中国の産業政策「高質発展」が、世界の半導体供給網に構造変化を迫っている。単なる経済成長路線ではなく、米国の技術規制に対抗し、半導体材料の国内自給率8割を目指す国家戦略だ。その鍵を握るのが、鉄鋼や化学といった「伝統産業」の先端材料拠点への転換である。宝武鋼鉄集団や鞍鋼集団などが政府支援を受け、フォトレジスト原料や高純度ガス生産に進出。これまで日本企業が世界シェアの過半を握ってきた市場が、地政学的な断層線上に置かれた。この動きは、東京エレクトロンや信越化学工業など、中国市場への依存度が高い日本の装置・素材メーカーに対し、事業戦略の根本的な見直しを突きつけている。

「自給圏」構築へ動く国家資本

中国が掲げる「高質発展」は、習近平指導部が2017年の党大会で提示した経済運営方針であり、量的な拡大から質的な向上への転換を意味する。その実態は、米国の輸出規制強化を受け、半導体を頂点とする重要技術のサプライチェーンを国内で完結させる「技術的自給圏」の構築に他ならない。国家市場監督管理総局が2023年3月に公表した指針では、重要技術分野における国内標準の確立と、国際標準策定への関与強化が明記されている。

この戦略を資金面で支えるのが、通称「大基金」と呼ばれる国家集積回路産業投資基金だ。中国証券報によれば、2014年設立の1期(約1387億元)、2019年設立の2期(約2041億元)に続き、2024年には3期として過去最大となる3440億元(約7兆円)規模の基金が設立された。特筆すべきは、3期基金の投資対象が、これまでの中核だった半導体製造装置や設計に加え、製造工程で不可欠な化学材料や特殊ガス、シリコンウエハーといった上流の素材分野へ重点的に配分される点である。TrendForceの2024年5月の分析では、中国の半導体材料の国内自給率は現在30%台前半だが、政府はこれを2030年までに70〜80%へ引き上げる目標を非公式に設定していると見られる。これは、JSRや東京応化工業が世界シェアの約4割を占めるフォトレジストや、信越化学工業とSUMCOで世界シェア6割弱を握るシリコンウエハー市場の秩序を根底から変えうる動きだ。

なぜ鉄鋼・化学が半導体の鍵となるか

中国の産業転換で注目すべきは、伝統的な素材産業である鉄鋼や化学メーカーが、半導体材料供給の担い手として再定義されている点だ。元記事で言及された鞍鋼集団の事例は象徴的である。同社は新エネルギー車(NEV)向けの軽量高張力鋼板で実績を伸ばす一方、傘下の化学部門では半導体リソグラフィ工程で用いるフォトレジストの原料となるフェノール樹脂やクレゾール誘導体の高純度化開発を加速させている。製鉄プロセスで副次的に生産される化学物質を、高付加価値な電子材料に転用する試みだ。

この動きは鞍鋼に限らない。中国最大の鉄鋼メーカーである宝武鋼鉄集団は2022年、半導体製造に使うエッチングガスの開発を手がけるスタートアップに出資。さらに、半導体の回路パターンをシリコンウエハーに転写する際の原版となるフォトマスクの基板(マスクブランクス)に用いられる特殊ガラスの開発にも着手したと報じられている。鉄鋼業が持つ高温制御技術や不純物管理のノウハウが、半導体グレードの超高純度材料の生産に応用可能と判断したためとみられる。半導体製造工程では、シリコンウエハー上に回路を形成するために、リソグラフィ、エッチング、成膜、洗浄といった工程が数百回繰り返される。これらの各工程で消費されるフッ化水素、六フッ化タングステン、モノシランといった特殊ガスや化学薬品は、これまで日本のステラケミファや関東電化工業などが高い品質で供給してきた。中国の化学大手、万華化学集団(Wanhua Chemical)も、2023年12月の投資家向け説明会で、半導体封止材用のイソシアネートや、洗浄液に使う超高純度過酸化水素の生産能力を今後3年で倍増させる計画を公表。同社の2023年度の電子材料部門の売上高は前年比45%増と急成長しており、国家戦略と企業活動が連動している実態がうかがえる。

米規制が残した「成熟工程」という死角

米商務省産業安全保障局(BIS)が主導する対中半導体規制は、回路線幅14ナノメートル(nm)以下の先端ロジック半導体や、128層以上のNAND型フラッシュメモリーといった最先端分野の製造装置・技術に集中している。これにより、オランダASML製のEUV(極端紫外線)リソグラフィ装置の中国向け輸出は事実上停止した。しかし、この規制には意図せざる結果が伴った。中国の半導体メーカー、特にファウンドリ(受託製造)最大手の中芯国際集成電路製造SMIC)や華虹半導体(Hua Hong Semiconductor)は、規制対象外である28nm以上の「成熟工程」や「旧世代工程」と呼ばれる領域に巨額の設備投資を振り向けた。

この結果、自動車、産業機器、家電製品などに広く使われる汎用半導体の生産能力で中国が世界市場を席巻しつつある。台湾の調査会社TrendForceが2024年3月に発表した予測によれば、世界の成熟工程(28nm以上)における生産能力(ウエハー投入ベース)で中国が占める割合は、2023年の29%から2027年には39%に達する見通しだ。特に、電気自動車(EV)や再生可能エネルギー設備に不可欠なパワー半導体やアナログ半導体は、その多くが成熟工程で製造される。これらの半導体を作るDUV(深紫外線)リソグラフィ装置や関連装置は、依然として日本の東京エレクトロンやSCREENホールディングスなどから輸出が可能であり、2023年の日本の半導体製造装置の輸出額のうち、中国向けは全体の4割を超える約1.3兆円に達した(財務省貿易統計)。米国の先端規制が、結果として日本の装置メーカーの中国依存を深め、同時に中国の成熟半導体における覇権を後押しするという皮肉な構図を生んでいる。

日本の素材・装置メーカーへの二重圧力

中国の産業高度化と自給率向上は、日本の素材・装置メーカーに二つの異なる圧力を同時にかけている。一つは、長期的な市場喪失のリスクだ。これまで日本企業が技術的優位性と高い品質管理を武器に、フォトレジスト(JSR、信越化学など)、シリコンウエハー(信越化学、SUMCO)、高純度フッ化水素(ステラケミファ、森田化学工業)、CMPスラリー(富士フイルム)といった重要材料市場で独占的なシェアを維持してきた。しかし、中国政府の強力な後押しを受けた現地企業が品質と生産能力を向上させれば、この牙城が徐々に切り崩される可能性がある。2019年の日本政府による韓国向けフッ化水素輸出管理強化の際、韓国の素材メーカーが国産化を急いだ事例は、供給網の政治リスクが代替生産を促すことを示した。

もう一つの圧力は、短期的な市場依存のリスクである。前述の通り、日本の半導体製造装置メーカーにとって中国は最大の輸出先だ。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、地域別売上高に占める中国の割合が47.0%に達し、過去最高を更新した。アドバンテストやディスコといった他の大手も同様に中国向け比率が高い。米国の規制強化が進み、日本政府がそれに同調して規制範囲を成熟工程向けの装置にまで拡大すれば、これらの企業の収益は深刻な打撃を受ける。中国市場でのビジネスを継続すれば技術流出や将来の市場喪失リスクに直面し、撤退すれば短期的な収益を失う。このジレンマは、個々の企業の経営判断だけでは解決が難しい構造的な問題となっている。

日本企業が直面する戦略的岐路

中国の「高質発展」がもたらす供給網の変化は、日本の半導体関連産業に対して、地政学リスクと経済合理性の間で難しい舵取りを強いる。中国が進める材料の国産化は、単なる模倣や低価格競争の段階を超え、国家資本と巨大市場を背景にしたエコシステム全体の変革を目指すものだ。この現実を前に、日本企業が取りうる選択肢は限定されつつある。

一つの方向性は、技術のブラックボックス化を徹底し、中核となる製造ノウハウや基幹部品の国内生産を維持することで、模倣を困難にする戦略だ。レーザーテックが独占供給するEUVマスク欠陥検査装置のように、代替不可能な技術的優位性を保ち続けることが理想形となる。しかし、多くの汎用的な材料や装置では、その維持は容易ではない。

もう一つの方向性は、中国市場への依存度を計画的に引き下げ、インドや東南アジア、あるいは日米欧の国内回帰投資(リショアリング)といった新たな需要を取り込むことで事業ポートフォリオを再構築することだ。経済産業省が主導するRapidus(ラピダス)への支援や、TSMCの熊本工場誘致は、国内に先端半導体の需要拠点を再構築する試みの一環と位置づけられる。ただし、これらのプロジェクトが本格的に装置や材料の需要を生み出すまでには、少なくとも数年の時間と、SEMIの予測によれば世界で数百億ドル規模の投資が必要となる。

中国という巨大な「需要」と「脅威」にどう向き合うか。それはもはや、個々の企業の努力だけで乗り越えられる課題ではない。政府による長期的な産業政策、同盟国との協調に基づく新たな国際分業体制の構築、そして次世代技術への研究開発投資の加速が一体となって初めて、日本の技術的優位性を維持し、経済安全保障を確保する道筋が見えてくる。そのための時間は、決して多くは残されていないと見られる。