二期(2019年、2041億元)を大幅に上回る。中国財政部が最大の出資者となり、国有大手銀行が続く構成は従来通りだ。過去の基金は、中国の半導体受託製造(ファウンドリー)最大手の中芯国際集成電路製造SMIC)や、記憶素子大手の長江存儲科技(YMTC)などに集中的に投じられ、一定の成果を上げた。例えば、YMTCは米マイクロン・テクノロジーや韓国サムスン電子に次ぐ232層NAND型フラッシュメモリーの量産技術を確立。これは第二期基金の支援が結実した例と見られる。しかし、先端論理半導体ではSMICが7nm世代の製造に成功したと報じられつつも、歩留まりの低さや製造費用の高さから商業ベースの量産には至っていないのが実情だ。第一期、第二期の投資回収は、公開情報からは必ずしも順調とは言えず、一部投資先は経営不振に陥っている。こうした過去の教訓から、第三期では投資対象の選別と管理がより厳格化されると見られる。投資の重点分野は、半導体製造装置(特に露光、エッチング、成膜装置)、先端材料(フォトレジスト、高純度化学物質、シリコンウエハー)、そしてEDA(電子設計自動化)ソフトウェアの国産化技術開発に置かれる公算が大きい。

なぜ旧世代半導体の増産に注力するのか?

第三期基金が成熟・旧世代半導体へ戦略の重心を移す背景には、米国の厳格な輸出規制がある。米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月に導入した包括的規制は、14nm以下の論理半導体、128層以上のNANDメモリー、18nmハーフピッチ以下のDRAMに関連する米国製製造装置や技術の対中輸出を事実上禁じた。これにより、中国が独力で先端半導体の生産能力を拡大する道は極めて困難になった。そこで活路として見出されたのが、規制対象外の28nm以上の旧世代半導体である。この領域は、電気自動車(EV)や産業機器、IoT(モノのインターネット)機器向けの電力制御用ICやセンサー、通信用半導体などで依然として膨大な需要が存在する。調査会社TrendForceが2024年3月に公表した予測によれば、世界の成熟プロセス(28nm以上)における中国の生産能力シェアは、2023年の31%から2027年には39%へと拡大する見通しだ。これは他地域の合計を上回る規模であり、中国政府は国内需要の充足のみならず、世界市場への供給拠点となることで、半導体供給網における影響力を確保する狙いがあると分析される。米国が先端技術で封じ込めるなら、中国は汎用技術の物量で対抗するという非対称な競争の構図が鮮明になっている。

EUVなき製造工程、国産化の現実的障壁

中国の半導体国産化には、製造装置と材料の面で依然として高い壁が存在する。特に深刻なのが、回路線幅を微細化するリソグラフィー(露光)工程だ。最先端のEUV(極端紫外線)露光装置は、オランダのASMLが市場を独占するが、オランダ政府が米国の要請に応じ輸出許可を出しておらず、中国への供給は絶望的だ。一つ前の世代のDUV(深紫外線)液浸露光装置も、最新機種は規制対象となっている。中国の上海微電子装備(SMEE)が開発したDUV液浸露光装置「SSA/800-10W」は、解像度が28nm相当にとどまるとされる。これはASMLの同世代機「TWINSCAN NXT:2000i」と比較して、1時間あたりのウエハー処理枚数(WPH)などの生産性で大きく劣後し、量産適用には課題が多い。また、露光後の回路パターンを形成するエッチング工程では、東京エレクトロンや米ラムリサーチが高い技術力を持つ。中国の北方華創科技集団(NAURA)や中微半導体設備(AMEC)が追い上げるが、微細な加工精度や均一性ではまだ差がある。材料分野では日本の優位性がさらに際立つ。EUV用フォトレジスト(感光材)はJSR、信越化学工業、東京応化工業の日本3社で世界市場の約9割を占める。高品質なシリコンウエハーも信越化学工業とSUMCOで世界シェアの約6割を握っており、中国勢が12インチ(300mm)の高品質ウエハーを安定調達するには、依然として日本からの輸入に依存せざるを得ないのが現状だ。

28nm市場の需給構造、価格破壊の予兆

第三期基金による後押しを受けた中国勢の成熟・旧世代半導体への大規模投資は、世界的な需給バランスを大きく揺るがす可能性がある。特に28nmから90nm世代の半導体は、自動車の電動化を支えるマイコン(MCU)や電源管理IC(PMIC)、ディスプレイドライバーIC(DDIC)など、幅広い用途で使われている。SMICや華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)などが生産能力を急拡大させれば、2025年以降、これらの品目で供給過剰が生じ、価格競争が激化するシナリオが現実味を帯びる。台湾の調査会社、集邦科技(TrendForce)の2024年5月の報告では、中国のファウンドリーはすでに稼働率を維持するため、一部の旧世代工程で最大30%の価格引き下げに踏み切っていると指摘されている。この動きが加速すれば、これまで安定した収益源としてきた台湾の聯華電子(UMC)や世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)の同世代プロセス、さらには日本のルネサスエレクトロニクスやロームといったIDM(垂直統合型デバイスメーカー)の収益にも影響が及ぶ可能性がある。ただし、車載向けなど高い信頼性が要求される半導体では、顧客からの品質認証に長い時間を要する。このため、中国勢が単に価格の安さだけで市場を席巻できるかは不透明であり、品質と信頼性の実績を積み上げられるかが今後の焦点となる。

日本企業が直面する踏み絵

中国の巨大基金を背景とした国産化の動きは、日本の半導体関連産業に二律背反の課題を突きつける。東京エレクトロン、SCREENホールディングス、ディスコといった製造装置メーカーや、信越化学工業、SUMCO、JSRといった素材メーカーにとって、中国は売上高の3割から4割を占める巨大市場だ。米国の規制対象外である成熟・旧世代向け製品の需要は旺盛で、短期的には大きな事業機会となる。しかし、その一方で、中国企業への装置や材料の供給は、結果的に彼らの技術力向上を助け、将来の競合を育てることにもつながりかねない。特に、装置の販売に伴う技術サポートや、材料の共同開発といった関与の深化は、ノウハウの流出リスクを増大させる。日本政府が2023年7月に先端半導体製造装置23品目の輸出管理を強化したように、経済安全保障の観点からの規制は今後さらに広がる可能性がある。企業は、地政学リスクを織り込んだ事業継続計画(BCP)の再構築を迫られている。供給網の複線化や、技術の核心部分をブラックボックス化するなどの自衛策が不可欠だ。中国という巨大な機会とリスクを前に、日本の半導体産業は、目先の利益と長期的な国益・企業益を天秤にかける難しい判断を迫られている。