中国海軍の新型駆逐艦「婁底艦」就役は、窒化ガリウム(GaN)半導体を用いた次世代レーダー搭載による、海上探知能力の飛躍的向上を意味する。052D型駆逐艦の最新改良型と見られる同艦の戦闘力は、米海軍の最新イージス艦に匹敵する水準に達した可能性が指摘される。この背景には、米国の技術規制を回避しつつ進む中国の半導体国産化の動きがあり、基幹技術を握る日本の素材・装置メーカーは、複雑な供給網管理と地政学的な選択を迫られている。東アジアの軍事バランスを揺るがす技術革新の内実を、供給網の視点から解剖する。

052D型改良艦、その能力の源泉

2025年11月に就役した「婁底艦」は、中国海軍の主力である052D型駆逐艦の最新改良型に属すると見られる。国際戦略研究所(IISS)が2024年版「ミリタリー・バランス」で指摘するように、052D型はすでに25隻以上が配備される量産艦だが、後期建造艦では継続的な能力向上が図られてきた。婁底艦の最大の注目点は、艦橋構造物に設置された平板状の多機能フェーズドアレイレーダーにある。軍事専門家の間では、従来のType 346A型から、窒化ガリウム(GaN)半導体を全面採用したType 346B型、通称「龍眼」レーダーへ換装された可能性が高いと分析されている。GaNは、従来のヒ化ガリウム(GaAs)半導体に比べ、バンドギャップが約3倍広く、高電圧・高周波での動作に優れる物理的特性を持つ。これにより、レーダーの送受信モジュール(TRM)の出力を高め、探知距離や分解能を飛躍的に向上させることが可能になる。米海軍の最新イージス艦が搭載するAN/SPY-6レーダーも同様にGaN技術を基盤としており、中国が同等の技術水準に到達したことを示唆する。米国防総省が2023年10月に公表した「中国の軍事力に関する報告書」は、中国海軍の近代化速度が予測を上回っていると警告しており、婁底艦の就役はこの傾向を裏付けるものと言える。

なぜGaN半導体が戦局を左右するのか

レーダーの性能は、探知できる距離と同時に識別できる目標の数で決まる。GaN半導体を用いたアクティブ・フェーズドアレイ(AESA)レーダーは、数千個の小型送受信モジュールがそれぞれ独立して電波の位相を制御し、ビームを電子的に高速走査する。機械的なアンテナ駆動が不要なため、ステルス戦闘機のような低探知性目標や、極超音速で飛来するミサイルなど、高速・高機動目標への追随能力が格段に向上する。米議会調査局(CRS)の2024年5月の報告書によれば、レイセオン製のSPY-6レーダーは旧式のSPY-1Dレーダーと比較して探知感度が30倍以上に達するとされる。中国のType 346B型がこれに匹敵する性能を持つ場合、海上自衛隊の「こんごう」型や「あたご」型イージス艦が搭載するSPY-1Dでは、探知距離や同時対処能力で劣位に立たされる懸念が生じる。さらに、GaNは電力効率も高く、同じ出力なら装置の小型化・軽量化が可能になる。これにより、艦艇の設計自由度が増し、より多くの兵装や電子戦装備を搭載する余地が生まれる。軍艦という限られた空間でのシステム統合において、この利点は戦闘能力の総和を大きく左右する要因となる。

米国規制下で進む「赤色供給網」

中国がGaNレーダー技術を確立できた背景には、米国の輸出規制を念頭に置いた周到な半導体国産化戦略がある。GaN半導体の製造には、炭化ケイ素(SiC)やサファイアの基板上にGaN層を形成するエピタキシャル成長工程が不可欠で、これには独アイクストロンや米ヴィーコ・インスツルメンツ製のMOCVD装置が広く用いられてきた。しかし、米国は2022年以降、先端半導体関連の製造装置や技術の対中輸出規制を段階的に強化。特に軍事転用可能な化合物半導体は厳格な管理対象となっている。これに対し、中国は国内の装置・材料メーカーを総動員して代替技術の開発を加速させている。中国電子科技集団CETC)傘下の研究所などがGaN半導体の設計・製造を主導し、北方華創NAURA)などが国産MOCVD装置の開発を進めていると見られる。台湾の調査会社トレンドフォースが2024年8月に発表した市場予測では、中国の化合物半導体自給率は2027年までに35%に達する見込みで、特に軍事・通信分野で国産化が先行している。この「赤色供給網」の形成は、米国の技術的封じ込めが万能ではない現実を突きつけている。

探知能力向上を支える日本の基盤技術

一方で、中国の半導体国産化は日本の基盤技術に深く依存する構造も浮き彫りにする。GaNウエハーの製造に不可欠な高品質なSiC単結晶基板は、米ウルフスピードなどが高い市場占有率を持つが、日本のレゾナック(旧昭和電工マテリアルズ)やサイクリスタルも重要な供給者だ。また、ウエハーを研磨するCMP(化学機械研磨)工程で用いるスラリーやパッド、回路パターンを形成するフォトレジスト、製造工程で使う高純度のフッ化水素といった特殊化学材料では、信越化学工業、JSR、東京応化工業、ステラケミファといった日本企業が世界市場の過半を握る。経済産業省の2024年版「製造基盤白書」によれば、先端半導体材料の特定14品目のうち11品目で日本企業が50%以上の世界占有率を維持している。これらの材料は民生用と軍事用の区別が困難であり、米国の輸出規制の枠組みの中でも、汎用品として中国向け輸出が継続されているものも少なくない。中国の軍事技術の躍進は、結果的に日本の素材・装置産業の技術力が支えているというねじれた構図が存在する。

日本企業が直面する地政学的選択

婁底艦の就役は、日本の安全保障と経済活動の両面に重い問いを投げかける。東シナ海や南西諸島周辺で対峙する海上自衛隊にとって、相手の探知能力向上は自らの行動の自由を狭める直接的な脅威となる。防衛省は「まや」型、「はぐろ」に搭載したSPY-1D(V)レーダーの能力向上や、最新イージス・システム搭載艦で採用するロッキード・マーティン製SPY-7への期待を寄せるが、中国の量産速度と技術更新の早さは、日本の防衛整備計画に再考を迫る可能性がある。同時に、半導体関連の日本企業は、巨大な中国市場と、日米同盟を基軸とする安全保障上の要請との間で難しい舵取りを要求される。米政府は同盟国に対し、対中規制の同調を強く求めており、今後、汎用的な材料や装置部品にまで規制範囲が拡大する恐れは否定できない。そうなれば、日本企業の収益に直結するだけでなく、世界の半導体供給網に深刻な分断をもたらす。自社の技術が意図せず軍事バランスを変動させるリスクをどう管理するのか。技術的優位性を守りつつ、経済安全保障の枠組みの中でどう立ち振る舞うべきか。個々の企業の事業戦略が、国家の安全保障と不可分に結びつく時代に入ったことを、婁底艦は静かに示している。