中国の習近平国家主席が2026年に向けた祝辞で強調した「科学技術の自立自強」は、半導体分野で国産製造装置と材料への依存度を高める国家戦略の加速を意味する。米国の先端半導体規制から3年余、中国は国内最大手の中芯国際集成電路製造(SMIC)が5ナノメートル(nm)級の試作に到達したと見られる一方、製造装置の国産化率は35%(SEMI、2025年予測)に留まる。この技術的達成と産業基盤の乖離は、東京エレクトロンや信越化学工業など、中核技術を握る日本の装置・素材産業に対し、新たな商機と地政学的な選択を同時に突きつけている。
SMIC 5nm試作、既存装置活用の限界点
中国の半導体自給の象徴とされるSMICが、既存のDUV(深紫外線)露光装置を用いて5nm級の半導体試作に成功したとの観測が強まっている。これは米国の輸出規制により入手不能となった最先端のEUV(極端紫外線)露光装置なしで、技術的限界を押し広げようとする試みだ。具体的には、DUVの光源であるフッ化アルゴン(ArF)レーザーの波長(193nm)で5nmの微細な回路を描くため、「自己整合型ダブルパターニング(SADP)」などの多重露光技術を駆使していると見られる。この手法は、回路パターンを複数回に分けて転写するもので、原理的には可能だが、工程数が大幅に増加する。露光とエッチングのサイクルをEUVの2倍以上繰り返す必要があり、製造期間の長期化とコスト増を招く。台湾積体電路製造(TSMC)がEUV露光装置を用いて確立した5nmプロセスと比較すると、歩留まり(良品率)の低さが量産の最大の障壁となる。業界調査会社IC Knowledgeの2024年分析によれば、7nm世代でDUV多重露光の製造費用はEUVを用いる場合に比べ約45%高騰すると試算されており、5nmではさらにその差が拡大する。SMICが限定的ながらも高性能半導体を製造できる能力を示したことは、国家の威信をかけた成果である一方、商業ベースでの大規模量産には依然として高い壁が存在することを示唆している。
なぜ製造装置の国産化は35%で停滞するのか?
中国政府は「中国製造2025」計画で半導体自給率70%を掲げたが、特に製造装置の国産化は難航している。SEMIが2025年10月に公表した予測によれば、中国市場における国産装置のシェアは35%に留まる見通しだ。これは、エッチング装置を手掛ける中微半導体設備(AMEC)や洗浄装置の盛美半導体設備(ACM Research)などが一定の成功を収めているものの、製造工程全体で見れば海外依存が続いている実態を反映している。最大の難関は、回路パターンをウエハーに焼き付けるリソグラフィー(露光)工程だ。この分野はオランダのASMLが世界市場を寡占しており、中国の上海微電子装備(SMEE)が製造できるのは、最先端から5世代以上前の90nm級DUV露光装置に留まる。また、回路の欠陥を検出するウエハー検査装置では米国のKLA、電子ビームマスク描画装置ではアプライドマテリアルズや日本の日本電子(JEOL)が高い技術障壁を築いており、代替が利かない。中国税関総署が発表した2025年の統計では、半導体製造装置の輸入額は前年比14%増の420億ドルに達し、依然として日本とオランダからの輸入が全体の約6割を占める。資金投入だけでは越えられない、長年の経験と基礎科学に根差した「暗黙知」の領域が、国産化の停滞を招く構造的な要因となっている。
「見えざる支配」、日本の素材・化学品
製造装置以上に中国の半導体自給の急所となっているのが、日本企業が世界市場で圧倒的な占有率を誇る素材・化学品分野だ。半導体製造は、シリコンウエハーという土台の上に、フォトレジスト(感光材)を塗布し、高純度ガスで加工し、特殊な液体で洗浄するという一連の化学プロセスの塊である。この各段階で日本の素材メーカーが決定的な役割を担う。例えば、EUV露光に不可欠なEUV用フォトレジストは、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社で世界市場の約9割を握る。また、半導体の基板となるシリコンウエハーは、信越化学工業とSUMCOの2社で世界供給の約6割を占める。TrendForceの2025年8月の調査では、中国の素材国産化率は高純度フッ化水素で約40%に達したものの、フォトレジスト全体では20%未満、特に先端品では5%以下に留まると指摘されている。2019年に日本政府が実施した韓国向け輸出管理の厳格化措置が、半導体素材の供給途絶が生産ラインに与える影響の甚大さを世界に示した。中国も国産化を急ぐが、数十年単位での品質改善と安定供給の実績が求められる素材分野では、後発企業が既存のサプライチェーンに参入するのは極めて困難である。この日本の「見えざる支配」こそが、中国の技術自立戦略における最大の不確定要素と言える。
米国規制が誘発する「成熟プロセス」への集中投資
米国の輸出規制は、中国の先端半導体開発に打撃を与えた一方、規制対象外である28nm以上の「成熟(レガシー)プロセス」半導体への大規模な国内投資を誘発した。経済産業省が2025年11月に発表した報告書は、中国が2026年末までに成熟プロセス半導体の生産能力で世界シェアの33%を占める可能性があると警鐘を鳴らしている。これは2023年時点の29%から4ポイント上昇する計算だ。この過剰投資は、自動車や産業機器、家電製品に広く使われるパワー半導体やマイコン(MCU)市場で、世界的な供給過剰と価格下落を引き起こす危険性をはらむ。台湾の調査会社TrendForceは、一部のパワー半導体で2026年に需給バランスが崩れ、価格が最大15%下落するとの予測を公表した。この動きは、同分野で高い収益性を誇ってきた日本のロームやドイツのインフィニオンテクノロジーズ、スイスのSTマイクロエレクトロニクスといった企業にとって直接的な脅威となる。中国企業は政府の補助金に支えられ、赤字覚悟でシェア拡大を狙う戦略を取ることが可能であり、公正な競争環境が損なわれる恐れがある。先端分野での競争から締め出された中国が、その巨大な資本を成熟分野に振り向け、市場秩序を揺るがす構図が鮮明になっている。
日本企業が直面する選択
習氏の演説が示す国家方針は、日本の半導体関連企業に二律背反の課題を突きつける。一つは、巨大な中国市場における商機の拡大だ。中国が今後数年で数十カ所の半導体工場を新設する計画は、規制対象外の装置や汎用素材を供給する日本企業にとって、空前の需要をもたらす。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、ディスコといった装置メーカーの決算では、既に中国向け売上高比率が4割を超える例も珍しくない。しかし、その一方で地政学的なリスクは増大している。米国は同盟国に対し、対中規制のさらなる強化を求めており、日本政府も経済安全保障の観点から、輸出管理の厳格化を迫られる可能性がある。自社の技術が中国の軍事力強化に転用される懸念も無視できない。さらに、中国への技術や製品の供給は、結果的に将来の競争相手を育てることにも繋がりかねない。日本企業は目先の収益を追うだけでなく、技術のどの部分を供給し、どの部分を秘匿するのかという「技術管理」の戦略的判断を迫られている。中国市場への関与の度合いを再定義し、東南アジアやインドといった「チャイナ・プラスワン」の候補地への生産・販売拠点の多角化を加速させることが、長期的な事業継続性の鍵を握る。中国の国家戦略と米国の規制強化の狭間で、日本企業はかつてないほど複雑な方程式を解くことを求められている。