中国の軍事近代化が、単なる兵器の増強から、その根幹を支える先端技術の自給体制構築へと軸足を移している。空母「福建」の動力を制御する電力半導体から、最新スマートフォンに搭載された7ナノメートル(nm、ナノは10億分の1)世代の半導体まで、その核心には米国の輸出規制を回避し、独自の技術体系を築こうとする国家的な意思が透けて見える。この動きは、世界の半導体供給網、とりわけ製造装置で世界市場の約3割、先端材料で5割超を占める日本企業にとって、新たな地政学リスクと事業機会を同時に突きつけている。本稿では、軍民融合で進む中国の技術開発の最前線を解剖し、日本が直面する戦略的選択肢を深く分析する。
空母「福建」が示す電力制御技術の進歩
2024年5月に初の試験航海を実施した中国の3隻目の航空母艦「福建」は、同国の軍事技術の到達点を示す象徴的な存在だ。特に注目されるのが、蒸気式に代わり採用された電磁式航空機射出機(カタパルト)である。これは米海軍の最新鋭空母「ジェラルド・R・フォード」級に次ぐ2例目の実装であり、瞬間的に巨大な電力を精密に供給・制御する高度な技術力が不可欠となる。このシステムの心臓部を担うのが、IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)と呼ばれる電力用半導体だ。IGBTは、鉄道や電気自動車、産業機器のモーター制御に広く使われる部品で、高電圧・大電流を高速で断続する能力を持つ。電磁式射出機では、航空機の重量に合わせて射出エネルギーをミリ秒単位で調整するため、高性能なIGBTが多数必要となる。中国は長年、この分野でドイツのインフィニオンテクノロジーズや日本の三菱電機、富士電機といった海外企業に依存してきたが、近年は国家戦略として国産化を強力に推進。中国中車傘下の中車時代電気(CRRC Times Electric)などが生産能力を増強し、軍事転用可能な水準の製品供給体制を構築したと見られる。ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2024年4月に公表した報告書によれば、中国の2023年の軍事支出は推定2960億ドルに達し、前年から6.0%増加。30年近く連続で増加しており、この資金がIGBTのような基幹部品の国内開発にも注がれている。市場調査会社Yole Groupの2023年調査では、世界のIGBT市場で中国企業の占有率はまだ2割程度だが、国内需要の充足率は急速に高まっており、安全保障と直結する軍事用途での自給が優先されている実態が浮かび上がる。
旧型装置でなぜ7nm半導体を製造できたのか
2023年8月、華為技術(ファーウェイ)が発売したスマートフォン「Mate 60 Pro」は、世界の半導体業界に衝撃を与えた。搭載されていたプロセッサー「Kirin 9000S」が、中国の半導体受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)の7nm工程で製造されていたことが分解調査で判明したためだ。米国政府は2020年以降、SMICに対し先端半導体の製造に不可欠なEUV(極端紫外線)露光装置の輸出を厳しく制限してきた。EUV技術なしでの7nm量産は困難と見られていただけに、その実現手法に注目が集まっている。分析によれば、SMICは一世代前のDUV(深紫外線)液浸露光装置を使い、回路パターンを複数回に分けてウエハーに焼き付ける「多重露光(マルチパターニング)」技術を駆使したとみられる。具体的には、オランダASML製の「NXT:2000i」といったDUV装置で、リソグラフィー(露光)とエッチング(食刻)の工程を2回以上繰り返す手法だ。これは台湾積体電路製造(TSMC)も7nm世代の初期に採用したが、工程数が大幅に増えるため歩留まり(良品率)の確保が難しく、製造費用も高騰する。TechInsightsが2023年9月に発表した調査報告は、この「Kirin 9000S」がSMICの第2世代7nm工程(N+2)で製造されたと結論付けた。米国の輸出規制は、16nm/14nm世代以下のロジック半導体製造に関わる米国製装置・技術の輸出を原則禁じているが、SMICは規制強化前に導入した装置群と、日本製の製造装置や材料を組み合わせて生産ラインを構築した可能性が高い。この「ブレークスルー」は、米国の技術規制が万能ではないことを示す一方、高い製造費用と低い歩留まりという経済合理性の壁に直面しており、現時点では限定的な生産に留まるとの見方が支配的だ。
日本の製造装置・材料への依存という構造
中国の半導体国産化の進展は、皮肉にも日本の半導体製造装置および材料メーカーへの依存度を高めるという構造を持つ。SMICが7nm半導体を製造したDUV多重露光工程では、EUV工程以上に多くの装置と材料が必要となる。例えば、微細な回路を形成するためのフォトレジスト(感光材)は、露光回数が増えるほど消費量も増大する。EUV用フォトレジスト市場ではJSRや信越化学工業、東京応化工業といった日本企業が世界市場の9割以上を占めるが、DUV用でもその優位は揺るがない。また、回路線幅が狭まるほど、ウエハー表面の平坦化に用いるCMP(化学機械研磨)工程の重要性が増す。CMPスラリー(研磨剤)やパッドにおいても、日本の素材メーカーは高い競争力を持つ。日本の財務省が公表した貿易統計によれば、2023年の半導体製造装置の対中輸出額は、前年比46.9%増の1兆4439億円に達し、過去最高を記録した。これは、米国が先端装置の輸出を規制する一方で、規制対象外である旧世代のDUV装置や関連部品、洗浄・検査装置などの需要が中国で急増したことを示している。半導体産業の国際団体であるSEMIが2024年4月に発表した予測では、中国は2024年に世界最大の半導体製造装置市場の地位を維持し、その販売額は400億ドルを超えると見込まれる。中国企業は、米国の規制網の隙間を縫って旧世代の装置を大量に調達し、人海戦術的な研究開発で性能の限界を引き上げようとしている。この動きは、東京エレクトロンやSCREENホールディングス、アドバンテストといった日本の装置メーカーに短期的な収益機会をもたらすが、同時に米国の規制強化の次の標的となるリスクもはらんでいる。
迫られる供給網の再評価と技術防衛
中国の軍民融合による半導体自給の動きは、日本の経済安全保障に二つの大きな問いを投げかける。一つは、自社の技術や製品が意図せず中国の軍事力強化に利用される「非意図的技術移転」のリスク管理である。もう一つは、地政学的な緊張が激化した場合に、中国市場への過度な依存が経営の脆弱性となりうる点だ。特に、日本の強みである半導体材料分野は、代替が困難な特殊化学品が多く、輸出管理の重要性が増している。2019年に日本政府が韓国向けに実施したフッ化水素などの輸出管理厳格化措置は、特定品目が供給網の急所となりうることを示した。中国が将来、同様の手段を外交的な圧力として用いる可能性は否定できない。経済産業省が2023年7月から施行した先端半導体製造装置23品目の輸出管理強化は、こうしたリスクへの対応の一環だ。この規制は、特定の国を名指ししてはいないものの、事実上、中国を念頭に置いたものであり、米国やオランダと足並みを揃えた措置である。しかし、規制対象外の汎用的な装置や材料、部品については、依然として中国への輸出が続いている。中国税関総署の統計によれば、2024年1〜3月期の日本からの半導体製造装置の輸入額は前年同期比で82%増加しており、規制強化後も駆け込み需要や迂回調達が活発であることを示唆している。企業にとっては、短期的な商機と長期的な地政学リスクを天秤にかけ、顧客の最終用途(エンドユース)を厳格に確認し、技術防衛の体制を強化することが喫緊の課題となっている。
日本企業が直面する戦略的選択
中国の技術的台頭と米中対立の狭間で、日本の半導体関連企業は難しいかじ取りを迫られている。巨大な中国市場は依然として大きな収益源であり、完全に撤退する選択肢は現実的ではない。一方で、米国の輸出規制は今後さらに強化・拡大される公算が大きく、規制に違反すれば巨額の罰金や米国市場からの締め出しといった深刻な事態を招きかねない。この状況下で、企業が取りうる戦略は三つに大別される。第一は、規制を遵守しつつ、非先端分野に特化して中国事業を継続する「棲み分け」戦略だ。成熟した工程で使われる装置や材料は規制対象外のものが多く、中国国内の旺盛な需要を取り込む余地は大きい。第二は、中国市場への依存度を計画的に引き下げ、生産・開発拠点を日米や東南アジアなどへ分散させる「供給網の多元化」である。日本政府が推進する国内への半導体工場誘致もこの流れを後押しする。TSMC熊本工場の稼働や、Rapidusの次世代半導体開発は、国内に新たな需要と技術エコシステムを生み出す可能性がある。第三は、中国の国産化では到達が困難な、より高度な次世代技術の開発に注力する「技術的優位の維持」戦略だ。高NA(開口数)EUVリソグラフィー関連の部材や、3次元積層技術に不可欠な接合装置、革新的な検査技術など、模倣が困難な領域で圧倒的な差を維持することが、長期的な競争力の源泉となる。どの戦略を選択するにせよ、自社の技術が持つ地政学的な意味合いを深く理解し、政府と緊密に連携しながら、国際情勢の変化に即応できる強靭な事業構造を構築することが、今後の日本企業にとっての生命線となるだろう。