中国の次世代パワー半導体市場で、価格競争が激化している。電気自動車(EV)の心臓部を担う炭化ケイ素(SiC)基板の大手、山東天岳先進科学技術(Shandong SICC Co., Ltd.、以下SICC)が、販売量の大幅増にもかかわらず売上高が減少する「増量減収」に陥ったことが分かった。国家戦略主導の急成長がもたらす過当競争の歪みが露呈した形で、ロームやレゾナックなど日本の関連企業にも価格圧力の波が及ぶ可能性が指摘されている。

「増量減収」のジレンマ、シェア優先の価格戦略

SICCが直面する逆説的な状況は、中国の金融情報メディア「東方財富網の報道」で明らかになった。同社は近時の業績について「SiC基板製品の販売量が著しく増加し、市場需要は積極的に解放されている」と説明。特に「販売量の伸びが生産量の伸びを上回った」と強調し、下流にあたるパワー半導体メーカーの旺盛な需要をアピールした。これは、中国国内におけるEV生産の拡大や、太陽光発電設備の導入加速が背景にある。

しかし、同社は同時に厳しい現実も認めている。製品の平均販売価格が段階的に下落したと公表したのだ。理由として、マクロ経済環境や需給バランスの変化に加え、「市場占有率を拡大し、業界での地位を固めるために実施した積極的な市場浸透戦略」を挙げた。この価格下落が響き、販売量の増加分を吸収しきれず、会社全体の売上高は前年同期比で減少を余儀なくされた。

SICCはこの状況を、市場シェア拡大のための戦略的な価格調整と位置づけている。短期的な収益圧力を受け入れつつも、高成長が見込まれる応用分野への展開を強化し、長期的な成長基盤を固める狙いがあると分析される。この動きは、中国のSiC基板市場が、技術開発競争と並行して、体力勝負の価格競争フェーズに本格的に突入したことを明確に示している。

EVシフトと国家戦略が煽る国産化競争

中国でSiCを巡る競争が過熱する背景には、世界的なEVシフトと、それを好機と捉えた中国政府の強力な産業政策がある。SiCパワー半導体が脚光を浴びる大きな転機は2018年、米テスラが量産車「モデル3」のインバーターにSiC製デバイスを全面的に採用したことだった。これにより航続距離の伸長や充電時間の短縮といったメリットが実証され、世界の自動車メーカーが追随する流れが生まれた。

この潮流を受け、中国政府は半導体自給率向上を目指す中で、SiCを「第3世代半導体」の筆頭と位置づけ、国家的な重要技術に指定した。特に2021年に始まった「第14次5カ年計画(2021~2025年)」では、SiCや窒化ガリウム(GaN)といった化合物半導体の研究開発と産業化が重点プロジェクトとして明記され、巨額の補助金や税制優遇措置がSICCや三安光電(Sanan Optoelectronics)といった関連企業に流れ込んだ。この政策支援が、多数の新規プレイヤーを市場に呼び込む呼び水となった。

業界調査会社の分析によれば、世界のSiCパワー半導体市場は2023年の約22億ドルから、2028年には70億ドルを超える規模に成長すると予測されている。この成長の最大の牽引役が中国市場であり、同国のEV販売台数は2023年に年間900万台を突破、世界市場の約6割を占める。この巨大な国内需要を背景に、中国メーカーは一斉に生産能力の増強へと舵を切り、これが現在の供給過剰懸念と価格下落の直接的な原因となっている。

「量」先行モデルの罠、技術的課題と構造的歪み

SICCが直面する「増量減収」は、過去に中国が太陽光パネルや液晶ディスプレイの分野で演じた国家主導の産業育成モデルの再現とも言える。まず政府の支援を背景に「量」で世界市場のシェアを奪い、その後に「質」を向上させていくという戦略だ。しかし、SiC基板は高品質な単結晶の成長が極めて難しく、欠陥の少ないウエハーを安定的に生産する技術的ハードルは高い。

特に、コスト削減と生産効率向上の鍵となる8インチ基板の量産では、品質面で米Wolfspeedや日本のレゾナックといった先行メーカーに依然として差があるとされる。中国メーカーは歩留まりの低さに苦しみながらも、シェア獲得を優先して低価格で市場に製品を供給しているのが実情だ。業界アナリストの推定では、一部の中国メーカーの歩留まりは、先行する日米企業の50~70%程度の水準にとどまっていると試算される。

米国の対中半導体輸出規制は、主に先端ロジック半導体を対象としているが、パワー半導体も完全に無縁ではない。サプライチェーンの分断リスクを警戒する中国は、SiCにおいても材料からウエハー、デバイス、モジュールに至るまでの国内完結型サプライチェーン(双循環)の構築を急いでいる。この国家的な要請が、各企業の拙速な投資競争を煽り、短期的な市場の混乱を招いている構造的な側面は否めない。

日本への影響

中国SiC市場の「増量減収」は、日本企業にとって直接的な価格圧力と市場機会の再評価を迫る。SICCが「市場占有率を拡大し、業界での地位を固めるために実施した積極的な市場浸透戦略」として価格を下落させている事実は、ロームやレゾナックといった日本のSiC関連企業が、高性能品市場での優位性を維持できるかどうかの試金石となる。特に、中国EV市場が2023年に年間900万台を突破し、世界市場の約6割を占める巨大市場であるため、日本企業は単なる価格競争に巻き込まれるのではなく、特定の高付加価値ニッチ市場での差別化戦略を強化する必要がある。

また、中国政府の「第14次5カ年計画」に基づく巨額の補助金がSICCや三安光電(Sanan Optoelectronics)に流れ込み、過剰生産能力を招いている現状は、日本企業が中国市場で事業を展開する上での予期せぬリスクとなる。日本企業は、中国国内の過剰供給が国際市場に波及し、SiC製品全体の価格水準を引き下げる可能性を考慮し、サプライチェーンの多様化や、中国市場に依存しすぎない販売戦略を検討すべきである。一方で、この価格下落は、SiCの普及を加速させ、新たな応用分野での需要を喚起する可能性も秘めており、日本企業はこれを新たな市場開拓の機会と捉えることもできる。