中国が包括的核実験禁止条約(CTBT)の支持を改めて表明した背景には、物理的な実験に代わる核開発の新たな主戦場、スーパーコンピューターによるシミュレーション能力の遅れがある。米国が2022年10月に発動した先端半導体の対中輸出規制は、核兵器の性能維持・高度化に必要な膨大な演算能力を直接的に制限する狙いを持つ。実際、世界のスパコン性能ランキング「TOP500」で中国が占めるシステム数は、2021年11月の173基から2023年11月には104基へと減少した。この技術的制約が中国の外交姿勢を規定している側面は否めず、半導体製造装置や材料で世界的な占有率を持つ日本企業も、米国の規制強化の動向から無縁ではいられない。
スパコン演算能力が核抑止力を左右
現代の核抑止力は、物理的な核実験の回数だけでは測れない。包括的核実験禁止条約(CTBT)が地下核実験を禁じて以降、核保有国はスーパーコンピューター(スパコン)を用いた高性能爆薬の挙動や核分裂連鎖反応のシミュレーションへと開発の軸足を移した。これは、既存核兵器の信頼性維持や、新たな設計の検証を、仮想空間内で行う技術である。米国エネルギー省傘下のローレンス・リバモア国立研究所などが運用するスパコンは、毎秒10の18乗回の浮動小数点演算が可能なエクサ級の性能を持ち、核爆発の数百万分の1秒に起きる複雑な物理現象を精密に再現する。このシミュレーション能力の優劣が、事実上の核開発競争の新たな指標となっている。米国の最新スパコン「エル・キャピタン」は、Hewlett Packard Enterpriseが構築し、AMD製プロセッサを搭載して2エクサフロップスを超える演算性能を計画する。これに対し、中国の理論上の最高性能機とされる「神威・太湖之光」や「天河三号」は、公称性能で1エクサフロップス前後と見られ、米国の最新鋭機との間には世代的な差が開いている。米国会計検査院(GAO)が2023年5月に公表した報告書では、米国の核兵器近代化計画において、シミュレーションとデータ解析能力の向上が最優先課題の一つであると明記されており、スパコン性能が国家安全保障に直結する現実を裏付けている。
なぜ米国は先端半導体を標的にしたか?
米国が中国の核開発能力を実質的に抑制する上で、最も効果的な手段が先端半導体の供給遮断であった。核実験シミュレーションのような大規模科学技術計算は、米NVIDIA製の「A100」や「H100」といった汎用演算用半導体(GPU)に大きく依存している。これらのGPUは、並列演算に特化した設計で、AIの学習だけでなく、流体力学や分子動力学計算にも絶大な性能を発揮する。一つのH100半導体は、約800億個のトランジスタを集積し、台湾積体電路製造(TSMC)の4ナノメートル(nm)工程で製造される。米国商務省産業安全保障局(BIS)が2022年10月7日に発表した輸出管理規則(EAR)の改定は、まさにこの点を狙い撃ちにした。具体的には、①16nm/14nm世代以降のロジック半導体、②128層以上のNAND型フラッシュメモリー、③18nm世代以降のDRAMメモリー、及びそれらを製造する装置や技術の中国向け輸出を原則禁止とした。これにより、中国はスパコンの「頭脳」となる先端半導体を外部から調達する道をほぼ断たれた。中国の半導体受託製造最大手、中芯国際集成電路製造(SMIC)が既存の深紫外線(DUV)露光装置を駆使して7nm製品の製造に成功したとの報道もあるが、これは歩留まりが極端に低く、量産規模や性能でTSMCの最先端工程には遠く及ばない。先端半導体の設計から製造までの複雑な生態系全体を標的とすることで、米国は中国の技術的進歩の速度を鈍化させる戦略を選択したのである。
中国製スパコン、性能向上の隘路
米国の規制強化を受け、中国はスパコン用半導体の国産化を急ぐが、その前途は多難だ。世界のスパコン性能ランキング「TOP500」の2023年11月版によると、総演算性能に占める中国の占有率は9.8%にとどまり、米国の63.3%に大きく水をあけられている。これは、個々のシステムの性能で米国製が中国製を圧倒していることを示す。中国は「神威(Sunway)」や「飛騰(Phytium)」といった国産中央演算処理装置(CPU)の開発を進めてきたが、これらは米インテルやAMDの最新製品と比較して、1チップあたりの性能や電力効率で数世代遅れているのが実情だ。例えば、最新の神威プロセッサは16nm工程で製造されていると見られ、5nmや3nm工程が実用化された現在では、性能向上に限界がある。この技術的格差を埋めるため、中国は「チップレット」と呼ばれる複数の小型半導体を組み合わせて一つの大規模半導体のように機能させる技術に活路を見出そうとしている。しかし、チップレット技術自体も、個々のチップを高速に接続するための先進的な実装技術や、設計を自動化するEDAソフトウェアを必要とし、これらもまた米国の輸出規制の対象に含まれる。つまり、先端半導体の製造装置だけでなく、設計や実装に関わる基盤技術のボトルネックが、中国製スパコンの性能向上を阻む構造的な隘路となっている。
日本の装置・材料企業が握る供給網
米中の技術覇権競争の最前線で、日本の製造装置・材料メーカーが重要な役割を担っている。先端半導体の製造に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置は、オランダのASMLが市場を独占するが、その性能は日本の基盤技術に支えられている。例えば、レーザーテックが製造するEUVマスクブランクス欠陥検査装置は、回路パターンを転写する原版(フォトマスク)の品質を保証する唯一の装置であり、世界占有率100%を誇る。また、EUV光に反応する感光材であるフォトレジストは、JSR、信越化学工業、東京応化工業といった日本企業が世界市場の約9割を供給する。これらの材料がなければ、ASMLの1台500億円ともいわれるEUV露光装置も単なる箱に過ぎない。ほかにも、ウエハーを平坦化するCMP装置で使われるスラリー(研磨剤)や、回路パターンを刻むエッチング工程で用いる高純度フッ化水素、シリコンウエハーそのもの(信越化学とSUMCOで世界シェア約6割)など、日本の素材・装置産業は半導体製造工程の至る所に深く浸透している。これらの企業は、米国の輸出管理規則(EAR)に準拠し、中国の特定の半導体工場への製品供給を停止するなどの対応を迫られている。2023年7月に日本政府が施行した先端半導体製造装置23品目の輸出管理強化は、この米国の戦略に足並みを揃える動きであり、日本企業は事業戦略の再構築を余儀なくされている。
日本企業が直面する選択
米中間の技術デカップリング(分断)が深まる中で、日本の半導体関連企業は、巨大な中国市場と、米国主導の技術安全保障体制との間で難しい選択を迫られている。経済産業省の統計によれば、2022年の日本の半導体製造装置の輸出額のうち、中国向けは30%超を占める最大の仕向け地であった。この巨大市場へのアクセスが制限されることは、短期的な収益への大きな打撃となる。しかし、米国の規制に逆らって中国との取引を続ければ、米国のエンティティ・リスト(禁輸措置対象リスト)に追加され、米国製の部品や技術、ソフトウェアへのアクセスが断たれるリスクを負う。これは、自社の製品開発や生産活動そのものを根底から揺るがしかねない。この構図は、2019年に日本政府が韓国向けに実施したフッ化水素など3品目の輸出管理厳格化の事例を想起させる。当時は特定国との二国間問題であったが、現在は米国が主導する多国間の枠組みへと拡大し、より複雑な様相を呈している。企業経営者は、目先の利益確保だけでなく、長期的な技術優位性の維持、供給網の多元化、そして地政学リスクを織り込んだ事業継続計画(BCP)の策定という、これまで以上に高度な経営判断を求められている。先端技術が国家の安全保障と不可分になった時代において、一民間企業の商取引が国際政治の力学に翻弄される現実は、今後さらに厳しさを増すものと見られる。
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