中国科学院の研究者が基礎物理学賞を受賞した事実は、次世代AI半導体の性能を左右する超伝導配線技術の実用化競争が新たな段階に入ったことを示す。2023年の常温超伝導物質「LK-99」を巡る狂騒の裏で、中国科学院などは国家主導で高圧合成法による新物質探索を着実に推進。これは半導体製造で銅(Cu)配線の微細化が物理的限界に達する2030年以降を見据えた布石であり、既存の装置・材料で優位に立つ日本企業にとっても新たな事業機会と地政学上の課題を突きつける。

マティアス賞受賞が持つ本来の意味

国際的な超伝導材料探索の分野で最高権威とされるベルント・T・マティアス賞が、中国科学院物理研究所の靳常青研究員に授与された。これは、2023年夏に科学界を席巻した常温常圧超伝導物質「LK-99」に関する主張とは質の異なる、着実な基礎研究の成果に対する評価である。靳氏の研究は、地球中心部にも匹敵する100万気圧以上の高圧環境下で物質を合成し、新たな超伝導体を発見する手法を主軸とする。具体的には、鉄(Fe)を基礎とする鉄基超伝導体や、理論上は室温に近い温度での超伝導が予測される水素化物超伝導体の分野で、複数の新物質を発見してきた実績が認められた。Clarivate社の2023年版高被引用論文著者リストにも名を連ねるなど、その研究の独創性と影響力は国際的に認知されている。中国国家統計局が2024年2月に発表した統計公報によれば、同国の2023年の研究開発(R&D)経費総額は前年比8.1%増の3兆3278億元に達しており、こうした基礎科学分野への長期的な国家投資が、靳氏のような研究成果の土台となっていると見られる。

なぜ今、半導体で超伝導が注目されるのか?

半導体産業が超伝導技術に熱い視線を送る背景には、ムーアの法則の延命という切実な課題がある。台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子が開発を競う2ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以降の微細化プロセスでは、トランジスタ間の配線における電気抵抗と信号遅延が性能向上の深刻なボトルネックとなる。配線材料として20年以上使われてきた銅は、線幅が10nmを下回ると電子の平均自由行程(電子が原子に衝突せずに進める平均距離)より狭くなり、抵抗値が急上昇する現象が顕在化する。国際半導体技術ロードマップ(IRDS)の2023年版報告書は、2030年以降のロジック半導体において、銅配線の抵抗増大が消費電力と性能の目標達成を阻害する主要因になると警告している。超伝導は、特定の温度(臨界温度、Tc)以下で電気抵抗が完全にゼロになる物理現象であり、この問題を根本的に解決する可能性を秘める。仮に液体窒素温度(77K、-196℃)で機能する超伝導体を配線に利用できれば、発熱によるエネルギー損失がなくなり、AIチップの演算性能を飛躍的に高められる。このため、銅に代わる次世代配線材料として、超伝導体はモリブデン(Mo)やルテニウム(Ru)といった新材料と並行して、研究開発の対象となっている。

配線抵抗がAIチップ性能を律する物理的制約

AIチップ、特に大規模言語モデル(LLM)の学習や推論に用いられるGPU(画像処理半導体)の性能は、チップ内部のデータ伝送速度に大きく依存する。米NVIDIAの最新世代AIチップ「Blackwell B200」は、2つのGPUダイを「NV-HBI」と呼ばれる毎秒10テラバイトの広帯域インターコネクトで接続し、巨大な一つのGPUとして機能させる。このチップレット間を繋ぐ配線での信号遅延や電力損失が、システム全体の性能を決定づける。現状の銅配線では、微細化に伴い抵抗(R)と容量(C)が増大し、信号が遅延する「RC遅延」が指数関数的に悪化する。米応用材料(Applied Materials)の2024年2月の技術報告によれば、5nmから2nmプロセスへ移行するだけで、配線の抵抗値は約2.5倍に増加すると試算されている。これがAIチップの消費電力を押し上げ、データセンターの冷却コスト増大に直結する。超伝導配線が実現すれば、このRC遅延と電力損失を原理的に解消できるため、チップレット間のデータ移動をほぼ光速に近づけ、消費電力を劇的に削減できる可能性がある。ただし、現状の超伝導材料は液体ヘリウム(4.2K、-269℃)や液体窒素(77K)レベルの極低温冷却が必須であり、チップ全体を冷却する仕組みや、超伝導部分と常温部分を接続する技術など、実用化への課題は山積している。

日米欧が探る「ポスト銅配線」の代替技術

超伝導以外にも、銅配線の限界を克服するための研究は世界中で進められている。有力な候補の一つが、前述のルテニウム(Ru)やモリブデン(Mo)といった高融点金属だ。これらの金属は銅よりもバルク抵抗率が高いものの、10nm以下の極細線に加工した際に抵抗値の上昇が緩やかである特性を持つ。ベルギーの研究開発機関imecは、2023年のIEDM(国際電子デバイス会議)において、Ruを用いたビア(配線層間を繋ぐ縦方向の接続孔)が、従来のタングステン(W)やコバルト(Co)に比べて抵抗を最大50%低減できるとの研究成果を発表した。また、グラフェンに代表されるカーボンナノチューブ(CNT)も、理論的には銅の1000倍の電流密度耐性を持ち、弾道伝導と呼ばれる抵抗の少ない輸送現象が期待される有望な材料である。産業技術総合研究所(産総研)は、CNTをウエハー上に高密度で垂直配向させる技術開発を進めている。これらの代替材料は、超伝導体のように極低温冷却を必要としないため、既存の半導体製造プロセスとの親和性が高い利点がある。しかし、材料の成膜技術や不純物制御、エッチング加工の難しさなど、量産に向けた課題も多く、超伝導体を含めた複数の選択肢が並行して研究される状況が続くと見られる。重要なのは、どの技術が主流になるにせよ、成膜装置やCMP(化学機械研磨)装置、計測・検査装置といった製造基盤が不可欠であり、この領域で世界市場を握る日本企業群の役割は変わらない点である。

日本企業が直面する選択

中国における基礎研究の進展と、それに連動する半導体応用への野心は、日本の製造装置・材料メーカーに新たな戦略的判断を迫る。超伝導配線技術が実用化フェーズに移行した場合、これまでとは全く異なる装置や材料の需要が生まれるからだ。例えば、超伝導薄膜を形成するための特殊な成膜装置、極低温環境下でウエハーの電気特性を評価するプローバーやテスター、超伝導体に対応した新しいCMPスラリー(研磨剤)などが考えられる。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、アドバンテストといった企業は、こうした次世代技術の黎明期に研究機関や先端半導体メーカーと共同開発体制を構築し、将来の標準技術を押さえる必要がある。米中間の技術覇権競争は、先端半導体分野での輸出管理を強化しており、超伝導関連技術も将来的に規制対象となる可能性がある。日本の材料メーカーが世界シェアの約9割を占めるEUV(極端紫外線)リソグラフィー用フォトレジストのように、超伝導材料の分野でも日本企業が供給網の要衝を握る可能性は残されている。高純度な金属原料や特殊ガスを供給するステラケミファやJSR、信越化学工業といった企業群の動向が、今後の技術競争の行方を占う上で一つの指標となるだろう。目先の市場動向のみならず、10年後を見据えた基礎研究の潮流を捉え、先行投資を行う胆力が問われている。