中国・深圳で開かれたエネルギー技術の競技会は、単なる地方行事ではない。太陽光発電と車載用蓄電池で世界市場の8割超を握る中国が、次なる技術覇権を見据える国家戦略の縮図だ。世界最大手の寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)ですら安泰ではない国内の熾烈な競争を勝ち抜く新技術こそ、西側諸国の規制を回避し、エネルギー安全保障を完結させる鍵となる。2023年に216ギガワット(GW)という世界の他地域合計を上回る太陽光発電設備を導入したこの国で、今何が起きているのか。その技術開発の最前線と、サプライチェーン再編の野心を追う。
深圳コンテストが映す国家の意思
深圳市生態環境局などが主催した今回の競技会は、中国が掲げる「2030年までの排出量頂点到達、2060年までの実質排出ゼロ」という巨大目標達成に向けた、技術選別の最前線と位置づけられる。現地報道によれば、水インフラ大手の北控水務集団(BEWG)なども参画し、有望な技術を発掘して実用化を加速させる狙いだ。これは、中央政府の号令一下、地方政府と国有・民間企業が一体で技術開発を推進する中国特有の仕組みを象徴している。なぜ深圳なのか。同市は研究開発費の対域内総生産(GRP)比が5%を超え、ハイテク企業の集積地として知られる。特に、車載電池世界2位のBYDが本社を構え、新技術の実証と量産化への移行速度が他都市の比ではない。中国全体の科学技術支出は2023年に前年比2.3%増の1兆620億元(約22兆円、中国財政部発表)に達し、エネルギー分野への重点配分が続く。国際エネルギー機関(IEA)の2024年1月報告書によれば、中国は2028年までに世界の再生可能エネルギー新規導入量の約6割を占める見通しで、その中核を担う技術の国産化は国家の最優先課題である。
CATL・BYD支配は盤石ではない?
世界の車載用蓄電池市場は、CATLとBYDの2社で過半のシェアを占める寡占状態にある。韓国の市場調査会社SNE Researchが2024年2月に公表したデータによると、2023年通年でCATLは36.8%、BYDは15.8%の市場占有率を確保した。しかし、この盤石に見える支配構造に対し、中国国内では次世代技術による突き上げが激化している。その筆頭が、資源偏在性の高いリチウムを使わないナトリウムイオン電池だ。ナトリウムは地球上に豊富に存在し、原料コストをリチウムイオン電池比で30〜40%低減できる可能性がある。エネルギー密度では劣るものの、低速EVや定置用蓄電システムでの需要が見込まれる。CATL自身も2021年に第1世代のナトリウムイオン電池を発表したが、中科海鈉科技(HiNa Battery Technology)などの新興企業が安価な層状酸化物正極材を用いた製品で猛追する。炭酸リチウムの価格は2022年11月のピーク時から2024年初頭にかけて8割以上も下落したが、地政学的な供給不安は根強い。中国政府は、リチウムへの過度な依存をエネルギー安全保障上の弱点と捉え、ナトリウムイオン電池や全固体電池といった代替技術開発を強力に後押ししている。
太陽光、「N型」移行で日本勢を圧倒
太陽光パネル市場では、中国企業の支配力がさらに顕著だ。IEAの2023年版報告書「Renewable Energy Market Update」は、世界の太陽光パネル製造能力の8割以上を中国が占めると指摘する。かつては日本やドイツ勢が市場を牽引したが、今や技術開発の主導権も完全に中国企業が握る。主戦場は、従来のP型シリコン太陽電池から、より変換効率の高いN型への移行だ。N型半導体ウエハーを基板に使うTOPCon(Tunnel Oxide Passivated Contact)やHJT(ヘテロ接合)といった技術は、電子の再結合損失を抑えることで、P型(PERC技術)の理論限界を超える25%以上の変換効率を達成する。物理的原理に基づくこの優位性は決定的だ。台湾の調査会社TrendForceは、2024年中にN型技術を用いた太陽電池セルの市場シェアが8割を超えると予測する。隆基緑能科技(LONGi)や晶科能源(Jinko Solar)といった中国大手は、合計で100GWを超える規模のN型生産能力へ巨額投資を完了し、すでに量産体制を確立。Jinko Solarの2023年第4四半期決算によれば、同社のN型モジュール出荷比率はすでに6割を超えている。日本の国内メーカーがようやくP型からN型への移行を模索する段階にあるのとは、開発速度と投資規模において比較にならない差が開いた。
技術標準と供給網再編の攻防
中国の最終目標は、単なる製品市場の支配ではない。次世代エネルギー技術の国際標準を掌握し、ルール形成の主導権を握ることにある。電気自動車(EV)の次世代高出力充電規格「ChaoJi」の日中共同開発はその一例だが、蓄電池の安全性評価やリサイクル基準、水素エネルギー関連規格など、あらゆる分野で国際電気標準会議(IEC)や国際標準化機構(ISO)への提案を活発化させている。これは、米国のインフレ抑制法(IRA)や欧州の電池規則のように、貿易ルールが自国産業保護の手段として用いられることへの対抗策でもある。国内では、エネルギー供給網の完全な自給体制構築が急ピッチで進む。正極材、負極材、セパレーター、電解液といった蓄電池の主要4部材の国内自給率は95%を超えるとされる(中国汽車動力電池産業創新連盟、2023年発表)。さらに、製造装置においても、これまで日本や韓国製に依存していた塗工機や巻回機、検査装置の国産化が進展。深圳の競技会で表彰されるような新興装置メーカーが、CATLやBYDの生産ラインに入り込み、性能実証を重ねている。これは、半導体製造装置に対する米国の輸出規制強化を受け、あらゆる基幹技術で「脱・西側依存」を進める国家方針の延長線上にある動きと見られる。
日本企業が直面する二つの岐路
中国のエネルギー技術における巨大な内需と国家主導の技術開発は、日本の関連産業に二つの厳しい選択を突きつける。一つは、中国市場との関わり方だ。省エネルギーや環境汚染対策、高品質な部材供給といった分野では、依然として日本企業に事業機会が残る。例えば、蓄電池の性能を左右するセパレーターや、N型太陽電池の品質を決定づける高純度シリコンウエハー、特殊な封止材など、日本の素材メーカーが世界シェアを握る領域は少なくない。信越化学工業やSUMCOが供給するシリコンウエハー、旭化成や東レが手掛けるセパレーターは、中国の最終製品メーカーにとっても代替が難しい。しかし、これらの部材供給は、中国企業の最終製品における競争力を高める「下支え」に甘んじるリスクを伴う。もう一つの選択肢は、中国が覇権を握った主流技術を避け、次世代技術で非連続な価値を創造する道だ。全固体電池や、軽量で曲げられるペロブスカイト太陽電池、さらには水素やアンモニアを燃料とする発電技術など、まだ勝者が決まっていない分野で研究開発を加速し、技術的優位性を確立する戦略である。経済産業省は2024年度予算で、グリーンイノベーション基金を通じて次世代蓄電池開発に数百億円規模の支援を継続する方針だが、中国の国家的な投資規模と比較すれば見劣りする。重要なのは、限られた資源をどの技術に集中させるかという国家レベルの戦略的判断である。国際的な標準化競争へ積極的に関与し、自社の技術が公正に評価される事業環境を構築する外交努力も、企業の自助努力だけでは限界がある。官民一体となった長期的視点での戦略が今、まさに問われている。
💬 この記事へのコメント 0
まだコメントはありません
最初のコメントを投稿してみましょう!⚠️ エラーが発生しました