2025年の東アジア半導体供給網は、米国と韓国における政権交代の可能性を背景に、地政学的な不確実性が極度に高まっている。米国の対中半導体規制の行方次第で、サムスン電子やSKハイニックスが中国に投じた巨額投資が毀損する懸念が浮上。一方で、日本の半導体素材・製造装置産業は、その技術的不可欠性から新たな戦略的地位を確保する好機を迎えている。本稿では、米韓の政治動向が半導体産業の構造に与える影響を定量的に分析し、日本企業が取るべき針路を探る。
韓国「実用主義外交」の試練
韓国の李在明(イ・ジェミョン)政権が掲げる「実用主義外交」は、米国の対中半導体規制という現実の前で厳しい試練に直面している。前政権の価値観を軸とした外交から一転、経済的実利を優先する方針は、韓国の半導体大手2社の経営を直撃しかねない。サムスン電子はNAND型フラッシュメモリー(補助記憶装置)生産の約4割を西安工場に、SKハイニックスはDRAM(主記憶装置)生産の約5割を無錫工場に依存する構造を持つ。韓国国際貿易協会(KITA)の2023年報告によれば、両社の中国における半導体関連の累積投資額は300億ドルを上回ると推計される。
問題の核心は、2022年10月に米国商務省産業安全保障局(BIS)が発動した輸出管理規則(EAR)の適用猶予措置が、2025年以降も延長されるかという点にある。この措置が打ち切られれば、両社は中国工場へ米国製の先端製造装置を搬入できなくなる。特に、回路線幅18ナノメートル以下のDRAMや128層を超えるNAND型メモリーの生産設備更新が不可能となり、工場の競争力は数年で失われる。李政権が米中両国との間で実利を追求しようとしても、半導体製造工程の根幹を米国由来の技術と日本由来の素材に依存する以上、選択の余地は限定的である。韓国産業通商資源部の統計では、2023年の半導体製造装置の輸入額のうち、米国製が38%、日本製が29%を占めており、この依存構造が外交上の制約となっている。
「もしトラ」は日本の半導体戦略をどう変えるか
2024年秋の米国大統領選挙でトランプ前大統領が再選した場合(通称「もしトラ」)、米国の半導体戦略が大きく転換する可能性がある。現政権が推進する「CHIPS・科学法」に基づく補助金政策の方向性が見直され、同盟国との連携よりも米国内の雇用創出と産業保護が一層重視されると見られる。同法は、半導体生産施設に5年間で総額527億ドルの補助金を投じる計画だが、トランプ氏は過去に同盟国への負担増を繰り返し要求しており、TSMCやサムスン電子の米国新工場への補助金交付条件が厳格化されたり、計画そのものが遅延したりする危険性がある。
日本にとっては、二つの側面で影響が考えられる。一つは、国策半導体会社Rapidus(ラピダス)への影響だ。同社は2ナノメートル以下の次世代半導体の国産化を目指し、経済産業省から既に9200億円(2024年4月時点)の支援を受けているが、その技術基盤は米IBMとの提携に深く依存する。米国の政権交代で技術協力の枠組みが変更されれば、開発計画に遅れが生じかねない。もう一つは、日本の素材・装置産業への影響だ。米国第一主義が先鋭化し、半導体製造装置や関連部材の対米投資要求が強まる可能性がある。東京エレクトロンやSCREENホールディングスといった日本の装置大手は、既に米国に研究開発や販売の拠点を置くが、生産機能のさらなる移転を迫られるシナリオも想定される。これは、国内の技術基盤の空洞化につながる両刃の剣である。
米韓の揺らぎが映す日本の「不可欠性」
米韓の政治的流動性が高まる一方で、先端半導体製造における日本の技術的「不可欠性」は揺らいでいない。むしろ、供給網の安定化を図る上で日本の役割は増している。半導体製造は、リソグラフィー(回路描画)、エッチング(回路形成)、成膜などを数十回繰り返す複雑な工程であり、その各段階で日本企業が供給する素材や装置が決定的な役割を果たす。特に、最先端のEUV(極端紫外線)リソグラフィー工程では、日本の技術がなければ成立しない。
具体的には、EUV光に反応する感光材であるフォトレジストは、JSR、信越化学工業、東京応化工業、富士フイルムの日本企業4社で世界市場の約9割を占有する。オランダASMLが独占供給するEUV露光装置「NXE:3800E」が1時間あたり220枚のウエハーを処理できても、その性能を最大限に引き出すには、ナノメートルの精度で均一に塗布され、かつ高感度で反応する日本製レジストが必須となる。また、回路の原版となるフォトマスクの欠陥を検査する装置はレーザーテックが100%の市場シェアを握る。さらに、半導体の基板となるシリコンウエハーも信越化学工業とSUMCOの2社で世界シェアの約6割を確保している。2019年に日本政府が韓国向けに実施したフッ化水素などの輸出管理強化は、この技術的優位性が地政学的な影響力となり得ることを示した事例である。
中国「自給自足」の限界と日本の立ち位置
米国の厳しい規制に直面する中国は、半導体の国内生産と技術開発を国家目標に掲げている。政府系ファンドなどを通じて2014年以降に投じられた資金は、中国半導体産業協会(CSIA)の推計で1500億ドルを超える。その結果、中芯国際集成電路製造(SMIC)が既存のDUV(深紫外線)露光装置を駆使して7ナノメートル相当の半導体を製造するなど、一部では成果も見られる。しかし、先端プロセス全体の自給自足には程遠いのが実情だ。
中国の限界は、製造装置と先端素材の二つの領域で顕著である。前述のEUV露光装置は、多国間の輸出管理レジームであるワッセナー協約に基づき、中国への輸出が厳しく制限されている。また、国産化を進める製造装置も、東京エレクトロン製の塗布・現像装置(コータ・デベロッパ)やSCREEN製の洗浄装置が持つ99.9999%以上の歩留まりを達成するには至っていない。半導体産業調査会社TrendForceの2024年3月の分析によれば、中国の半導体自給率は2025年時点でも25%程度にとどまると予測されており、特に演算用半導体のような高性能品では依然として海外依存が続く。この状況は、日本の素材・装置メーカーにとって、米国主導の規制の枠組みを順守しつつ、汎用品市場で一定の事業を維持するという複雑な舵取りを求めることになる。
日本企業が直面する選択
東アジアの地政学的な緊張と供給網の再編は、日本の半導体関連企業に新たな選択を迫っている。米国の規制と中国の国産化という二つの潮流の間で、事業機会を最大化し、同時に危険性を管理する高度な戦略が不可欠だ。まず、研究開発投資の方向性として、EUV以降の次世代リソグラフィー技術や、3次元積層化に不可欠な後工程(パッケージング)関連の素材・装置開発に資源を集中させ、技術的優位性をさらに高める必要がある。日本の強みである「摺り合わせ」の技術は、複数の工程が複雑に絡み合う先端パッケージング分野で特に活きる可能性がある。
次に、生産拠点の多角化が急務となる。米国のCHIPS法や欧州の欧州半導体法は、補助金と引き換えに域内での生産を求めている。顧客であるTSMCやインテルが世界各地に工場を建設するのに伴い、日本の素材・装置メーカーも現地での供給体制を構築する必要に迫られる。これは短期的な投資負担増となるが、特定地域への過度な依存を避け、地政学的な変動に対する耐性を高める上では避けて通れない。経済産業省が2024年5月に発表した「半導体・デジタル産業戦略」でも、国内の生産基盤強化と並行して、同盟国・同志国との連携による供給網強靭化が柱として掲げられている。日本企業は、この国家戦略の方向性を見極めつつ、自社の技術力と市場地位を天秤にかけ、次なる10年を見据えた投資判断を下さなければならない。