中国の習近平国家主席が新年の祝辞で改めて強調した「科学技術の自立自強」は、半導体国産化に向けた国家戦略の不退転の決意表明に他ならない。米国の先端技術輸出規制が強化される中、中国は2024年5月に過去最大となる3440億元(約475億ドル)規模の国家集積回路産業投資基金(大基金)第3期を設立。2025年までに半導体自給率40%達成という、下方修正された現実的な目標達成へ大きく舵を切った。この動きは、先端プロセス開発の遅延を許容し、自動車や産業機器で需要が旺盛な28ナノメートル(nm)以上の成熟(レガシー)半導体の生産能力を増強する戦略への転換を意味する。この戦略は、世界の半導体市場の需給構造を揺るがし、日本の製造装置・材料メーカーに新たな事業機会と地政学的な難題を同時に突きつけている。

国家基金475億ドル、投下先は「成熟」

2024年5月24日に登記された国家集積回路産業投資基金の第3期は、その規模(3440億元)において第1期(2014年、1387億元)、第2期(2019年、2041億元)を大幅に上回る。中国財政省が最大の出資者となり、国有銀行が名を連ねる陣容は、半導体国産化が最重要の国家事業であることを改めて示している。今回の投資の主眼は、米国の輸出規制が及ばない28nm以上の成熟プロセス技術の強化にあると見られる。具体的には、国内最大手の中芯国際集成電路製造SMIC)や、NAND型閃光記憶素子を手掛ける長江存儲科技(YMTC)、DRAMの長鑫存儲技術(CXMT)といった既存の主力企業への設備投資支援が中心となる。SMICは北京や上海で4つの新工場を建設中で、これらが全面稼働すれば同社の生産能力は倍増する見込みだ。米調査会社IC Insightsの2023年12月の報告書によれば、中国企業の設備投資額は2024年に前年比2%増の160億ドルに達すると予測されており、その大半が成熟プロセス向けに振り分けられる。この動きは、先端技術での飛躍を一旦保留し、足元の産業基盤を固める現実路線への転換を色濃く反映している。

なぜ先端7nm以下の国産化は進まないのか?

中国の半導体戦略が成熟プロセスに傾斜せざるを得ない最大の理由は、先端製造に不可欠な極端紫外線(EUV)露光装置の入手が絶望的であるためだ。EUV露光は、原子十数個分のサイズに相当する13.5nmという極めて短い波長の光を使い、7nm以下の微細な回路パターンをシリコンウエハー上に焼き付ける唯一無二の技術である。この装置はオランダのASMLが世界市場を独占しており、米国政府の要請を受けたオランダ政府の輸出許可が得られない限り、中国企業は導入できない。中国の上海微電子装備(SMEE)は国産の露光装置開発を進めるが、現行のArF液浸(DUV)技術を基にした最新機「SSA/800-10W」でも、対応できるのは最先端から5世代以上遅れた28nmプロセスまでとされる。これに対し、台湾積体電路製造(TSMC)や韓国サムスン電子は、ASML製の最新EUV装置「NXE:3800E」(開口数NA 0.33)を駆使して3nmプロセスの量産を軌道に乗せ、さらに次世代の高NA EUV装置「EXE:5200」(NA 0.55)の導入による2nm以下の開発競争を繰り広げている。この技術格差は、中国が今後5〜10年で埋めることは極めて困難と見られ、高性能演算処理装置(CPU)や人工知能(AI)用半導体の自給への大きな障壁となっている。

成熟品で仕掛ける「物量攻勢」の衝撃

先端分野での停滞を補うべく、中国は成熟半導体で世界市場の主導権を握る戦略を鮮明にしている。28nm以上の半導体は、スマートフォンやPCの最先端プロセッサーには使われないものの、自動車の電力制御、産業用モーター、家電製品など、あらゆる電子機器に不可欠な「産業の米」である。台湾の調査会社TrendForceが2024年3月に公表した予測によると、中国の成熟プロセス(28nm以上)におけるウエハー生産能力は、2027年までに世界全体の39%を占める見通しだ。これは2023年時点の31%から8ポイント上昇する計算で、他地域を圧倒する。この背景には、地方政府からの潤沢な補助金を受けた新興ファウンドリーが数十社規模で乱立し、低価格で受託製造を請け負う構図がある。この物量攻勢は、世界的な供給過剰と価格下落を招く可能性が高い。特に、自動車向けパワー半導体やアナログ半導体を手掛ける日本のルネサスエレクトロニクスやローム、サンケン電気といった企業は、中国勢との厳しい価格競争に直面することになる。経済産業省の2023年版製造基盤白書でも、汎用半導体における過当競争への懸念が示されており、日本企業は高付加価値製品へのシフトを一層加速させる必要に迫られる。

日本勢が握る装置・素材という「最後の砦」

中国の壮大な国産化計画にも、越えがたい壁が存在する。それが日本の製造装置と先端材料への高い依存である。半導体製造は、ウエハー上に回路を形成する前工程だけでも数百のステップから成り、各工程で専門性の高い装置と材料が不可欠だ。例えば、回路パターンを転写した後の不要部分を削り取るエッチング装置では東京エレクトロンが、ウエハーを研磨して平坦化するCMP装置では荏原製作所やディスコが、洗浄装置ではSCREENホールディングスが高い世界シェアを誇る。これら日本製の装置なしに、中国の半導体工場は安定稼働できない。素材分野では依存度がさらに高い。回路原版(フォトマスク)を保護するペリクルや、微細な回路パターンを形成するフォトレジスト(感光材)では、信越化学工業、JSR、東京応化工業といった日本企業がEUV向けで世界シェアの約9割を占める。半導体の基板となるシリコンウエハーも、信越化学とSUMCOの2社で世界シェア約6割を握る。米国はこれら日本の「縁の下の力持ち」の技術力を地政学的なカードとして認識しており、2022年の対中半導体規制では、日本の装置・材料メーカーにも同調を求めた。中国がこれらの技術を完全に内製化するには10年以上の歳月を要すると見られ、当面は日本の技術供給が中国の半導体産業の生命線を左右する状況が続く。

日本企業が直面する二つの選択肢

習氏の「自立自強」路線は、日本の関連企業に経済合理性と安全保障の狭間での厳しい選択を迫る。中国は年間5000億ドル超の半導体を輸入する世界最大の市場であり、その国産化に向けた巨額投資は、日本の装置・材料メーカーにとって巨大な商機であることに変わりはない。東京エレクトロンの2024年3月期決算では、売上高に占める中国向け比率が47%に達しており、中国市場への依存度の高さがうかがえる。しかし、この商機には米国の輸出規制という大きな制約が伴う。米国商務省産業安全保障局(BIS)が管理するエンティティ・リストに掲載された中国企業への販売は厳しく制限され、日本の経済産業省もこれに準じた外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づく輸出管理を強化している。このため、日本企業は米国の規制対象とならない成熟プロセス向けの汎用製品で中国市場の需要を取り込みつつ、先端技術や軍事転用可能な製品については厳格な管理を行うという、二正面作戦を強いられている。サプライチェーンの観点からは、台湾有事などの地政学リスクを念頭に、生産拠点の分散や調達先の多元化を進める「チャイナ・プラスワン」の動きも加速している。中国との対話を維持しつつも、技術的優位性を保ち、経済安全保障上のリスクを管理する。この複雑な方程式を解くことが、日本の半導体関連産業の持続的成長の鍵となるだろう。