中国が提唱する国際秩序の改革は、先端技術、特に半導体の供給網から米国主導の枠組みを実質的に問い直し、自国中心の技術生態系を構築する狙いが透ける。米国による先端半導体技術の輸出規制が強化されるなか、中国は20兆円を超える国家基金を設立し、半導体の自給体制確立を急ぐ。その過程で、最新鋭の極端紫外線(EUV)露光装置への接続を絶たれた中国が、日本の製造装置や素材に活路を見いだそうとする動きが顕在化している。この状況は、東京エレクトロンや信越化学工業といった日本の基盤技術企業に対し、巨大市場での事業機会と経済安全保障上の深刻なジレンマを同時に突きつけている。

「新秩序」構想の技術的射程

中国が掲げる「グローバル・ガバナンス改革」は、単なる外交理念にとどまらない。その射程は、半導体を頂点とする先端技術の供給網再編にまで及ぶ。中国政府が2015年に発表した産業政策「中国製造2025」では、2025年までに半導体自給率を70%に引き上げる目標が設定された。この目標達成に向け、2014年以降3期にわたり設立された国家集積回路産業投資基金(通称「大基金」)の規模は、合計で1兆元(約21兆円)を超えるとされる。しかし、米調査会社IC Insightsが2022年に公表した分析によれば、2021年時点での中国国内の半導体生産額は世界市場のわずか8.9%であり、うち中国企業による生産分は3.8%に過ぎない。自給率は20%未満と推定され、目標達成への道のりは依然として険しい。米半導体工業会(SIA)の2024年2月の発表によると、2023年の中国の半導体輸入額は前年比15.4%減の3494億ドルに達しており、国内需要を満たせていない実態がうかがえる。この構造的依存からの脱却こそが、中国の技術戦略の核心であり、「新秩序」構想の経済安全保障上の裏付けとなる。

なぜ日本の旧世代装置が焦点になるのか

米国の輸出規制は、回路線幅14ナノメートル(nm、1ナノは10億分の1メートル)以下の先端半導体の製造に必要な技術や装置の対中輸出を厳しく制限している。これにより、中国はオランダASML製の最新鋭EUV露光装置の導入が不可能になった。EUVは波長13.5nmの極端紫外線を用いることで5nm以下の微細な回路形成を可能にする技術だ。しかし、2023年9月に華為技術(ファーウェイ)が発売したスマートフォン「Mate 60 Pro」に、中国の半導体受託製造(ファウンドリー)最大手、中芯国際集成電路製造SMIC)が製造したとみられる7nm世代の半導体が搭載されていたことが判明。これは、EUVより一世代前の深紫外線(DUV)露光装置を使って製造された可能性が高い。DUVは波長193nmの光を使い、液浸技術と組み合わせても28nm程度が限界とされるが、回路パターンを複数回に分けて転写する「マルチパターニング」という手法を駆使すれば、7nm級の製造も理論上は可能だ。ただし、この手法はリソグラフィーとエッチング工程を何度も繰り返すため、製造工程が複雑化し、生産効率や歩留まり(良品率)が著しく低下する。このDUV露光装置や関連するエッチング装置、成膜装置の分野では、東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった日本企業が世界で高い市場占有率を維持している。財務省の貿易統計によれば、日本の半導体製造装置の中国向け輸出額は2023年に前年比10.7%増の1兆4276億円に達し、全体の4割以上を占めた。米国が規制を強化する一方で、規制対象外の旧世代装置市場で日本企業の存在感が増すという構造が生まれている。

素材自給を阻む「純度の壁」

半導体製造は、優れた装置だけでなく、極めて高い純度を持つ素材がなければ成り立たない。この素材分野こそ、日本企業が揺るぎない競争優位を築いてきた領域だ。特にEUVリソグラフィーに不可欠なフォトレジスト(感光材)では、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社で世界市場の約9割を握るとされる。フォトレジストは、EUVの強力な光に反応してシリコンウエハー上に微細な回路原版を形成する液体で、ナノレベルの解像度と感度、欠陥の少なさが求められる。中国も国産化を急ぐが、日本勢が長年蓄積してきた配合や精製に関する技術的知見に追いつくのは容易ではない。また、半導体の基板となるシリコンウエハーでは、信越化学工業とSUMCOの2社で世界市場の6割近い占有率を持つ(SEMI、2023年統計)。さらに、回路形成後の洗浄工程で不純物を除去するために使われる高純度フッ化水素も、ステラケミファや森田化学工業などが世界供給の大部分を担う。これらの素材は、不純物が1兆分の1(ppt)レベルで管理される「純度の壁」が参入障壁となっており、中国が2023年に半導体材料のガリウムとゲルマニウムで輸出規制を発動した際も、半導体製造の中核をなすこれらの日本産素材への依存構造は変わらなかった。装置を揃えても、素材がなければ先端半導体は製造できないという現実が、中国の自給計画の前に立ちはだかる。

米国規制と迂回ルートの実態

米商務省産業安全保障局(BIS)が主導する対中半導体規制は、2022年10月7日の包括的規制導入以降、段階的に強化されてきた。当初は先端ロジック半導体やスーパーコンピューター関連に焦点が当てられていたが、その後、メモリー半導体、製造装置の部品や保守サービス、さらには米国籍を持つ技術者の関与にまで対象が拡大した。エンティティリスト(事実上の禁輸対象リスト)に追加された中国企業・団体は数百に上る。しかし、規制には実効性を巡る課題も指摘される。ASMLが2024年1月に発表した決算によると、2023年第4四半期の中国向け売上高比率は39%に達し、規制強化前の駆け込み需要が集中した。また、香港などを経由した迂回輸出や、規制対象外の旧世代装置を大量に輸入し、国内で改造・転用する動きも報告されている。中国税関総署の統計では、2023年の集積回路製造装置の輸入額は前年比14%増の約400億ドルに達し、米国の規制下でも装置調達が続いていることを示唆する。こうした状況に対し、米国は同盟国である日本やオランダに同調を求め、2023年7月には日本も改正外為法を施行し、先端半導体製造装置23品目の輸出管理を強化した。日米蘭の連携で規制の網を狭める一方、中国はあらゆる手段を講じて技術獲得を試みるという、せめぎ合いの構図が続いている。

日本企業が直面する選択

地政学的な緊張の高まりは、日本の半導体関連企業に複雑な選択を迫る。短期的には、米国の規制が及ばない成熟・旧世代プロセス向けの装置や素材に対する中国からの需要は、大きな収益機会となる。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、売上高に占める中国向けの比率が47%に達し、過去最高を記録した。これは米国の規制強化が、かえって日本企業の特定分野でのビジネスを押し上げた側面も示す。しかし、中長期的には深刻なリスクを内包する。第一に、日本から輸出された装置や技術が、中国の軍事力近代化や、将来的に日本企業の競争相手となる半導体メーカーの育成に間接的に寄与する可能性は否定できない。第二に、米国の規制が今後さらに強化され、現在輸出可能な旧世代装置にまで対象が拡大するリスクがある。その場合、中国市場への依存度が高い企業ほど、急激な売上減少に見舞われることになる。日本政府は経済安全保障推進法に基づき、半導体を特定重要物資に指定し、国内での生産基盤強化を進める。ラピダスによる次世代半導体の国産化プロジェクトや、TSMCの熊本工場誘致はその一環だ。日本の装置・材料メーカーは、国内や友好国での先端半導体エコシステム構築に貢献しつつ、巨大だが不確実性の高い中国市場とどう向き合うか、事業戦略と国の安全保障の双方を天秤にかけた、極めて難しい経営判断を求められている。