中国で、メモリ内で直接演算を行う次世代半導体技術「コンピューティング・イン・メモリ(CIM)」の開発と産業化が国家戦略レベルで加速している。全国人民代表大会の代表が湖北省を世界的なCIM産業拠点とする構想を提唱したほか、清華大学やファーウェイなどが先端技術を発表。米国のAI半導体規制が厳しさを増す中、既存技術の延長線上ではない破壊的技術で主導権を握ろうとする動きが鮮明になった。
事実の整理
今回の動きは、2つの主にな出来事から構成される。第一に、中国の国会にかなりする全国人民代表大会で、代表であり華中科学技術大学教授でもある馮丹(フォン・タン)氏が、湖北省を世界レベルのCIM産業拠点として育成するよう政府に提言したことだ。新華社通信の報道によると、この構想は研究開発から製造、応用までを網羅する一貫した産業エコシステムの構築を目指すものだ。
第二に、技術開発面での進展である。中国のトップ大学である清華大学と、テクノロジー大手のファーウェイ、ByteDanceの共同研究チームが、半導体集積回路技術の国際会議「ISSCC 2026」で、CIM技術を用いた先端チップに関する論文を発表した。これは、産学連携で実用化に向けた開発が本格化していることを示している。
表層的原因と直接的仕組み
CIM技術への注力の直接的な背景には、AIの計算処理における「フォン・ノイマン・ボトルネック」問題がある。従来のコンピューターアーキテクチャでは、プロセッサーとメモリ間のデータ転送が性能と電力消費の大きな制約となっていた。特に大規模言語モデル(LLM)のような巨大AIモデルの運用では、この問題が深刻化している。
CIMは、データを保存するメモリ内で演算を行うことで、このデータ転送を最小限に抑える技術だ。これにより、AIの推論処理などで消費電力を最大で100分の1に削減し、処理速度を大幅に向上させる可能性がある。馮氏の提言は、湖北省武漢市にYMTC科学技術(YMTC)などメモリ関連企業が集積している地理的優位性を活かし、この次世代技術の産業化を国家主導で推進する狙いがある。
深層的原因と構造的背景
より深い構造的要因として、米国の対中半導体規制の存在は無視できない。米国商務省産業安全保障局(BIS)は2022年10月以降、NVIDIA製のH100やA100といった高性能AIチップの中国への輸出を厳しく制限している。これにより、中国は最先端のAI開発に必要な計算資源の確保が困難になった。
この状況下で、中国は既存のアーキテクチャを改良する「追随」戦略の限界を認識し、ゲームのルール自体を変えうる「破壊的」技術に活路を見出している。CIMは、たとえ製造プロセスで数世代遅れていても、アーキテクチャの革新によって高い電力効率を実現できる可能性を秘める。これは、米国の規制を回避しつつAI分野での競争力を維持するための、いわば「追い越し車線への変更(換道超車)」戦略の一環と分析できる。
歴史的に見ても、中国は2014年と2019年に設立した「国家集積回路産業投資基金(通によると:半導体大ファンド)」などを通じて、特定の技術分野に巨額の国家資本を投下し、産業を育成してきた。CIMへの注力もこの国家主導型開発モデルの延長線上にあるとみられる。
構造分析と政策・産業のメタパターン
今回の構想には、中国共産党がこれまで繰り返し用いてきた国家戦略のパターンが色濃く反映されている。一つは「特定地域への産業クラスター形成」だ。過去に上海をファウンドリ(SMIC)、合肥をメモリ(YMTC)、深圳を設計(HiSilicon)の拠点として育成したように、特定の都市に政策資源を集中投下し、サプライチェーン全体を構築する手法である。
湖北省武漢市は、中国最大のNANDフラッシュメモリメーカーであるYMTCの本拠地であり、メモリ技術との親和性が高いCIMの拠点として選ばれることには戦略的な合理性がある。これは、既存の産業基盤と人材を活用して開発を加速させる狙いがある。
また、CIM技術は「軍民融合」戦略との関連性も指摘できる(推測)。超低消費電力で高性能なAIチップは、偵察ドローンや無人兵器、衛星など、電力供給が限られるエッジ環境での軍事利用価値が極めて高い。民生技術として開発された最先端技術が、安全保障能力の向上に直結する可能性は、中国の国家戦略において常に考慮されている点だ。
技術解説: CIM半導体の可能性と課題
CIMは単一の技術ではなく、複数のアプローチが存在する。現在主流の研究は、揮発性メモリであるSRAMをベースにするものと、不揮発性メモリである抵抗変化型メモリ(RRAM)や磁気抵抗メモリ(MRAM)をベースにするものに大別される。
- SRAMベースCIM: 既存のCMOSプロセスとの親和性が高く、演算速度も速いが、セル面積が大きく集積度が低いという課題がある。
- RRAM/MRAMベースCIM: 集積度を大幅に高められる可能性があるが、材料の信頼性や書き換え耐性、演算精度のばらつきなど、製造上の課題が多い。
競合技術として、韓国のサムスン電子やSKハイニックスは、既存のDRAMに小規模な演算機能を追加する「プロセッシング・イン・メモリ(PIM)」を推進している。これはCIMより漸進的なアプローチだが、既存のメモリインフラを活かせる利点がある。一方、米国のMythicやSyntiantといったスタートアップは、アナログ演算を用いたCIMで高い電力効率を追求している。
中国が直面する最大の課題は、チップの設計・製造だけでなく、それを活用するためのソフトウェアやコンパイラといったエコシステム全体の構築である。画期的なハードウェアが生まれても、開発者が容易に利用できる環境がなければ普及は進まない。
日本企業への示唆
中国がCIM半導体で世界拠点化を目指す動きは、日本の半導体産業に直接的な競争圧力と新たな協業機会をもたらす。まず、ファーウェイやByteDanceといった中国の巨大IT企業が、清華大学と連携し「ISSCC 2026」でCIM技術論文を発表した事実は、中国が次世代半導体技術開発で国際的なプレゼンスを確立しつつあることを示す。これは、日本の半導体メーカーがCIM分野で中国勢に先行されるリスクを意味する。特に、AI計算における消費電力大幅削減というCIMのメリットは、日本の家電や自動車産業の省エネ化戦略にも影響を与えかねない。
次に、湖北省を世界的なCIM産業拠点とする構想は、日本企業にとってサプライチェーン再編の契機となる。中国政府が研究開発から製造まで一貫したエコシステム構築を目指すことで、日本からの部材や製造装置への依存度が低下する可能性がある。特に、日本の半導体製造装置メーカーは、中国市場における新たな販売戦略を検討する必要があるだろう。
一方で、2025年までに120億ドル規模に達すると予測されるCIM半導体市場は、日本企業にとって新たなビジネスチャンスも生む。例えば、CIM技術に不可欠な高精度な測定・検査装置や、特定の素材・部品分野で日本の技術が貢献できる余地は残されている。中国の技術覇権戦略に対し、日本は特定のニッチ分野での技術優位性を確立し、国際標準化の議論に積極的に関与することで、競争優位性を維持できる。
情報信頼性評価
本件に関する主にな情報源は、中国の公式メディアである新華社通信と、学術会議での発表である。馮丹氏の「提言」は、現時点では政策議論の出発点であり、政府の具体的な投資額や詳細なロードマップは未確定である点に注意が必要だ。Yole Développementの分析によれば、CIM市場は黎明期にあり、技術的な課題から本格的な市場形成にはまだ時間を要すると見られている。
ISSCCでの論文発表は中国の技術レベルの高さを示すものだが、研究室レベルの成功が直ちに量産化に結びつくわけではない。今後、半導体大ファンド第3期からの具体的な資金拠出の有無や、政府の第15次5カ年計画(2026-2030年)にCIMがどのように位置づけられるかが、この構想の実現性を測る上で重要な指標となる。
Core Insight (核心まとめ)
中国のCIM半導体拠点構想は、単なる技術開発ではなく、米国のAIチップ規制を回避し、次世代コンピューティングの主導権を握るための「追い越し車線変更」を狙った国家戦略である。