中国市場で米インテルの最新AI半導体「Core Ultra」を搭載したノートパソコンの投入が相次いでいる。米国の輸出規制がデータセンター向け高性能半導体に集中する中、PC上でAIを動かす「端末AI(エッジAI)」領域で技術導入が加速する実態が浮かび上がる。これは、米国の規制網と中国の技術獲得意欲が交錯する新たな境界線だ。最新機種の仕様分析と、台湾TSMCを頂点とする半導体供給網の解剖を通じ、米中摩擦の新たな局面と、そこで基盤技術を握る日本企業の立ち位置を検証する。
「端末AI」が米規制の隙間を突く
米商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月以降段階的に強化してきた対中半導体輸出規制は、主にデータセンターで利用される高性能なAI加速装置を対象としてきた。米エヌビディアの「H100」などがその代表例だ。しかし、個人向けパソコンに搭載されるプロセッサーは、現行規制の直接的な対象外となっている。インテルが2023年12月に発表した「Core Ultra」プロセッサーは、この規制の枠外で中国市場に供給可能な最新半導体であり、中国のPC製造各社がこぞって採用している。Canalysが2024年4月に公表した調査によれば、2024年第1四半期の世界PC出荷台数5,720万台のうち、中国市場が大きな割合を占めており、インテルにとって無視できない市場であり続けている。Core Ultraの最大の特徴は、インテル製品として初めて専用のAIエンジン「NPU(Neural Processing Unit)」をチップに統合した点にある。これは、CPUやGPUに負荷をかけずに、AI推論処理を低消費電力で実行するための回路ブロックだ。これにより、ビデオ会議での背景ぼかしやノイズ除去、画像生成AIの高速処理などがPC単体で可能になる「端末AI」が現実のものとなる。
なぜCore Ultraは中国で供給可能なのか?
Core Ultraプロセッサーが米国の厳格な輸出規制を回避し、中国で広く販売される背景には、その性能設計と国際的な分業体制がある。BISが定める規制は、半導体の演算性能(TOPS)やチップ間のデータ転送速度などを基準に、軍事転用リスクの高い高性能品を特定する。例えば、エヌビディアのデータセンター向け「H100」は、データ形式により最大1,979TOPS(毎秒約2000兆回の整数演算)に達する。これに対し、Core Ultra 9 185Hに内蔵されたNPUの性能は公称約11TOPSにとどまる。この性能差が、規制対象となるか否かの決定的な境界線となっている。つまりインテルは、中国という巨大市場を維持するため、規制の閾値を意図的に下回る性能で製品を設計したと見られる。さらに、その供給網も重要な要素だ。Core Ultra(開発呼称:Meteor Lake)は、インテル史上初めて、主要な演算部分の製造を外部企業である台湾積体電路製造(TSMC)の最先端3ナノメートル(nm)工程「N3B」に委託した製品である。インテルが設計し、TSMCが台湾で製造した汎用プロセッサーとして世界中に出荷されるため、「中国向け」の特別仕様品とは見なされず、包括的な輸出許可の下で供給が可能となっている。これは、米国の規制が特定の最終用途や使用者を狙う一方で、グローバルに流通する汎用品には適用しにくいという構造的な課題を浮き彫りにしている。
TSMCの3nm工程と日本の基盤技術
インテルのCore Ultraプロセッサーの心臓部を製造するTSMCの3nm工程は、現代の半導体技術の頂点に位置する。この微細加工技術の実現は、特定の企業一社で完結するものではなく、日本の製造装置・材料メーカーが供給する基盤技術に深く依存している。回路パターンをシリコンウエハーに転写するリソグラフィー工程では、オランダASML社製のEUV(極端紫外線)露光装置が不可欠だが、その内部では多くの日本技術が稼働している。例えば、EUV光を発生させる強力なレーザー光源はギガフォトンが開発。また、焼き付けられた回路パターンの欠陥を検査するマスク検査装置では、レーザーテックが世界市場を独占する。さらに、ウエハー上に塗布される感光材「フォトレジスト」は、EUV用の高性能品においてJSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社で世界市場の約9割を握る。半導体の基板となるシリコンウエハー自体も、信越化学工業とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を占める(2023年、Gartner調べ)。これらの装置や材料が一つでも供給を停止すれば、TSMCやインテルの最先端半導体製造は即座に停止する。米中対立の陰で、日本の技術的優位性は国際的な半導体供給網の安定を左右する「チョークポイント」として、その戦略的重要性を増している。
中国が狙う自給体制と残る課題
インテル製プロセッサーに依存する現状に対し、中国は半導体の自給体制構築を国家目標に掲げ、巨額の投資を続けている。その象徴が、中国最大の半導体受託製造企業、中芯国際集成電路製造(SMIC)の動向だ。2023年、SMICは華為技術(ファーウェイ)のスマートフォン「Mate 60 Pro」向けに、7nmプロセスで製造したとみられるプロセッサー「Kirin 9000S」を供給し、世界に衝撃を与えた。しかし、この製造には、ASMLから輸出を禁じられているEUV露光装置ではなく、旧世代のDUV(深紫外線)露光装置を複数回使用する「多重露光」という手法が用いられている。この方法は、製造工程が複雑化し、生産効率(歩留まり)が著しく低下するため、コストが非常に高くなる。業界筋の推計では、同プロセスの歩留まりは50%を下回るとされ、商業ベースでの大規模生産には課題が多い。PC向けプロセッサー分野でも、兆芯(Zhaoxin)や龍芯中科(Loongson)などが自社設計の製品を開発しているが、その性能はインテルやAMDの数世代前の製品に相当するのが実情だ。TrendForceの2024年5月の報告書は、中国の自給率は成熟工程では上昇しているものの、10nm以下の先端工程では依然として海外依存から脱却できていないと指摘している。先端半導体製造装置と関連材料の入手が制限される限り、中国がPC向け高性能プロセッサーで世界水準に追い付くには、なお時間を要するだろう。
日本企業が直面する選択
米中両国が半導体を国家安全保障の要と位置付ける中、日本の関連企業は複雑な選択を迫られている。経済産業省が2023年7月から施行した先端半導体製造装置の輸出管理強化は、事実上、中国を念頭に置いた米国の規制に同調する動きだ。これにより、東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった装置メーカーは、一部の先端製品で巨大な中国市場へのアクセスを失った。一方で、Core Ultraのような規制対象外の半導体は中国で大量に消費され、その製造過程では前述の通り、日本の素材や部品が不可欠な役割を果たし続けている。つまり、日本企業は米国の安全保障政策に協力しつつも、間接的に中国のテクノロジー産業を支えるという構造に組み込まれている。この状況は、短期的な収益機会と地政学的なリスクとの間で難しい舵取りを求めるものだ。ある装置メーカー幹部は「我々はあくまで顧客の需要に応えるだけだ。最終製品がどこで使われるかを我々が管理することはできない」と匿名を条件に語る。しかし、米国の規制が今後、PC向けプロセッサーや、それを製造するための日本の素材・装置にまで拡大する可能性は否定できない。2019年の韓国向けフッ化水素輸出管理強化が示したように、材料供給の停止は相手国の産業に大きな打撃を与えうる。日本の半導体関連産業が持つ技術的優位性を、いかに外交的・経済的な資産として活用していくか。政府と民間企業が一体となった長期的戦略の構築が急務となっている。