中国のDRAM最大手、長鑫存儲技術(CXMT)が上海証券取引所への新規株式公開(IPO)で約6200億円(295億元)を調達する計画を明らかにした。この規模は、中国の半導体企業としては2020年の中芯国際集積回路製造(SMIC)に次ぐ過去2番目の大きさとなる。調達資金は次世代DRAMの研究開発と生産能力の増強に充当される見通しだ。米国の先端半導体規制が強化されるなか、CXMTの大型資金調達は中国の半導体自給に向けた強い意志の表れと言える。この動きは、DRAM市場の需給を揺るがし、東京エレクトロンや信越化学工業など、供給網の基幹を担う日本の装置・材料メーカーに新たな商機と地政学的な選択を突きつけている。
6200億円調達が映す財務と野心
CXMTが目指す約6200億円の資金調達は、同社の財務構造と成長戦略の核心を映し出す。設計から製造までを一貫して手掛ける垂直統合型デバイスメーカー(IDM)であるCXMTは、巨額の設備投資が常に経営の重荷となってきた。同社の公開資料によれば、総資産に占める固定資産の割合は40%を超え、その減価償却費が収益を圧迫する構造が続いていた。今回のIPOは、この財務体質を改善し、次世代技術への投資を加速させるための重要な布石である。
調達資金の主な使途は、次世代DRAMの生産能力増強と研究開発だ。具体的には、既存の合肥工場における生産ラインの拡張と、新たな研究開発拠点の設立が含まれると見られる。これは、現在の主力である19ナノメートル(nm)世代のDDR4製品に加え、より微細な17nm世代プロセスを用いたDDR5製品の量産体制を早期に確立する狙いがある。市場調査会社TrendForceが2024年5月に公表した統計によると、2024年第1四半期のDRAM市場におけるCXMTの世界シェアは約3%に留まる。首位のサムスン電子(韓国)が45.5%、2位のSKハイニックス(韓国)が31.8%を占める寡占市場において、シェア拡大には継続的な巨額投資が不可欠だ。今回のIPOは、その原資を市場から直接確保し、国家主導の補助金依存から一歩踏み出す試みとも解釈できる。
CXMTの技術力はどこまで到達したか?
CXMTの現在地を技術面から見ると、世界の先頭集団との差は依然として大きいものの、着実に追い上げている姿が浮かび上がる。同社は現在、プロセスノード(回路線幅)で10nm級の第2世代にあたる19nmプロセスを主力に、DDR4およびLPDDR4X規格のDRAMを量産している。これは、業界の先頭を走るサムスン電子やSKハイニックスが12nm級(1β)プロセスの量産を本格化させている状況と比較すると、およそ2世代分の技術格差が存在することを示す。
焦点は、次世代規格であるDDR5への対応力だ。CXMTはすでに17nmプロセスを用いたDDR5製品のサンプル出荷を開始しており、今回の調達資金を元に量産規模を拡大する計画だ。DDR5はDDR4に比べデータ転送速度が最大2倍に向上する一方、製造にはより高度なプロセス制御技術が要求される。この量産が計画通りに進めば、米マイクロン・テクノロジーの背中を捉える足掛かりとなる可能性がある。ただし、先端プロセスの開発で壁となるのが、回路パターンをウエハーに焼き付けるリソグラフィー(露光)工程だ。CXMTは、オランダASML製のEUV(極端紫外線、波長13.5nm)露光装置の輸入が米国の規制で不可能であるため、ArF液浸DUV(深紫外線、波長193nm)露光装置に依存せざるを得ない。DUV装置で10nm台の微細加工を行うには、同じ回路パターンを複数回重ねて描く「マルチパターニング」技術が必須となるが、これは工程数の増加によるコスト増と歩留まりの低下を招きやすい。CXMTがこの技術的課題を克服し、コスト競争力のあるDDR5をどれだけ供給できるかが、今後の成長を占う試金石となる。
米国規制下での供給網構築という難題
CXMTの成長戦略にとって最大の障壁は、米商務省産業安全保障局(BIS)が主導する対中半導体輸出規制だ。特に、18nm以下のロジック半導体、128層以上のNAND、そして18nm以下のDRAMを製造可能な米国製装置・技術の輸出が厳しく制限されている。CXMTの主力プロセスはまさにこの規制の境界線上にあり、今後の微細化は極めて困難な道のりとなる。
前述の通り、EUV露光装置の導入は絶望的であり、DUV露光装置についてもASMLの最先端モデル「NXT:2050i」以降の機種は入手が難しい状況にある。このためCXMTは、既存のDUV装置を駆使すると同時に、中国国内の装置・材料メーカー育成を急いでいる。例えば、露光装置では上海微電子装備(SMEE)がArF液浸DUDの開発を進めているが、その性能や安定性はASML製に遠く及ばないのが実情だ。また、半導体製造に不可欠なフォトレジスト(感光材)や高純度フッ化水素といった特殊化学材料も、その多くを日本のJSRや信越化学工業、ステラケミファといった企業に依存している。経済産業省の2023年統計によれば、EUV用フォトレジストでは日本企業が世界市場の約9割を握る。CXMTはこれらの日本企業からの調達を続けつつも、地政学リスクを勘案し、国内代替品の品質向上と採用を模索していると見られる。しかし、半導体製造は数百の工程と数千の材料・部品が複雑に絡み合う供給網の結晶であり、特定の部分だけを国産化しても、全体の性能と歩留まりを維持するのは至難の業だ。規制下で「鎖の切れた」供給網を再構築する試みは、CXMTの収益性を長期にわたり圧迫する可能性がある。
DRAM市場への波紋と日本の立ち位置
CXMTの増産計画は、すでに周期的な好不況を繰り返してきたDRAM市場に新たな供給圧力として作用する公算が大きい。仮にCXMTが2027年までに月産15万枚規模のウエハー処理能力を確保した場合、これは世界全体のDRAM供給量の5%以上に相当する規模になる。台湾の調査会社、集邦科技(TrendForce)は、2025年後半にはDRAM市場が再び供給過剰に陥る可能性を指摘しており、CXMTの増産が価格下落を加速させる一因となりうる。
この動きは、日本の半導体関連産業に複雑な影響を及ぼす。東京エレクトロンやSCREENホールディングス、アドバンテストといった製造装置メーカーにとって、CXMTの大型投資は直接的な受注機会となる。東京エレクトロンの2024年3月期決算における地域別売上高構成比では、中国向けが47.0%と突出しており、CXMTの存在感は増す一方だ。同様に、シリコンウエハー世界最大手の信越化学工業や同2位のSUMCO、フォトレジストを手がける東京応化工業にとっても、巨大な需要が見込める。ただし、これらの取引には常に米国の規制強化リスクが伴う。米国政府が規制対象を旧世代の汎用半導体装置にまで拡大した場合、日本企業は中国事業の縮小という厳しい判断を迫られる可能性がある。また、DRAM市場の価格下落は、NAND型フラッシュメモリを主力とするキオクシアホールディングスの経営にも間接的な影響を及ぼす。メモリ市場全体の価格が連動しやすいため、投資計画や収益性の見直しが必要となるかもしれない。日本企業は、目先の商機を追求しつつも、米中対立の地政学的な潮流を冷静に見極め、技術的優位性を維持するための研究開発投資を怠らないという、高度な経営判断が求められる局面にある。