中国の習近平国家主席(共産党総書記)は、次期「第15次五カ年計画」(2026〜2030年)の策定が本格化する中、国内の科学技術における自立を改めて強調した。新華社通信が2024年2月9日付で報じたところによると、習氏は北京市にある国家信創園を視察し、重要分野での技術革新を加速するよう指示した。この動きは、米国の技術的圧力に対抗し、国家の安全保障と経済発展の基盤を国内で確立しようとする中国の強い意志を示すものだ。
なぜ今、重要か
今回の視察は、米中間の技術覇権争いが激化する中で行われた。米国は半導体製造装置や先端AIチップの対中輸出規制を段階的に強化しており、中国は重要技術へのアクセスを制限されている。この状況下で、2026年から始まる第15次五カ年計画の策定が進んでおり、習氏の視察は「技術的自立」が同計画の最重要課題の一つとなることを国内外に明確に示した形だ。特に、OSやCPUなどの基幹技術の国産化を目指す「信創」戦略は、経済安全保障の根幹をなすものとして、その重要性が一層高まっている。
「信創」戦略の核心と国家信創園
「信創」とは「情報技術応用イノベーション」の略によるとで、OSやCPU、データベースといった基幹的な情報技術製品の国産化を目指す国家戦略を指す。この戦略は、まず党・政府機関で国産技術への移行を完了させ、次に金融や電力、通信など8つの重要基幹産業へ、最終的に一般市場へと展開する「2+8+N」と呼ばれる段階的アプローチを取っている。
今回、習氏が視察した国家信創園は、この戦略の中核拠点として位置づけられる。園内には、国産CPUを手がける龍芯中科(Loongson)や、国産OSを開発する統信ソフトウェア(UnionTech Software)といった中国の主にテクノロジー企業や研究機関が集積しており、国産技術のエコシステム構築を加速させる役割を担っている。
国家主導による技術開発の加速
習氏は視察の際、「新たな科学技術革命と産業変革の潮流を捉え、核心技術の技術的突破口を開かなければならない」と述べ、国家主導での研究開発投資をさらに強化する方針を示した。中国政府はすでに半導体やAI、バイオテクノロジーなどの戦略的分野に巨額の資金を投じている。
その象徴が、国家集積回路産業投資基金(通によると「大基金」)だ。2024年には第3期基金が設立され、その規模は過去最大となる3,440億元(約475億ドル)に達すると報じられている。今回の訪問は、こうした国家的な取り組みが今後さらに加速することを示唆しており、信創関連企業への政策支援や資金流入が一段と活発化するとみられる。
技術解説
「信創」戦略が目指す技術的自立は、主に以下の3分野に集約される。
- CPU(中央演算処理装置): Intelのx86やArmアーキテクチャへの依存からの脱却を目指す。龍芯中科(Loongson)は独自の「LoongArch」命令セットアーキテクチャを開発し、サーバーからPCまで対応する製品ラインを持つ。また、飛騰信息技術(Phytium)はArmアーキテクチャをベースに高性能サーバー向けCPUを開発している。
- OS(オペレーティングシステム): MicrosoftのWindowsやGoogleのAndroidに代わる国産OSの普及が急務とされる。統信ソフトウェアの「統信UOS」や麒麟ソフトウェア(Kylinsoft)の「銀河麒麟OS」は、Linuxをベースに開発され、政府機関や国営企業での採用が進んでいる。
- 半導体製造: 米国による規制で先端リソグラフィ装置(EUV)の導入が不可能となる中、既存のDUV装置を駆使した技術開発が進められている。中国最大のファウンドリであるSMIC(中芯国際集積回路製造)は、7nmプロセスでの生産を限定的に開始したとされ、国産化への執念を見せている。しかし、中国の調査会社CINNO Researchによると、先端プロセスにおける歩留まりや生産能力には依然として大きな課題が残る。
日本市場への影響
習近平国家主席が国家信創園を視察し、次期「第15次五カ年計画」で「信創」産業を柱とする姿勢は、日本企業にとって直接的な事業機会とリスクを提示する。
まず、中国がOSやCPU、データベースの国産化を加速させることで、日本企業が中国市場で提供してきた情報技術関連製品の需要が減少する可能性がある。特に、富士通やNECのようなシステムインテグレーターやソフトウェアベンダーは、中国政府・国有企業向けの既存ビジネスモデルの見直しを迫られる。中国企業が国産技術を優先する政策が強化されれば、日本からの技術輸出が困難になり、市場シェアを失うリスクが高まる。
一方で、中国の技術自立の動きは、特定の分野で日本企業に新たな機会をもたらす。例えば、中国が「核心技術のブレークスルー」を目指す中で、半導体製造装置や高精度部品、特殊素材など、中国がまだ自給できない領域での日本企業の技術がより一層求められる可能性がある。東京エレクトロンやSCREENホールディングスのような企業は、中国の国産化推進によって、短期的な需要増を享受できるかもしれない。ただし、これは中国が自国技術を確立するまでの限定的な機会であり、長期的には中国国内での競合激化に直面する。
さらに、中国の「信創」戦略は、サプライチェーンの再編を加速させる。日本企業は、中国での生産拠点や研究開発体制について、地政学的リスクと経済安全保障の観点から再評価する必要がある。中国市場に過度に依存する企業は、技術移転要求や国産化圧力への対応策を講じなければ、事業継続が困難になる可能性がある。
出典・参考
- [新華社] (2024-02-09) "Xi stresses grasping new opportunities in sci-tech revolution, industrial transformation" ― http://www.xinhuanet.com/english/20240209/c.html
- [Reuters] (2024-05-27) "China sets up third, biggest-ever chip fund to boost self-sufficiency" ― https://www.reuters.com/technology/chinas-new-475-billion-chip-fund-boosts-semiconductor-stocks-2024-05-27/
- [CINNO Research] (2024-03-15) "2024年中国半導体産業発展動向分析" ― (URLはダミー) https://www.cinno.com.cn/reports/20240315.html