中国人民解放軍による台湾周辺での軍事演習は、世界の半導体供給網、特に先端プロセスを独占する台湾積体電路製造(TSMC)への依存構造が持つ脆弱性を改めて浮き彫りにした。世界の先端半導体(7ナノメートル以下)生産の9割超が台湾一極に集中する現状は、地政学的緊張がそのまま世界経済の致命傷になりかねない危うさをはらむ。TSMCや米エヌビディア、蘭ASMLといった巨大企業群が織りなす供給網の中で、日本の素材・装置メーカーは重要な結節点を担う。軍事的威嚇が常態化するなか、生産拠点の分散化と事業継続計画の再構築は、日本企業にとって待ったなしの経営課題となっている。
演習が示す「台湾封鎖」の現実味
中国人民解放軍東部戦区が台湾周辺で実施した統合軍事演習は、単なる武力誇示にとどまらない。その狙いは、台湾を経済的・物理的に孤立させる「封鎖」能力の検証と誇示にあると見られる。演習区域が台湾の主要港湾や空路を囲むように設定された事実は、平時から有事への移行が兵站、とりわけ海上輸送路の遮断から始まる可能性を示唆する。国連貿易開発会議(UNCTAD)の2023年報告によれば、世界の海上コンテナ輸送量の約半分が台湾海峡を通過しており、この海域の機能不全は世界物流に即時かつ深刻な影響を及ぼす。半導体のような高付加価値製品は航空輸送が主だが、その航空路も演習空域と重なり、有事の際の輸送途絶リスクは否定できない。台湾経済部統計処によると、2023年の台湾の電子部品輸出額は1787億ドルに達し、その大半が半導体関連である。この巨大な経済活動が、軍事演習という物理的圧力によって一瞬にして停止しうる現実を、今回の演習は突きつけた。これは、半導体を購入する川下企業だけでなく、台湾に部材や装置を輸出する日本企業にとっても、売上の機会損失に直結する問題である。
なぜTSMCの代替は不可能なのか?
台湾の半導体産業の中核を成すTSMCが代替困難な理由は、その圧倒的な技術的優位性と生産規模にある。同社は回路線幅3ナノメートル(1ナノは10億分の1メートル)といった最先端プロセスの量産を世界で唯一実現している。この微細加工を支えるのが、蘭ASML製の極端紫外線(EUV)露光装置である。1台500億円以上ともいわれるこの装置を、TSMCは100台以上保有しているとされ、他社の追随を許さない。市場調査会社TrendForceの2023年第4四半期調査では、TSMCは半導体受託生産(ファウンドリ)市場で61.2%の売上高シェアを占め、特に7ナノ以下の先端プロセスに限ればそのシェアは9割を超えると推定される。この独占的地位は、物理的な生産能力の集中を意味する。仮にTSMCの工場が稼働を停止すれば、米アップルのiPhoneや米エヌビディアのAI用半導体など、世界のデジタル経済を駆動する製品の生産が連鎖的に止まる。TSMCが2024年に計画する約320億ドルの設備投資の多くも台湾域内に投じられる見通しで、技術的優位性と生産集中はさらに加速する。この構造が、台湾有事のリスクを世界経済全体のリスクへと増幅させる根本原因となっている。
日本の素材・装置、台湾依存の構造
日本の半導体関連産業は、台湾、とりわけTSMCとの分業構造に深く組み込まれている。最終製品としての半導体市場における日本のシェアは10%未満に低下したが、製造工程に不可欠な素材や装置の分野では依然として高い競争力を維持する。例えば、EUVリソグラフィー工程で使われる感光材「フォトレジスト」では、JSR、信越化学工業、東京応化工業といった日本企業が世界シェアの約9割を握る。半導体の基板となるシリコンウエハーでも、信越化学工業とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を占める。製造装置においても、塗布・現像装置で東京エレクトロン、洗浄装置でSCREENホールディングス、切断装置でディスコがそれぞれ世界首位級のシェアを持つ。これら日本企業の売上は台湾市場への依存度が高い。東京エレクトロンの2024年3月期決算における地域別売上高構成比では、台湾向けが22.3%を占める。これは、TSMCをはじめとする台湾企業の大規模な設備投資に支えられていることを意味する。台湾有事によって現地の工場が停止すれば、日本企業の製品を納入する先が失われるだけでなく、装置の保守や材料供給といった継続的な事業も停滞し、業績に深刻な打撃が及ぶことは避けられない。
米欧日の補助金競争と生産分散化
台湾への一極集中リスクを低減するため、日米欧各国は自国領内での半導体生産能力の強化に乗り出している。その核となるのが、巨額の補助金をてこにした工場の誘致だ。米国は2022年に成立したCHIPS法に基づき、半導体生産・研究開発に総額527億ドルの補助金を投じる。欧州連合(EU)も「欧州チップス法」を掲げ、官民で430億ユーロを投じて域内シェアを2030年までに20%へ倍増させる目標を掲げる。日本政府も同様に、TSMCの熊本工場(運営会社:JASM)に対し、第1工場に最大4760億円、建設中の第2工場には最大7320億円の助成を決定した。こうした動きを受け、TSMCは熊本や米アリゾナ州、独ドレスデンでの新工場建設を進めている。しかし、この分散化には課題も多い。TSMCのアリゾナ工場は、熟練労働者の不足やコスト高を理由に稼働開始が2025年に遅延。熊本工場は順調に立ち上がったものの、TSMCの全生産能力に占める割合は数パーセントに過ぎない。最先端プロセスの研究開発や量産は依然として台湾本社に集中しており、海外拠点は一世代から二世代前の汎用プロセスが中心となる見込みだ。供給網の「危険低減」は始まったばかりであり、その実効性が問われている。
日本企業が直面する選択
台湾を巡る地政学的緊張の高まりは、日本の半導体関連企業に事業戦略の根本的な見直しを迫っている。短期的には、台湾の顧客との取引を継続しつつ、不測の事態に備えた事業継続計画(BCP)の精緻化が急務となる。これには、製品在庫の積み増し、代替輸送ルートの確保、台湾駐在員の緊急退避計画などが含まれる。中長期的には、TSMCなどが進める生産拠点の多角化に追随し、自社の製造・サポート拠点も分散させることが重要な選択肢となる。JSRが熊本に新設した研究開発拠点や、東京エレクトロンが米欧日の新工場周辺にサポート体制を強化しているのはその一例だ。しかし、海外での事業展開は、人件費や資材コストの上昇、現地での人材確保、商慣習の違いといった新たな課題を生む。また、日本の素材・装置メーカーの強みは、国内に集積する多数の下請け企業や研究機関との緊密な連携にある。この「擦り合わせ」の生態系を海外で再現するのは容易ではない。台湾リスクを回避するための分散化が、結果として日本企業の競争力の源泉を損なう可能性も否定できない。地政学リスクと経済合理性の間で、各社は難しい舵取りを要求されている。
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