中国の電子部品大手、長盈精密(Everwin Precision Technology)が、ヒューマノイドロボット(人型ロボット)向け精密部品事業で急速に存在感を高めている。同社は2025年までに約69万個の部品を出荷し、売上高1億元(約21億円)を達成する見込みだ。スマートフォン部品で培った精密加工技術を武器に、巨大な潜在市場の黎明期に攻勢をかける。
なぜ今、重要か
現在、ヒューマノイドロボット市場はテスラの「Optimus」を筆頭に、米Figure AIやAgility Roboticsなどが開発競争を繰り広げる黎明期にある。ゴールドマン・サックスは、同市場が2035年までに少なくとも1,540億ドル(約24兆円)規模に達する可能性があると予測しており、その核心をなす精密部品のサプライチェーン構築が急務となっている。長盈精密の動きは、この巨大市場の主にサプライヤーを目指す中国企業の戦略を象徴するものだ。中国政府も「ロボット+(プラス)」応用行動計画を掲げ、産業の高度化を後押ししている。
生産能力増強とグローバル戦略
需要拡大に応えるため、長盈精密はヒューマノイドロボット部品専用として約6万平方メートルの新工場を建設し、生産体制を大幅に強化した。同社の陳奇星会長は、生産能力の増強と海外展開が成長の牽引役だと説明している。
特にグローバル展開を重視しており、2025年には売上全体の約8割を海外顧客から得る計画だ。中国の現地メディアは、同社経営幹部が「ヒューマノイドロボット部品の生産は、当社の中核的競争力の一つだ」と強調し、事業の柱として注力する姿勢を明確にしたと報じている。テスラなど世界の大手メーカーへの部品供給も視野に入れているとみられる。
日本勢との競合激化
長盈精密の台頭は、精密部品分野で世界をリードしてきた日本企業にとって、新たな競合の出現を意味する。特に、ロボットの関節に使われる精密減速機で高いシェアを持つハーモニック・ドライブ・システムズや、モーターに強みを持つニデック(旧日本電産)、ベアリングなどを手掛けるミネベアミツミなどと直接競合する可能性が高い。
長盈精密は、スマートフォン部品の大量生産で培ったコスト管理能力を武器に、高品質かつ価格競争力のある部品を供給するとみられる。これにより、ヒューマノイドロボットの普及に不可欠なコストダウンが進む一方、日本の部品メーカーは厳しい価格競争に直面することが予想される。
技術解説: ヒューマノイドロボットの核心部品
ヒューマノイドロボットの性能とコストを左右するのが、関節を構成するアクチュエータ(駆動装置)だ。長盈精密が注力するのもこの領域である。
- アクチュエータと減速機: 人間の滑らかな動きを再現するには、モーターの回転を適切な速度と力(トルク)に変換する減速機が不可欠だ。特に、小型・高精度が求められるヒューマノイドロボットでは「ハーモニック減速機」や「遊星減速機」が用いられる。長盈精密は、これらの精密部品を低コストで量産する技術を確立し、市場参入を図っている。
- 自由度 (DOF) とマニピュレーション: 人間の腕や脚のように複雑な動きを実現するには、多くの関節(自由度)が必要となる。一体型のアクチュエータユニットを供給することで、ロボットメーカーの設計・製造プロセスを簡略化し、開発期間の短縮に貢献する。
- 製造コストと量産化: ヒューマノイドロボット1体には40個以上のアクチュエータが必要とされ、部品コストが本体価格の大部分を占める。長盈精密のようなサプライヤーが量産効果によって部品価格を引き下げることは、1体数千万円ともいわれるロボットの価格を劇的に下げ、工場や物流倉庫での普及を加速させる重要な鍵となる。
日本企業への示唆
長盈精密のヒューマノイドロボット部品事業の急成長は、日本の製造業、特にロボット関連企業にとって複数の影響をもたらす。まず、同社が2025年に海外売上8割、売上高1億元(約21億円)を見込むことは、日本の部品メーカーにとって新たな競合の台頭を意味する。長盈精密が6万平方メートルの新工場で生産能力を増強していることから、価格競争の激化や、日本企業がこれまで優位性を保ってきた精密部品分野でのシェア喪失リスクが高まる。特に、テスラのようなグローバル大手への供給が現実となれば、日本のサプライヤーは厳しい立場に置かれるだろう。
一方で、これは日本企業にとって新たな協業の機会も生む。長盈精密が部品供給に特化し、海外市場で急拡大する中で、日本のロボットシステムインテグレーターやソフトウェア開発企業は、同社の部品を活用した新たなソリューション開発や、中国市場への参入経路として連携を模索できる。例えば、長盈精密が供給する汎用性の高い部品を基盤に、日本の得意とする高精度な制御技術やAIを組み合わせることで、付加価値の高いヒューマノイドロボットを共同開発することも可能になる。
さらに、長盈精密の海外売上比率の高さは、中国企業が国内市場だけでなく、グローバルサプライチェーンにおいて存在感を増している現状を示す。日本の製造業は、中国企業を単なる競合としてではなく、新たなパートナーシップの対象として捉え、サプライチェーンの再構築や技術提携を検討する時期に来ている。これにより、日本の技術力を活かしつつ、中国の生産能力と市場アクセスを取り込むことで、双方に利益をもたらす関係を築く可能性が生まれる。
出典・参考
- [Goldman Sachs Research] (2023-08-15) "The next frontier: Humanoid robots could be a $150 billion-plus market" ― https://www.goldmansachs.com/intelligence/pages/the-next-frontier-humanoid-robots-could-be-a-150-billion-plus-market.html
- [中国工業情報化部] (2023-01-19) 17部門による「『ロボット+』応用行動実施計画」の公布に関する通知 ― https://www.miit.gov.cn/jgsj/zbs/gzdt/art/2023/art_33a12989911345919429c6a79872013f.html
- [36Kr] (2024-05-20) 「長盈精密が人型ロボットを強化、来年の関連事業収入は1億元超の見込み」 ― https://36kr.com/p/2783030389327238