中国で4月15日の「国民国家安全教育の日」に合わせ、国家安全意識を高める大規模なキャンペーンが全土で始まった。習近平指導部は経済発展と安全保障の両立を掲げ、2023年に改正された『反スパイ法』と連動させ国民の監視を奨励。外資系企業は事業活動への制約というビジネスリスクに直面している。
全国で進む「安全意識」の浸透
今年のキャンペーンでは、従来の学校教育や公的機関での講習に加え、SNSやVR体験、地域社会での住民参加型イベントなど多様な形式で実施されている。目的は、外部からの干渉やスパイ活動、データ流出に対し、国民一人ひとりを「防波堤」として機能させることにある。特に2026年から始まる次期「第15次5カ年計画」の安定的な遂行を、安全保障の側面から支える狙いが強調されている。
改正「反スパイ法」が企業活動を制約
国家安全教育の強化は、2023年の改正『反スパイ法』および2024年の改正『国家機密保護法』の施行と連動している。「スパイ行為」の定義が大幅に拡大され、従来の機密情報だけでなく「国家の安全と利益に関わる文書やデータ」も対象となった。これにより、市民による通報が奨励され、企業活動における日常的な情報収集でさえも「安全上のリスク」と見なされる可能性が高まっている。
経済発展とのジレンマも
中国政府は外部勢力による浸透や技術流出を防ぎ、体制の安定化を最優先する。一方、民間企業には国家安全への協力が「社会的責任」として課され、社内教育や疑わしい活動の報告体制の整備が求められる。中国国内の専門家は「安全なくして発展なし」と政府方針を支持するが、国際的なビジネス界からは、過度な安全管理が外資系企業の投資意欲を削ぎ、経済の開放性を損なうとの懸念が出ている。特に、何が「機密」情報にあたるかの境界線が不透明なため、企業の正当な調査活動(デューデリジェンス)が制限されるリスクが浮き彫りになった。
データ主権の強化と市民による監視
2026年から始まる「第15次5カ年計画」に向け、中国政府は「データ安全」を国家安全の核心と位置づけている。国境を越えるデータの流れに対する監視は強化される見通しだ。また、各地の国家安全当局はスパイ活動に関する情報提供に高額な報奨金を設けるなど、市民による監視システムを制度化していると新華社通信は伝えている。
日本への影響と今後の展望
中国における国家安全教育の強化と改正『反スパイ法』の運用は、日本企業に複数の直接的な影響を及ぼす。まず、日本の製造業やサービス業が中国で事業継続する上で、情報収集活動が極めて困難になる。特に、M&Aや新規事業立ち上げ時のデューデリジェンスにおいて、「国家の安全と利益に関わる文書やデータ」の定義が曖昧なため、企業が正当な市場調査や競合分析を行うこと自体が「スパイ行為」と見なされるリスクが顕在化する。これにより、投資判断の精度が低下し、事業展開の不確実性が増大する。
次に、中国国内で活動する日本企業の従業員が、市民による通報奨励システムによって「スパイ」と誤解され、拘束される危険性が高まる。新華社通信が報じるような報奨金制度は、疑心暗鬼を生み、日本企業が現地採用する中国人従業員との信頼関係構築を阻害しかねない。これは、サプライチェーンの安定性や現地法人運営における人材確保に深刻な影響を与える。
最後に、日本企業が中国から撤退を検討する際、企業が保有するデータの持ち出しが「国家機密」と判断され、資産の回収や事業売却が困難になる可能性がある。特に、2026年から始まる「第15次5カ年計画」で「データ安全」が国家安全の核心と位置づけられる中、国境を越えるデータ移転への監視強化は、事業整理における法的・実務的ハードルを著しく高める。これは、日本企業が中国市場から柔軟に戦略転換する選択肢を奪い、経営の自由度を制約する。